神羅カンパニーは混乱の坩堝にあった。
七番街プレート崩落の事件から一夜明け、多くの社員がその対応に追われていた夜。
反神羅テロ組織アバランチ――公式にはプレート事件の主犯と発表されている――の侵入を許した神羅ビルには、それに呼応するかのように、死んだはずのセフィロスが現れた。
セフィロスはプレジデントを殺害し、宝条研究室に秘匿された”ジェノバ”と呼ばれるモノを奪い姿を消した。そしてその混乱に乗じて、アバランチは捕らわれた古代種の少女・エアリスを連れ出し逃亡。
テロリストと亡霊が好き勝手に暴れた社屋は、それは凄惨な有様だった。
タークスのは、プレジデントの血痕がいまだ残る最上階フロアの隅に控え、新社長に就任したばかりのルーファウスと、彼に集められた幹部達の様子を眺めていた。
宇宙開発部門統括パルマーはセフィロスを間近で目撃したらしく、いつまでも恐怖に震えている。そんなパルマ―の様子に苛立ちを隠そうともしない、治安維持部門のハイデッカー。プレジデントの側近だったこの男はいつも社長の横で踏ん反り返っていたが、その場所は今、タークス主任であるツォンによって奪われていた。恐らく苛立ちの原因はそこにもあるのだろう、内心でざまあみろ、と舌を出す。
そして、都市開発部門・リーブ統括――プレート崩落以降、顔を合わせるのが憚られて、ずっと避けていた。最後に姿を見たときよりも幾分顔色が良いように見えて、少し安心する。(とはいえ一日しか経っていないのだが)
しかし目の下の隈は普段に増して酷いものだ。きっとしばらく寝ていないのだろう。それも当然だ、だって――そこまで浮かべると、小さくかぶりを振って脳内の思考を止める。
これ以上考えると、また泣いてしまいそうだった。
心を無にして虚空を見つめていると、いつの間にか話を終えたらしい幹部達が散り散りになっていくのが視界に入る。ツォンに、と小さく呼ばれ、そろりと社長のデスクに近付く。リーブがこちらを見ている気がしたが、気付かない振りをした。
「パルマー統括が落ち着くまで警護に当たれ」
「了解」
一刻も早くリーブの視界から消え去りたかったは、内心で盛大に安堵する。
一礼して下がると、パルマーに近付き部屋の外へと促す。入れ違いにリーブが社長に呼ばれたことに気付いたが、見ることは出来ない。すれ違う瞬間、胸がずきりと痛んだ。
- - - -
ルーファウスからエアリスの確保、及びセフィロス追跡の命を受けたタークスは、それぞれの任務のためにミッドガルを離れていた。
プレートの一件以来、精神に多重のダメージを負っていたにも、コスモキャニオンへの出張が言い渡されていた。
何でもブーゲンハーゲンとかいう上顧客からで、調子が悪い機械があるから診てほしい、とのご依頼だそうだ。本来であれば科学部門の仕事だが、トップである宝条博士の突然の失踪により、阿鼻叫喚の混乱に陥っている担当者たちの苦労を察すると不満は言えなかった。
「休暇を兼ねて少しゆっくりしてこい。人員も増えたしな」
ツォンの思いがけない気遣いに、それほど目に見えて落ち込んでいたらしい自分が情けなくなる。よく先輩であるレノにタークスに向いてないと揶揄われたものだが、まったくその通りだと思った。
新たに配属されたばかりの金髪の新人の姿を思い描く。
タークスに憧れていたらしい(変わり者だ)彼女、イリーナはやる気に満ち溢れていた。軍事学校をトップの成績で卒業したというし、なるほど優秀なのだろう。新人とはいえ、気もそぞろの自分よりはずっと役に立つに違いないと自嘲し、上司の厚意に甘えることにした。
ともかくそんな理由でコスモキャニオンを訪れたは、ミッドガルから遠く離れた地での久々に後ろ暗くない任務に、いくらか心が軽くなったように感じていた。
ブーゲンハーゲン氏の依頼で、プラネタリウムのような不思議な機械の修理に当たっていたが彼らと遭遇したのは、レノとルードがゴンガガでクラウド一行を取り逃がした、という連絡を受けた少し後だった。
「またタークスか…」
「こっちの台詞。このタイミングでアバランチとか最悪…。エアリス、一応聞くけど、一緒に帰る気ある?」
「ありません!」
「ですよね」
今は別件だが、タークスにはエアリス確保の命も下されている。無駄と思いつつ尋ねるが、にべもなく断られる。今度はエアリスのほうから、もっともな疑問を投げ掛けられる。
「ね、、ここで何してるの?」
「そうだ、神羅がオイラの故郷に何の用だ!」
以前宝条の元に捕らわれていた、燃えるような赤毛の獣が攻撃的な声を上げる。たしか、レッドXIIIとか呼ばれていた。コイツは捕獲対象だったかどうか、と記憶を手繰る。
「顧客の個人情報はお話できません」
「この里に神羅の客なんているはずないだろ!」
「ホーホーホウ、わしが呼んだんじゃよ。機械の修理を頼んどった」
「じっちゃんが?!」
「顧客情報、漏れてるよ?」
「…私が漏らしたんじゃないからいいの!」
ブーゲンハーゲンの言葉に心底驚くレッドXIIIは余程神羅が嫌いらしい。
エアリスに揶揄われてばつが悪くなったは、本来の仕事を一旦忘れて臨戦態勢に入る。
「、ひとりなんでしょ?これじゃ、が怪我するだけだよ。やめよう?」
「そうかも知れないけど!…アバランチは、見逃せない」
エアリスの言う通りだ。レノとルードが二人がかりで敵わなかった相手に、私一人で何ができるだろう。下手したら死ぬかもしれない。けれど、敵はアバランチ。星の為だと嘯いて、魔晄炉を爆破し、多くの市民を犠牲にした。あの人の大切な街を傷付けた連中。七番プレートの件だって、こいつらさえいなければ、との胸にどす黒い感情が広がる。
から溢れだす殺気に、クラウド達が武器を構えようとした、その時。
「ちょっと待ったあー!!」
「うわっ!何!?」
「ケット・シー…何のつもりだ?」
突如とクラウドらの間に割り込んできたのは、喋る黒猫を頭に乗せた、デブモーグリのぬいぐるみだった。目の前の理解し難い物体にの動きが止まる。
「ちょっと待ってください、クラウドさん!いま、ビビッときたんです!ちょっと、占わせてもろていいですか?」
「ビビッと…?」
「は?占い?エアリス、これ何?どういう生物?」
謎の生物?は困惑する一同をよそに珍妙な踊りを始めた。
「当たるもケット・シ〜〜〜〜、当たらぬもケット・シ〜〜〜〜〜…はいっ、出ました!」
『星降りの地で無益に争うべからず。さもなくば、星の怒りを買うでしょう』
「…それ、占い?」
「いやにピンポイントだねえ」
その場にいる全員が頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。あまりの突っ込みどころの多さに完全に戦意を削がれたは、さりとて両手に構えた武器を下ろすこともできず、所在なく空を切らせる。
「ホーホーホウ、星の怒りを買うとは穏やかではない。ここはわしに免じて、双方鉾を収めてはくれんかの?神羅のお嬢さんにはまだ頼みたいことが残っておるしな」
「あ…そうでした。すみません、続き、取り掛かります!」
微妙な空気を破ったのは、少し離れて一同を見守っていたブーゲンハーゲンその人だった。我に返ったは本来の任務を思い出すと、ブーゲンハーゲンと共に里の奥へぱたぱたと走って行く。
ケット・シーがその背中をじっと見つめていたことに、が気付くことはなかった。
- - - -
「騒ぎを起こしてすみませんでした。その…正直、助かりました」
「ホーホーホウ、なに、気にせんでいい。お嬢さんが怪我をして困るのは本当じゃしな」
「修理、急ぎますね」
コスモキャニオン――この美しい星降る谷を一望できる高台で、ブーゲンハーゲンの依頼を進める。文明とは程遠い、この雄大な自然に囲まれた里にあって、ここは異質な空間だった。
老人の住まいの最上階に設置されたドーム型のそれは、小型のプラネタリウムのような機械だった。は科学部門の担当者から託された、やけに字の小さい展開図と分厚い修理マニュアルを広げ、数日かけて修理を進めているところだ。
畑違いも甚だしいが、タークスたるもの、単独任務中にトラブルがあれば自ら対応するのが基本だ。普段から銃器や無線機、発電機、果てはヘリコプターに至るまで、壊れれば自分で直す。マニュアルさえあれば何とかする、それがタークスだ。(だからこそツォンもこの仕事を受けたのだろう)
大方の修理が済んだが、どうしても一部、うまく投射されない部分が残る。
原版に破損はなかったし、修理手順は正しかったはずだ。そんな、原因がわからず頭を抱えるの前に現れたのは、先ほどの珍生物だった。
「あの〜」
「…さっきの珍生物」
「珍生物て、ひどいなあ。ボク、ケット・シーいいます」
そう名乗った黒猫は、デブモーグリから降りるとの正面に座り、床に広げたマニュアルを覗き込む。
「何か用?これ一応企業秘密なんだけど」
「ブーゲンハーゲンさんから聞いたんですけど、この機械が壊れたままやとボクらに見せたいもんが見せられへんのやって。それを、さんが修理してくれはってるって聞いて」
「別にあなたたちの為にやってる訳じゃない」
「ボク、こういうのけっこう得意なんです。良かったら、手伝わしてもろてええですか?」
「いいけど…」
口をついた悪態を気にするでもなくマニュアルを読み始めるケット・シーに、怪訝そうに首を傾げる。しかし、長時間の作業にすっかり疲弊していたは、煮詰まった頭を休めようと一先ずケット・シーの好きにさせることにした。
しばらくすると、何かに気付いたらしいケット・シーが慌てた様子で声をかける。展開図を広げて、手招きしている。
「さん、ちょっとええですか?」
「何?」
「ここの部品、予備のパーツってあるやろか?」
「この光源のところ?…ちょっと探してみる」
ケット・シーが指さす箇所に目を凝らし、持参した荷物の中から余剰パーツを探す。
「あった、これだと思う」
「これ、交換してみましょ……どやろか?」
「…点いた!すごい、よく分かったね」
「えへへ。たまたまです」
修理はこれで完了と見て良さそうだった。安心して気が抜けたらしいは、ケット・シーの傍にへたりと座り込むと、功労者の黒猫を抱き上げる。
仇敵アバランチの仲間、という警戒はすっかり解けているようだった。
「わっ!」
「…ありがとう、助かった」
「えっと、さんがほとんどやってくれはってたし」
「そうじゃなくて。ここに着いた時、私達が衝突しないように気を遣ってくれたでしょ。だから、それも…ありがとう」
「…さて、何のことやろか?ボク、占いマシーンやさかい、占っただけです」
「まあ、それでいいけどさ。ケット・シーって言ったっけ。そういえば、何で私の名前知ってるの?」
「え!?そ、それはその、さっきエアリスさんが呼んではったから」
「あ、そっか」
「そうです!ちなみにこっちの乗り物はデブモーグリ言います〜」
「乗り物なんだ…?よくわかんないけど、かわいい」
なぜか慌てるケット・シーをさほど気にするでもなく、くすくすと笑う。
タークスとは思えぬ少女のようなあどけない笑顔に、かわいいのはあんたのほうや、とケット・シーが思っていたことは、知る由もなかった。
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