奈落の底もあなたとなら浅い


あれから、数日後にハイセさんがまた来店してくれた。今度は部下の人達も連れて――。

「こんにちは」
「ど、ドウモ…」

男の子3人と、女の子1人。彼らは喰種捜査官の中でも特別なクインクスというらしい。彼らは喰種に対抗するために身体に喰種の細胞を埋め込んでいるのだそうだ。
ハイセさんは捜査のために必要で、全員分をオーダーメイドしたいとのことだった。

「ユヅキさんも今回は手伝ってよ」
「え?私も?」
「うん。イヤ?」
「……やってみたい」

ウタさんとの会話中も捜査官の人達の視線が気になる。そりゃそうか、喰種と人間が普通に喋っているんだから。

ウタさんが1人ずつ採寸始める。
すると、不知火君だっただろうか。彼が私に声をかけて来た。

「あの、大丈夫なんスか?」
「何が…?」
「イヤァ、だって喰種でしょ?どういう関係なんスか?」

どういう……か。
家族。仕事仲間。どれも違う。

私は結局何も答えられないまま、彼らは帰って行った。店内が静かになって2人きりになると何だか急に緊張する。

「みんなウタさん見てびっくりしてたよ」

「隠せば良いのに…」そう言ってもウタさんから返答は無い。彼の方を向くと、彼も私を見ていた。

「違うよ」
「……え?」
「ユヅキさんを見てたんだよ」

――そんな、こと……。
ウタさんがどうしてそんな真剣な眼をしているのか私には分からない。

「そんなことないよ…」
「みんな言ってたよ、あのお姉さんすごく良い匂いするって」

ウタさんの視線を背を向けて避ける。
後ろでウタさんが立ち上がる音がした。私の真後ろに気配がしてウタさんの腕がスルリと私の体に回る。逃げようにも逃げられなくて気恥ずかしさから、肩に力が入る。

「僕だけしか分からなければ良いのに」
「…んっ」

ウタさんに肩口に顔を埋められて、くすぐったさに声が漏れる。顔が熱くて心臓が破裂しそうなくらいドクドクと脈打つ。

「……ウタさん、なに…?」

ウタさんの顔が見えなくて不安になる。ウタさんが突然何を考えているのか全然分からない。

「こっち向いて」

ウタさんの長い指が私の顎を撫でる。指に導かれるまま後ろを向くと、ウタさんにキスをされた。クリスマスの時と違い、離れてまたすぐに唇を塞がれる。

「っ、…んんっ」

口を少し開いた隙に彼の舌が歯列を割って口内に忍び込んでくる。
溢れる唾液を啜りあげられて、逃げても舌が絡め取られた。

「……ふふ、美味しい」

クラクラとした眩暈を感じてもう離してほしいのに、ウタさんは一向にその気配を見せない。むしろ彼は楽しそうにしている。

「ねぇ、ユヅキさん」
「なに…?」

――僕のモノになってよ。

「ホントはね、一目惚れってヤツだったんだ」
「……嘘」
「嘘じゃないよ。あのまま売られなくて良かった」

優しい音色なのに、私には悪魔の囁きに聞こえる。
私達は喰種と人間だ。
決して交わることはできないのに。

「ユヅキさんが望んでくれたら、僕は君のモノになるよ」
「そ、んな……」

ウタさんの指がツウと唇をなぞる。
期待していいんだろうか、彼も同じ気持ちだと。
この口で、言えば――。

「……好き、です、ウタさんのこと」

戻る場所も無いんだ。
後悔はしないと、自分に言い聞かせて。


To be continued…


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