平和に行きましょう。
君の瞳に星が落ちた
苗字先輩はボーダーに入って最初に仲良くなった異性やった。ボーダー内の事や狙撃手の事を教えてくれた優しくて可愛い先輩。もちろんいつの間にか好きになっていた。知らん土地で知り合いもおらん環境やったし、やっぱり心細い部分もあった中で、彼女のような存在は輝いて見えた。そして、苗字先輩に彼氏がおったもの早いうちから知っていた。知っていても好きになった。
犬飼先輩は多分、俺の存在が嫌なんやろうなってすぐに分かった。狙撃手の練習場なんて来る人やなかったのに、いつからか毎回迎えに来るようになったし、何よりもあの視線が物語っていた。当間先輩に聞いてみると「苗字は可愛いしみんな話したがってんだけどよ、犬飼は重いソクバッキーだから関わるなよ。アレはめんどくせぇぞ」と即答された。確かに男のボーダー隊員とあまり絡んでるところを見ない。おそらく苗字先輩も男性隊員もお互いに絡まないようにしてるんやろな、と思った。
そして少しすると苗字先輩は俺ともあまり話さなくなった。きっと犬飼先輩が嫌がったんやろなと容易に想像できる。けど俺は他の人と一緒になりたないと思い、挨拶だけは必ず話しかけに行った。合同訓練の結果も確認して感想を言いに行ったり、他の人からしたら命知らずな行動なんやと思う。けど、苗字先輩の異性の中で一番仲良い存在になりたかった。俺が話しかけると嬉しそうにするのも、俺が訓練の結果を褒めると照れくさそうに笑う顔も、全部愛しく思えた。正直ボーダー内でそんな表情してるのは見たことがなかったし、こんな素敵な顔、確かに独占したくなる気持ちも分からんくはない。けど、ほんまは皆んなとこうやって交流したいんやないかなとも思った。男女関係なく、みんなで仲良くしたいんやろうなって。
そう考えるようになってから、苗字先輩が心配やった。無理してへんかな、実は我慢してるんやったら救いたい、と。彼氏でもない自分が口出す事やないのは重々承知やけど、好きな人には楽しく笑顔でいて欲しいと思うのは普通の事やん。根底にある本心は、あの素敵な笑顔をいつも向けてくれる存在になりたいと、高望みしてしまってる。
そんなある日、ラウンジで苗字先輩が何か思い悩んでそうなところに遭遇した。苗字先輩が見つめていたのは、くっきりと痣が浮かび上がっている自分の両手首。正直ギョッとした。まさか犬飼先輩やないよな?と少しだけ現実逃避をしてみたが、話してみると犬飼先輩が犯人やった。俺が大切にしたいと思ってる人になんて事しとんねん、ありえへんと心の中で憤りを覚えた。
弱ってるところに付け込むのは、あんま男らしくないやろと思いつつも、このチャンスは逃したくなかった。苗字先輩と2人きりの密室で話せる機会なんてそうそうあらへんと思うと、気持ちが昂って全然眠れへんかった。
苗字先輩から話を聞けば聞くほど、腹わたが煮え繰り返るような気持ちになった。そんな男さっさと別れてしまえと、本気で思った。苗字先輩は犬飼先輩からしか愛情を貰ったことがないと言った。俺からしたら、あんなん愛情とちゃうやんと思うし、苗字先輩にも間違えて欲しくなかった。
思わずキスしてしまったが、後悔は全くしてない。だって、苗字先輩は少し嬉しそうやったから。唇と唇を軽く付ける程度のフレンチキスだったのに、ほんまに好きな人とする優しいキスはこんなにも気持ちええんやと驚いた。俺自身、こんなにも愛しく思える人おったんやな、と感動を覚えるまであった。
「だけど、私は澄晴から逃げられないんだって。死ぬまで離さないって」
「そんなん俺が犬飼先輩に話に行きます」
「隠岐くんに迷惑かけられないよ」
当たり前に苗字先輩はまだ犬飼先輩に気持ちがあるやろうし、そんなにすんなり別れてもらえる訳やないのも分かってる。そして、なによりも別れ話をしたとするとあの人はどうなるのか、バカでも想像はつく。
「今は正直自分の気持ちが分からなくて。だけど、このままじゃダメなんだろうなって思ってるんだ。澄晴とはずっと一緒にいちゃいけないって」
苗字先輩は思ったよりもしっかりしていた。彼に毒されすぎて感覚が狂ってしまっていたらと危惧していたが、そこは心配なさそうで安心した。
「けど、困ったときは隠岐くんにSOSを出せばいいんでしょ?」
「ふはっ、ほんま敵わへんなぁ」
そうやって、苗字先輩の頭の中に俺が存在してくれればええ。いつか絶対、俺が大切にするって決めたんやから。
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