大会二日目。昨日に引き続き天気は快晴。私に至っては筋肉痛も持ち越しである。あの独特の気だるさを感じつつ、少しは余分なお肉が落ちますようにと足をさすった。
そんな私は今、ドリンクを作っている最中だった。潔子さんと一緒だったけど、途中で武ちゃん先生に呼ばれたため、現在一人でもくもくと作業している。決して寂しくなんかない、寂しくなんか…。
「今日の烏野と青城の試合楽しみだよなー」
「烏野ってスゲェ10番がいるところだろ?」
行き交う他校生たちの会話は7割くらいが日向のことだった。昨日の2試合ですっかり有名になった日向は、こうして色んな人の話題に上がっている。そんな凄い10番がいる烏野の対戦相手は、県ベスト4の強豪・青葉城西高校だ。
二ヶ月ほど前に練習試合を行ったときはうちが勝利している。徹ちゃんが不在で正セッターではなかったとはいえ、その事実は私たちの心に少しだけ余裕を生み出していた。
あの時から練習を重ね、日向も上達しているし、エースの旭さんと守護神のノヤさんが加わった今、不安要素はかなり少ないと思える。あとは私が応援で百人分の働きをすれば完璧だ!徹ちゃんの応援は女の人も多いから、私もそれに対抗してキャピキャピした感じでいくか、むしろ反対に野太い声で男気溢れる形でいくか迷うところではあった。
うーん…と、悩みながら蛇口を捻る。締まるどころか緩くなったハンドルに、あ!反対だ、間違えた!と脳が理解する。しかし、蛇口から勢いよく放出された水がボトルに跳ね返り私のお腹辺りがびしょ濡れになった。慌てて水を止めたものの、時すでに遅し。
「タオルタオル…」
気持ち悪いし水気だけでもとろうと、ジャージのポケットを探ったけど何も入っていなかった。鞄に入れっぱなしになっていることを思い出し、自分の不注意にため息が出る。くそう、何のためのタオルなんだ…!
さらに角を曲がった先の方からは、「キャー及川さーん!」と黄色い声が聞こえてきて私のテンションはどんどん下がっていった。姿は見えないけど、女の子たちに囲まれてヘラヘラと笑みを浮かべる徹ちゃんが容易に想像できる。よく女の子にモテモテで困る〜と微塵も困っていないような顔で自慢してきた顔も同時に頭に浮かんでイラッとした。
女の子と一緒に写真取って徹ちゃんだけ半目になればいいのに…、と脳内で八つ当たりしてみると思いのほか心がすっきり。更に、その写真を想像してみると急に面白くなってきて一人で噴き出してしまった。イケメンなのに半目って。
「ぷっ」
「何一人で笑ってんだよ、お前は…ほら、タオル忘れたんだろ」
「岩ちゃぁん!岩ちゃん、さすが!なんでわかったの?」
「水撥ねたところから見てた。ポケット探ってたしな」
「そうだったんだ、全然気付かなかった!岩ちゃん救世主、大好き!」
「はいはい、分かった分かった。分かったから落ち着け」
ぬっと折りたたまれた黒いフェイスタオルが出てきたと思えば、バレーボールを脇に抱えた岩ちゃんだった。神掛かり的なタイミングに感動して、岩ちゃんの手を握りぶんぶんと上下に振ると怪訝そうな顔で見下ろしてくる。
「さすが岩ちゃん!私のお母ちゃん!」と言うと心底嫌そうな顔で「及川と同じことを言うな」と返され、私は黙った。大人しくなった私に岩ちゃんは再度タオルを差し出す。お礼と共にそれを受け取り、ジャージの濡れた部分に押し当てると生地が水分を吸い取ってくれた。岩ちゃんのタオルは吸い取りも抜群だ!
「なあ、ごんべ子。クソ川見なかったか?あいつ、また一人居なくりやがって…」
「徹ちゃんなら、多分向こうで撮影会やってると思うよ。声が聞こえるから」
「はあ?またかよ…いい加減、『断る』ということを覚えさせた方がいいな」
「そうだねー」
呆れと苛立ちが混じった表情でガシガシと頭をかき、ボールをスタンバイする岩ちゃん。今から恒例のアレをやるんだね…。徹ちゃんが調子に乗っている時とかふざけている時によくボールをぶち当てていた。私もたまに怒らせて足元とかに投げられていたけど、凄い威力だった。しっかりボールを投げる体勢の岩ちゃんは、まるで今から戦争にでも行きそうな顔である。女の子たちに当てないようにね、と言うと静かに頷いていた。徹ちゃんには優しくないけど、徹ちゃん以外には優しい岩ちゃんがカッコイイ。
私もそろそろみんなのところに戻ろうと荷物を纏めていると、曲がり角の向こうから「痛ッ!痛いよ岩ちゃん!」「キャー、及川さん!?」という叫びが聞こえてきて、今日勝てそうかもと妙な自信が沸いた。
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「金田一、ナイスレシーブ!」
「国見、もっと足動かせ」
「影山、ナイッサァ!」
「…デジャブ」
ウォーミングアップが始まり、コートでは烏野と青城が隣り合わせで練習を始める。影山、金田一、国見に徹ちゃんや岩ちゃんが居ると、どうも中学時代を思い出してしまった。影山がもしも青城に進学していたら、この光景が当たり前だったのかな。私も烏野じゃなくて、青城のマネージャーになって、また皆で一緒に練習をする…。ちょっと楽しそうだった。
でもやっぱり、今の烏野でこうしているのが私にも影山にもベストなんだろう。そうじゃなければ影山は日向と出会って変わることもなかったかもしれないし、私も師匠たちや素敵な先輩に出会えなかったかもしれない。運命、というやつだな…と一人しみじみ頷き、サーブで飛んできたボールを拾いあげようと前かがみになり手を伸ばした。と同時に、お尻に鈍痛が走る。
「おっふぁ!?」
「プッ」
何事!?と振り返ると、どうやら誰かが打ったボールが跳ね返り、私のお尻にブチ当たったようだ。やだ、衝撃で変な声が出た!慌てて口を覆い周囲の様子を窺う。すると、ツッキーが噴出すのと同時に私から顔を背けた。貴様、見ているな!とツッキーに視線を送るとその向こう側で笑いを堪えて微妙な顔になっているスガさんと旭さんが見えた。更に国見とマッキーさんも同様に小刻みに肩を震わせながら顔を背けている。
笑うならいそっその事笑い飛ばしてくれ!みんなが見て見ぬふりをして堪えるから、私も自分で笑うことも出来ない。
お尻をさすりながら恥ずかしさを誤魔化すようにボールを拾い上げると、徹ちゃんが「今の、ちょっ、見た!?」と爆笑しながら何も知らないであろう金田一に声を掛けていた。…思いっきり笑われても恥ずかしいんだね。今後の私の課題は背後の流れ弾にも反応することに決定した。
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「あ、嶋田さん!滝ノ上さん!おはようございます!」
「おう、おはよう」
「ごんべ子ちゃんは、今日も元気だな!」
公式ウォーミングアップが始まったので二階席に上がると、そこには嶋田さんと滝ノ上さんが既に立っていた。今日も仕事を休んで応援に来てくれたらしい。昨日と同じように私も一緒に並んで、下の練習を眺めていると滝ノ上さんが口に出した「弟子」という言葉に反応せずにはいられなかった。
まさか私の他にも誰かの弟子がいるとは初耳だ!興味津々で尋ねると、どうやら1週間前からグッチーが嶋田さんにサーブの特訓をしてもらっているということが分かった。それも初耳だ!だからツッキーが一人で帰っていることが多かったんだなぁ、と納得した。それにしてもグッチー、なかなか青春っぽいことをしている。
「私とグッチーは弟子友達というわけか…」
「弟子友達ってなんだよ、最近はそういうの流行ってるの?」
「さあ?俺に聞かれても分からん」
グッチーってば、私にも教えてくれたらよかったのに!今度、"弟子トーク"で盛り上がりたいな、と私が笑う隣で嶋田さんと滝ノ上さんは首を傾げていた。
そして公式ウォームアップも終わり、各校が整列する。挨拶を終えると、ネット越しに徹ちゃんと影山、日向が何やら会話していた。何となく影山の顔が険しくみえて、言い合いにでもなっているんじゃないかと不安になる。でも日向はいつも通りだったので問題はないようだ。何話してるんだろう、「大王様コワイ、ひぃ!」「日向ビビんな!」「ウヘヘ、負けたらトビオは青城が頂くぞ〜」「ひぃ!」とかかなと勝手に脳内でアフレコしてみる。うん、絶対違うな。
「とお…及川さん、何か言ってますね」
「何か、今…」
「青葉城西の空気が変わった気がする」
コートに向かう際、徹ちゃんが振り返り仲間に向かって何かを言った途端に青城の雰囲気が変わった。さっきまで和やかだったのに、急にピリッとした空気になっている。それはコート外にいる私たちにも分かるくらいハッキリしたものだ。いつものヘラヘラした徹ちゃんが試合中に見せる真剣な表情がいつもと違って見えた。
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