潔子さんと別れ、家までの道を一人とぼとぼと歩く。さっきまでみんなでわいわい賑やかだったのに急に静かになると少しもの悲しい。明日になればまた騒がしいところに行くけど、昼間とのギャップが余計にそう感じさせた。
特にこの辺りは人通りも少なく、路地にはポツポツと等間隔で並んだ電灯が薄く地面を照らしている。しーんとした街並みに自分の足音だけが響いて、少しだけ不安になった。こういうときに限って、怖い話を思い出すのは何故だろう。勝手に幽霊の姿を想像して恐怖した。

「おい」
「っ!」

曲がり角を曲がってすぐ、突然声を掛けられ咄嗟に歩くスピードを速める。朝の一件で筋肉痛の足にむち打ち、とにかく声の主から距離をとることを最優先にした。やばいよやばいよ〜!足ムキムキになったらどうしてくれるんだ!という私の怒りも、ガシッと肩に手を置かれて一瞬で吹き飛ぶ。
不意打ちの出来事に驚きすぎて悲鳴も出せず、ぎゅっと目を瞑った。やだ、私どうなるの?春高出場ならずして息絶えるの?
内心焦って「ナムアミダブツナムアミダブツ…」とお経を呟き心を落ち着かせていると、ぬっと顔を覗き込まれる気配がする。そして名前を呼ばれ、ゆっくりと薄目を開けた。同時にへなへなとその場に膝からくずおれる。

「おい、大丈夫か?ななし野、どっか痛いのか?」
「何だよ、影山かよ!今日何回目だよ!バカー!」
「??」

心配そうな顔でしゃがみこんで私の様子を窺う影山に、安心した勢いで大きなため息と暴言が飛び出した。今日は影山のせいで驚き疲れたよ!この場にまさか影山が居るなんて思ってなかったし、真っ暗な中で真っ黒なジャージ着て急に声を掛けられたら誰だってビックリするに決まっている。
ブーブーと文句を言いながら、いつまでも座り込んでいると影山にぐっと腕を引っ張られ私も立ち上がった。

「…影山、何でいるの?もしかして、待っててくれたの?」
「おう。もう、暗ぇーし…家まで送る」
「え?そんな悪いよ、明日も早いしさ」
「送る」
「ありがとう」

いくら同じ方向とは言え、私の家と影山の家はそこまで近いわけじゃない。こんな時間だし、明日の試合もあるし、何より申し訳ないと思う。でも影山は意地でも私を家まで送ると言って譲らないので、有り難くそうしてもらうことにした。

「…」

何も喋らない影山の横を黙って着いていく。夕方のバスの一件で何となく気まずいと思っていたのは私だけかな…。その話題は何となく避けた方がいいかもしれない。そう思って何か他に話題はないかと思考を巡らせていると影山の方が先に口を開いた。

「今日、バスで悪かったな」
「エッ!えっ!?いや、いいよいいよ気にすんなよ!」
「…お前は気にしろよ」

まさかイキナリ直球でくるとは思っていなくて激しく動揺してしまった。上ずった声で、椅子ドンの一つや二つどうってことないさ、と影山の背中をバシバシ叩きながら照れを誤魔化す。やっぱり思い出したら恥ずかしくなってくるし、本人には言えないけどあの時の影山はちょっとカッコよかった。
影山は私が気にしていない風を装っていることに全く気付いていないようだ。頬に集まる熱を飛ばすように手をパタパタと動かし顔に風を送る。まだ少しひんやりとした夜風は心地よい。そんな私を見ても影山は暑いか?と首を傾げていて、鈍感で良かったと思った。どういうつもりだったのか聞く勇気は出ない。でも普段から、からかいすぎている私への仕返しなんじゃないかと思っている。だとしたら効果覿面だよ、影山。これ以上思い出したら羞恥に耐える自信もない。
話題を逸らすために、私は饒舌になっていた。

「変人速攻やったとき、凄かったよ!観客席では話題沸騰でさ、どんどん人が集まってさー。それに、みんな凄くて!私、魅入っちゃってたまに応援するの忘れちゃってたよ!」
「…試合中、お前の声ちゃんと聞こえてた」
「ほんと?よかったー!伊達工とか特に応援凄かったし、聞こえてないと思ってた」
「……ななし野の声は、どこにいても聞こえる」

何となく会話も弾み、しばらく今日の試合について話していると急に影山が耳まで赤くしてそう呟いた。少女漫画だったらきっと私の胸の辺りにトクンという文字と背景にキラキラした花が舞うんじゃないだろうか。
そして影山には謎の風が吹いて二人は恋に落ちるのであった…。やばい、想像したら面白くなってきた。影山は今、自分の中で羞恥心と戦っているはずだ。私が俯いてニヤニヤしているとは夢にも思っていないんだろう。こういうところが影山を怒らせるとは分かっているんだけど。

「影山って地獄耳?」
「はぁ!?」
「私の声が大きかったのかな…」
「クソッ!このボゲェ!空気読めよボゲェ!」
「いだだだだ」

バッと顔を上げて私がそう答えると影山は拍子抜けした顔になった後、ガシっと私の頭に掌をセットした。ヤベッ!と思った瞬間、力を込められギリギリとした痛みが頭部を襲う。セッターの指先の力半端ないって!
私が目に涙を浮かべ三回程謝罪すると、影山はしぶしぶ手を離す。ムスっとしている影山にごめーん!と軽く謝ると、急に真剣な顔になった。また壁ドンくるの?少し緊張してファイティングポーズをとる私を見つめ、影山は言う。

「お前、及川さんに似てきたな」
「ヘァッ!?」

衝撃の発言に巨大戦士みたいな声が出て手で口を覆う。影山全然笑ってないし!今の奇声はなかったことにして「どこが?」と聞き返した。前に岩ちゃんと国見にも同じことを言われたことを思い出して私は頭を抱える。見た目が、とかだったら良いけど性格がとかだったらどうしよう…。

「何となく、性格が…?」
「オーノー!もうお嫁にいけない!」
「何でだ?」

頭の中に、ウィンクとダブルピースしながらウヘペロッと舌を出して笑う徹ちゃんの顔がポンポンと浮かんでは消える。長年一緒にいると似てくることはあるかもしれないけど、あんまり嬉しくなかった。
似るなら岩ちゃんが良かった…。性格が悪いと定評のある徹ちゃんじゃなくて。若干、沈んだ私を見て影山は少し慌てて口を開いた。

「何で及川さんに似てたら嫁に行けねぇのかわかんねーけど…その、…その時は貰ってやる」
「…へ?」
「…何でもねぇよ、さっさと帰るぞ!」
「え、ちょっと待ってよ!」

今のって、まさかプロポーズ?バッチリ聞こえていたけど、影山は私が聞こえていないと思っているのか一人でズンズンと前に進んでいく。きっと、私がお嫁にいけないとか言い出して落ち込んでいると勘違いしたに違いない。影山なりの慰めとかだったのかもしれないと思うとまともに反応できず申し訳なくなった。
もしかして影山って本当に私のことを…?なんて思うこともあるけど、間違っていたら恥ずかしい。それに、せっかくまた仲良くなれたんだからこの関係を壊したくなかった。万が一、徹ちゃんみたいに私を想ってくれていたとしてもそれに応える自信がない。
出来れば影山を始め、みんなとずっとこんな関係で居たいと思うのは贅沢なことなのだろうか。何となくモヤモヤした感情を残し、私は影山の後を追いかけた。



王様の焦燥
(及川さんと見つめ合う姿が、頭から離れない)

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