約1年前、影山が絶賛王様だった頃同じようにベンチへ下げられたことがある。あの頃とは影山も全然違うし、今は彼を支える仲間がいる。だから大丈夫。分かっていはいても、トラウマというのは本人が意図せずとも蘇るものだ。少し身を乗り出して影山を見つめていると、恐い顔をした影山と一瞬目があった。何か言わなきゃと口を開きかけたとき、日向の声がそれを遮る。

「お前を倒すのは絶対おれって言った!」

日向の言葉に、影山の表情が変わる。きっと日向だからこそ影山の気持ちを理解できるし、心に響く言葉も自然と出てくるのだろう。今、影山には私よりも日向が必要なのだ。どんなに仲良くなっても、一緒に居ても、きっと彼らと同じところに立つことは出来ない。既に私を見ていない影山に変わらず視線を送り続ける私。
またしても心にモヤモヤとしたものを感じ、スガさんがメンバーたちを小突いている場面をボーっと眺めていた。


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「1セット目はとられちゃいましたね…」
「でも、チームの雰囲気は大分持ち直したよな!」

スガさんがセッターとしてコートに入ったことにより、青城は上手くかき乱された。練習試合の時も、今大会もずっと影山が正セッターとして試合に出場していたため相手にとって未知の選手だったのだ。影山とは違う視点、攻撃で盛り返すところだったけどやはり相手との点差の所為で1セット目は取られてしまった。
それでもスガさん投入は効果があったように思う。影山もコートの外から冷静に試合を見て分析しているようだし、私自身もスガさんのプレーを見るのは新鮮で少し楽しかった。影山のような華麗で人を惹きつけるようなスーパープレイはないけど、見ていて安心感のある誠実なトスは流石3年生だ。

二試合目もセッターはスガさんで開始し、2-2と同点。このまま逆転したいけど、ここでまたしても徹ちゃんのサーブが回ってきた。未だにあのサーブを安定して返せておらず、今度こそ取り返せない程流れを持っていかれることもあり得る。そうなればもっともっと苦しい戦いになるだろう。

「おっ」
「ん?」
「さっきと違うフォーメーションになってる!」

コート上では大地さんとノヤさんが後方で構え、他のメンバーは前衛寄りに立っている。嶋田さんと滝ノ上さんがなるほどな〜とコーチの意図を話してくれた。ノヤさんと大地さんなら徹ちゃんのサーブを返せる。この二人に絞って確実にボールを上げることが目的らしい。
こういう作戦もあるのか、と関心していると徹ちゃんファンの女の子たちが滝ノ上さんに説明を求めていた。…嬉しそうだな、滝ノ上さん。

このレシーブ二人体制は思いのほか効果があった。レシーブの得意な大地さんがなんと1本目でまともに返したのだ。更にこの貴重なボールを龍先輩が決め、試合の流れはこちらに傾きつつあった。言葉通りほぼ互角で試合は進んだものの、14-15でブレイクを許してしまった。すっかり解説役が板についた滝ノ上さんがブレイクの説明を女の子たちにしている隣で、ブロックに止められた日向に視線がいく。丁度影山もコーチに呼ばれ、スガさんの交替も近づいていることを知らせた。

「次あたりで交替、だな…」
「だな、そろそろ青城も対応してきてる」
「スガさん、ファイトー!」

ふいに見えたスガさんの唇を噛み締める姿に少し胸が痛くなる。実力が全ての世界、勝つためには仕方のないことだ。私には想像もつかない色んな感情があるのだろう。例えば、3年生だからとか。引退が迫っている中、少しでも長くコートに居たいはずだ。いつかスがさんが語っていた胸の内を思い出す。そんな想いを、旭さんが相手コートに叩き込みスガさんは影山と交替した。


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影山の調子は良かった。サーブの威力も充分だし、いい感じに闘争心も煽られたのか着実に日向との速攻を決める。対して青城も変人コンビ復活で崩れかけたものの、徹ちゃんの存在は大きく、点差をつけることは出来なかった。でも烏野が1点リードで20点台だということは少なからず有利だ。
ネット前にはツッキーと旭さんも居るのでブロック率も高い。要素的には烏野がセットを取ることは可能なはずなのに、気付けば21-21と同点まで追いつかれている。このセットを落とせば本当に試合が終ってしまう。烏野がタイムアウトを使って試合は一時中断し、私もホッと肩の力を抜いた。

「ツッキー、フェイント決まったとき凄くイイ顔してますね!」
「すました顔で出し抜いてくるんだもんなぁ」
「俺、強打すんのかと思ってたわ!」

2連続でフェイントに続き、再度フェイント。ツッキーにボールが渡れば、意表を突いて繰り出されるフェイントに観客席からはサボリだのと笑う声も聞こえてきた。ツッキーにはきっと何か考えがあるのだろうけど、見ていてハラハラする。青城側も段々とツッキーの攻撃を読み始めていて、フェイントも決まりづらい。かなり追い詰められたこの状況では確実に1点が欲しかった。ドキドキしながら滝ノ上さんとコートを見つめ、影山のトスが誰に上がるかを見守る。

「ツッキーだ!」
「フェイントか!?」
「いや、違う!」

青城の選手がフェイントを警戒し、全体的に前へ前へと寄っている。ガッと手すりを掴み私まで前のめりになると嶋田さんがハッと気付いたように声を上げた。
ドバッと思い切り強打されたボールは青城のリベロの腕に当たりコート外へと飛んでいく。先程までのフェイントこそがこの1点のための布石だったのだ。誰もが焦るこの場面で先を見据えた攻撃を仕掛けるツッキー。グッチーが大興奮しているのも分かる!私も大興奮だ!

「げっ、ここで及川クンのサーブかよ!」
「この場面で、そうそう強気の勝負には出ないんじゃないか…?」
「…逆にこんな時だからこそ、勝負に出る気がします」

取ったら取り返され、24-23。いつだって徹ちゃんの力を引き出すのは岩ちゃんだった。今も岩ちゃんが徹ちゃんに向かって何かを言っていた。雰囲気が、表情が、途端に変わる。


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徹ちゃんが凹んだ時、悩んでいる時、成長する時、どんな時でもいち早く気付いて導くことができるのは岩ちゃんだけだと思う。あの二人には、誰にも入り込めない程の強い絆と信頼関係がある。(岩ちゃんは否定するけど)
中1の頃、徹ちゃんの様子がおかしい時があった。普段通り振舞っていても、近くに居れば分かる苛立ちや焦り。本人に聞いてもやんわりと話題を逸らされ、どうすることも出来ずに居た。岩ちゃんも気づいていたようだけど、何も口出しはしなかった。
日に日に増える徹ちゃんの無茶な練習。相変わらず私は拒絶され見えない壁がもどかしかった。岩ちゃんの忠告も聞かず、見ているこっちか疲れるほどハードだ。いつもならヘラヘラして私にちょっかいをかけてくるのに、それもなくなり声も掛けられなかった。試合で影山と交替させられた時の徹ちゃんの表情は今でも覚えている。

「影山は帰らなくていいの?」
「おう、今日の試合の感覚忘れたくないから」
「練習熱心だねぇ」

皆が帰った後、体育館には私と影山、そして一心不乱にサーブ練習を繰り返す徹ちゃんの三人が残った。いつもの光景の筈なのに、違うのは徹ちゃんの態度だ。こちらには目もくれず、恐い顔でボールを叩き続けている。影山だけはそんな雰囲気を微塵も気にしていないようで、キラキラした瞳で徹ちゃんに向かっていく。今はやめたほうが…と止めるのも間に合わず、「サーブ教えてください」と徹ちゃんに声を掛けていた。

「…っ」
「徹ちゃん…!?」
「?」

瞬間、スローモーションのように徹ちゃんの腕が影山に向かって振り下ろされる。初めて徹ちゃんを恐いと思った。徹ちゃんに怒られたこともあるけれど、全然別の恐怖心が湧き上がる。絶対に暴力なんて振るわなかったし、そんな姿を見たこともなかった。全身が固まったように動かなくなり、これから起こるであろう事態を予測することしか出来ない。ぎゅっと目を瞑った時、聞こえたのは岩ちゃんの怒声だった。恐る恐る目を開ければ、間一髪のところで徹ちゃんの腕を掴んだ岩ちゃんと、自分でも何をしているのか分かっていないような呆然とした徹ちゃんが立っている。

「影山、悪いけど今日はもう終わりだ」
「あ…ハイ…」
「ごんべ子も今日は先帰ってくれ」
「…うん、わかった」

ただ事ではないと感じ取った私たちは大人しく岩ちゃんの言葉に従った。体育館を出て、空気が軽くなったことで自分が緊張していたことを知った。影山はイマイチ状況がよく分かっていないようで、おにぎりを頬張りながら首を傾げている。
中から聞こえてきた岩ちゃんの「6人で強い方が強いんだろうがボゲが!」という声に、ほーと声を漏らしていた。

「ななし野、大丈夫か?おにぎりもう一個あるぞ、食うか?」
「ぶふっ、何か気が抜けちゃった…ちょうだい」
「??何、笑ってるんだ?」

殴りあいでもしてるんじゃと心配になったけど、どうやらそうではないみたいだ。岩ちゃんスゲェ!私にできることは何もないと悟り、安堵する。私のため息を聞いた影山は、鞄からがさごそとでっかいおにぎりを差し出してきたので有り難く受け取った。うまい。
次の日、すっかり調子を取り戻しニコニコと謝ってきた徹ちゃんはどこか吹っ切れたようだった。


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「ごんべ子ちゃん、ボーっとしてどうかしたの?」
「いえ、何でも!」

過去の回想をしているうちに、徹ちゃんのサーブをノヤさんが拾い、ドッと会場が沸いた。残念ながら直接相手コートに返ってしまったものの、何とか首の皮一枚繋がった気分だ。徹ちゃんが誰に上げるのか、何となく予想はつく。金田一がセンターで構える隣を岩ちゃんも飛んだ。徹ちゃんが最も信頼しているのは岩ちゃんだ。
しかし、咄嗟の判断でツッキーが影山と共にブロックに跳んだおかげで、この第2セットは烏野が勝利した。



VS青葉城西 IH予選編 前編
(今のブロック、影山が指示したのかな?)


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