迎えたファイナルセット。泣いても笑っても、このセットをとった方が次の試合に駒を進めることができる。強豪・青城と互角に戦っていることもあり応援にも熱が入っていた。でも、どう頑張っても青城の声援にかき消される私たちの声。いい方法も思い付かず、ただコートを見つめる。
「オラ!どうだコレ良くね!?」
「原始的ですね!」
「それは褒めてるのか?でも、ちょっとはマシになるだろ」
セット間に居なくなった滝ノ上さんが、戻ってきて突然目の前に差し出してきたのは2リットルのペットボトルに砂利が詰め込まれた簡易的な応援道具だった。まさか今の短時間で中身全て飲み干したのだろうか…。それともあらかじめ用意していたのだろうか。ふと浮かんだ疑問は、コート内での岩ちゃんのスパイクにより私の意識から消滅した。
「こっからは地力の差が出てくるかもしんねーな…」
嶋田さんが深刻な顔でそう呟く。飛ぶ鳥を落とす勢いの烏野ではあるけど、青城は選手層も厚く一人一人の能力も高い上にセッターが及川徹である。レベルは向こうが上だということは否めない。
私は何とかみんなを元気付けようとペットボトルを激しく振る。みんな頑張って!応援隊長も頑張るから!
「頑張れ、烏野ー!ひぃぃぃ」
「応援の仕方が怖ぇよ!」
「何で悲鳴なんだよ、ごんべ子ちゃん!」
まるで祈祷のように一心不乱にボトルを降り続けていると、二人から安定のツッコミを頂いた。青城の応援に対抗するって難しいな…。
そんなことで悩んでいる間にも試合は進み、現在8-9で青城が1点リードしていた。ラリーの応酬の中、国見がフェイントをかましノヤさんが拾いあげ、それを旭さんが打ち込む。
そのスパイクを徹ちゃんがレシーブしたことにより、青城はセッターがトスをあげられなくなった。つまり、あの徹ちゃんが仕掛けてくる多彩な攻撃はないということだ。烏野にとって有利になることは間違いない。と思っていたのに、まさかのリベロが空中でトスをあげ徹ちゃんがバックアタックを決めるという予想外の展開になっていた。
「何ですか、今の!?凄っ!跳びながらトス上げてましたね!」
「あんなプレイ中々見れるもんじゃない」
「あの色違いの子上手〜。及川くんみたい」
「今の…トスが上手いってだけじゃない凄さだよ」
敵ながら天晴れ。いつのまにか近くにいた徹ちゃんファンの子たちに、滝ノ上さんがいかに凄いプレイだったかを説明している。すっかり解説ポジションに収まっている滝ノ上さんの姿が段々と様になってきているような気がした。
私もまだまだルールを全部把握しているわけではなかったので、密かに聞き耳を立てながらふむふむと納得する。さすが青城、一人一人の実力が高い。
中でもやっぱり徹ちゃんはずば抜けて上手いと思った。ネットギリギリのボールを無理矢理トスに変え、岩ちゃんが決める。一連の動作には全く迷いがなく、誰が見てもファインプレーだ。あんなの、誰も打つなんて思わない。
「阿吽の呼吸て感じだな」
「さすが幼なじみ…」
「へーあの二人幼馴染か、じゃあお互いに信頼しあってんだなー」
さっき岩ちゃんにトスを上げた時の徹ちゃん、凄く楽しそうだった。阿吽の呼吸というのは納得で、言葉にしなくてもお互いに言いたいことが分かるのだろう。普段、徹ちゃんには悪態をつく岩ちゃんだけど試合では絶対的な信頼を寄せていた。ずっと二人をみてきたから分かる。
そんな絆の強い二人に、烏野の変人コンビも負けじと食らいついていた。日向がコートの横幅いっぱいを走っては跳び、走っては跳びを繰り返し相手ブロックを寄せ付けずにいる。
上から観戦しているとそれがよく見えた。この12人の中で、誰よりも走り高く跳んでいるのは日向だ。嶋田さんが言った「バレーは重力との戦い」という言葉がしっくりくる。
あんなに走り回っているのに、苦しいはずなのに、日向は笑っていた。本当に楽しそうに、ボールを寄越せと全身で訴えている。
「烏野追いついた!」
青城が日向のワイドブロードに翻弄され、警戒している隙をつき旭さんがど真ん中からボールを叩き込み、15-15とスコアは並んだ。観客席からも興奮の声が聞こえ、私も思わず息を呑む。最強の囮が、あの青城を追い詰めている。青城が最初のタイムアウトをとったことが何よりそれを物語っていた。
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青城もかなり本気モードであり、日向のブロードもあっさり攻略法を見つけられてしまった。もう手の内を晒しきったこの場面、とにかくボールを落とさないようにするしかない。みんな体力も消耗し、限界も近いだろう。
私に出来ることは精一杯、応援することだけだ。烏野二回目のタイムアウトを使い、選手たちがベンチに集まってくると滝ノ上さんが慌てて言う。
「こういう時は声だ、声!とりあえず、声出しとけ!」
「うわー、ガンバレ烏野、ひいいい!」
「だからごんべ子ちゃんの応援怖いから!」
もらった砂利ボトルをまたしても一心不乱に振りながら、声の出る限り叫ぶと嶋田さんがちょっと引いていた。とりあえず何でもいいから声を出せと滝ノ上さんに言われ、三人で砂利ボトルを頭上に掲げる。ななし野応援団の見せ所は今でしょ!
「行け行け烏野…」
「押せ押せ烏…」
「ファイッ…」
「おい最初は『行け行け』だろ、合わせろよ!」
見事にバラバラでまとまりもなく、三人とも出だしが合わずに顔を見合わせる。アイコンタクトで意志疎通を図るも全く分からず。とりあえずせーの!と声を掛け合い発声した瞬間、コーチが勢いよくこっちを振り返った。
あまりの勢いに私たちは砂利ボトルを掲げ、まぬけにもその格好のまま固まる。もしかして間違った!?
目が合っているようで合っていないけど、明らかに何か言いたげな表情。怒られる!と身構えたものの、タイムアウトが終了しそのまま試合が再開した。
「うわああ、私たちがバラバラだからコーチ怒ってますよ!」
「いや、あれは怒ってない!多分」
「確信は!?」
「ない!」
ないのかよ!と思わず私がタメ口でつっこみを入れてしまったことを気にも留めず、滝ノ上さんは「二号の応援がやばすぎたからだ!」と言う。そんなにやばかったのか…と焦っていると、その隣で嶋田さんが複雑な顔をして「俺、なんか嫌な予感がする……」と呟いていた。嫌な予感って何だろう?まさか、嶋田さんにはこの試合の結末が見えているのだろうか。
ファイナルセット、17-19と青葉城西が2点リードしているこの状況で不安になる嶋田さんの気持ちは痛いほど分かる。ついに滝ノ上さんに向かってナムナムと祈り始めた嶋田さん。
私も不安になってきたので一緒にナムナムと祈りつつ、滝ノ上さんが「アレ…」と指差した方に視線を向けた。
「たっ忠が、ピンチサーバー!?」
「グッチーの公式戦デビューですね!」
「いや、でもっ、えっ?た、忠が…まじかよ〜!」
日向の変わりにピンチサーバーとして投入されたのはまさかのグッチーだった。目に見えて分かるほど緊張でガチガチになっている。でも、グッチーの記念すべき公式戦デビューなのだから嬉しいことこのうえない!
喜ぶ私とは正反対に嶋田さんは頭を抱えていた。ついに座りこんだ嶋田さんに、私は根拠もなく大丈夫ですよ!という言葉を掛ける。
「ジャンプフローターサーブが打てるだけで、勝機が見えてきたじゃないですか!」
「いやいや、まだ打てるわけじゃないんだって…!繋心、何考えてんだ〜!せいぜいマグレあたりだって言っただろうがああ」
「そのマグレ当たりでさえ欲しいってことなんだろ」
心配する嶋田さんに、滝ノ上さんが真剣な顔をして言う。青城にとってグッチーは未知の存在だ。たとえサーブが決まろうが決まるまいが、多少のプレッシャーになるだろうと。
確かに、この追い詰められた状況で全く情報のない選手が出てきたら嫌だなぁと思う。それにしても、グッチーはグッチーで凄いプレッシャーがかかっているんだろう。先輩たちからの言葉を受けても不安げな表情は変わらないようだった。
「この状況でピンサーとか正直吐きそうだわ」
「そんなにですか?」
「そりゃそうだろ!考えてみろ?爆弾があるとするだろ、残り時間10秒でお前が赤か青かどっちかの導線を切らなきゃ周囲の人間も爆発して死ぬって言われたらどうする?っていうのと同じだ」
「エッ!?そんなレベルだったんですか!」
滝ノ上さんが何故かドヤ顔で私に力説してきたので、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。今、グッチーに掛かっているプレッシャーが私には想像できなかったけど、滝ノ上さんの言葉通り想像したら私も吐くかも…。と、ビビっていると嶋田さんが冷静に呟く。それは何か違う、と。
「と、とにかく相当緊張するんですね…」
それだけは伝わった。
コートではボールを持ち青い顔をしているグッチーにスガさんを始め、待機メンバーが「一本ナイッサーブ!!」と決めポーズでエールを送っている。何だ、あれ!超カッコイイ!私もやりたい!そう思って嶋田さんたちに言ってみると、「いや…流石に俺らは…」と断られてしまった。残念だ。恨めしげに二人を見ても一切私の方を見てくれなかった。
「はぁ〜、私も緊張してきました」
「俺も…」
「しょうがねぇよ、弟子を信じろ」
いざサーブ、となると会場の視線が一気にグッチーに集まる。手汗が気になるのかごしごしとユニフォームで拭ったり、ドリブルしたボールが足に当たりあらぬ方向に飛び、慌てて取りに走る姿が見受けられた。大丈夫、グッチーなら大丈夫!と言い聞かせながら見守るも、段々と私まで緊張してくる。
「忠…頼む〜!」
審判が笛を鳴らすと、ボールを投げ、ジャンプ。誰かがジャンプフローターじゃんと小さく呟くのが聞こえる。グッチーの手に当たったボールがネットへ飛び、青城だけでなく烏野にも一瞬の緊張が走った。相手コートに入るまでのほんの1秒にも満たない間に、どれくらい「入れ!」と願っただろう。
「っしゃぁあ!ラッキィ!!」
喜びの声を上げたのは青城だった。グッチーのサーブはネットに当たり、自分のコートへ落ちた。呆然と立ち尽くすグッチーにみんながドンマイと声を掛けている。謝りながら険しい顔をしてコートから出る彼に、大地さんが何か声を掛けるとグッチーが「ハイ!」と強く大きな返事をした。その瞬間、みんなの表情が変わる。
グッチーのサーブは失敗してしまったけど、烏野のみんなの気持ちは今まで以上に団結したように感じた。青城は20点台になってしまったし、烏野のピンチに変わりはないけど、不思議と私も妙な緊張感はなくなっていた。
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