下校中、岩ちゃんと他愛のない会話を楽しみながらいつもの道を歩く。すると、キャー及川さーん!と知らない女の子たちに手を振られたので営業用のスマイルを添えて手を振り返しておいた。頬を赤くして騒ぐ彼女たちが嬉しそうで俺も嬉しい。愛想を振り撒いておけば嫌われることもないし、むしろ好かれることの方が多い。それって凄くいいことだと思う。
「いつまでキモい顔してんだ、クソ川」
「え?岩ちゃん僻み?自分は呼ばれなかったから、僻んでる?」
「あ?」
「ゴメンナサイ」
二人で居るのに呼ばれて騒がれるのはいつも俺ばっかり。だから、岩ちゃんはそんな俺を僻んで怖い顔で睨んでくる。俺はカッコイイし女の子たちが放っておかないのは仕方のないことだよね!岩ちゃんにそう言ったら心の底から蔑んだ目を向けられた。
「あ、ごんべ子からメール」
「なっ!?!なっ、なんで岩ちゃんに?!」
「あー、なんか面白い漫画あるから貸してくれるって」
「はぁ!?そんなもん、自分で買えばいいでしょ!なんで、わざわざごんべ子から借りるの?」
「うるせーな、及川。何だ僻みか?ん?」
「ぐっ…岩ちゃんのくせに!」
絶句する俺をこれ見よがしにニヤニヤしながら見てくる岩ちゃんに返す言葉が見当たらない。なんだよ、さっきまで俺のこと僻んでたくせに、岩ちゃんのくせに!
これがごんべ子じゃない女の子だったら冷やかして終わり、なのに相手が俺たちの幼なじみであるごんべ子なら話は別だ!ごんべ子は俺の中で大切で大好きでもう目に入れても痛くないくらい可愛い可愛い女の子なのだ。たとえ岩ちゃんにだって渡したくない。
ごんべ子、俺のメールにはあんまり返信してくれないくせに岩ちゃんとはそんなやりとりするんだ、へー、ふーん。べ、別に気にしてなんかいない。断じて。だって俺週一でごんべ子の家遊びに行ってるし電話だってほぼ毎日するし、岩ちゃんなんかよりごんべ子と仲良いし?
「お前はモテモテなんだろー?気にすんなよ、モテ男さん?ごんべ子はお前より俺のがいいみたいだけどな」
「〜〜っ!岩ちゃんのバカァ!」
岩ちゃんは、俺の気持ち知ってるくせに!あまりの悔しさに耐えきれず走り出した。今はひとりにして!後ろから呼び止める声が聞こえるけど、無視して走った。岩ちゃんより俺の方がごんべ子を愛してるんだ!
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俺はいつもバレーの練習をしていた近所の公園に向かった。俺の落ち着ける場所。そして、ごんべ子と出会った場所。思い出のたくさん詰まった大切な場所。
「ごんべ子のバカ」
ちびっこたちが支配しているブランコやらジャングルジムやらを眺めながらベンチに座る。気分はリストラを宣告され、家族にばれないように定時まで時間を潰すサラリーマンだ。
岩ちゃんの勝ち誇った顔を思い出すと同時に、俺にそんなメールをくれたこともないごんべ子にも腹が立った。岩ちゃんより早く仲良くなって、岩ちゃんより多くの時間を過ごしたのは俺なのに!
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ごんべ子と出会ったのは、俺が5歳でごんべ子が3歳の頃。この公園で母親に連れられて遊びに来ていた。そこで俺の母親とごんべ子の母親が意気投合したらしい。井戸端会議よろしく、俺たち子供をほったらかして世間話に花を咲かせていた。
そして運命の出会い。
初めてごんべ子を見た俺は衝撃を受けた。俺は昔から女の子にモテモテで、どんな子でも大体俺に懐いてくれた。ニコッと笑って手を降れば、老若男女関わらず俺に興味を持つ。なのに、ごんべ子はと言えば、母親の足元にしゃがみこみ、母親の靴下を上げたり下げたりして、この俺に一切の興味も抱かなかった。チラッと一瞬こちらを向いたけど、真顔だ。
多分、忙しくてあまり構って貰えず久々に遊びに連れて行ってもらえたのに母親が知らない人と話し込んでいるのが面白くないのだろう。そうだ、きっと。そうに決まってる!俺は幼いながらにそう解釈して、ごんべ子に近づいた。
「おれ、おいかわとおる5歳!きみの名前は?」
幼稚園でも、親戚の家でもにこりと笑っておけば大概可愛い!とチヤホヤしてもらえるのを知っていた俺は、ごんべ子にもとびきりのスマイルを向けた。これで、俺に親近感を抱く筈だ!
ごんべ子は母親の靴下から俺に視線を向けると、「ごんべ子、しゃんしゃい」とぶっきらぼうに答えた。3歳が言えなかったのだろう。可愛いげはなかったけれど、舌足らずなその言い方に少しキュンとして、妹が居たらこんな気持ちになるのかなと思った。
「あっちでおれと遊ばない?」
「いまいしょがしいんだ、あとにしてくれ」
今思えばナンパのようなセリフだった。まあ、ある意味ナンパには違いないけど。すると、キリッとした顔でごんべ子に断られ、俺はぽかーんと立ち尽くした。
え、何なのこの子。別に構ってくれないから拗ねて靴下ずらしてるわけじゃなくて、単に面白いから無心でそんなことしてるの?いやいや、面白くないでしょ。
だって、同じ幼稚園の丸ちゃんも花子ちゃんもケンタくんもジョージもみんなおままごととかかくれんぼしてるし、大体俺たちと同世代の子供はもっと活発だった。
そんな母親の靴下なんかずらして何がいいんだかさっぱりわからない!
「向こうでお団子つくろうよー、おれ得意なんだ丸いものつくるの」
「それはおもしろいのか?おいかわよ」
「エッ、ああうん、おもしろいよ」
少し興味を持ったらしいごんべ子は、キラリと目を光らせる。それより、なんで3歳の子に俺は名字を呼び捨てにされている?俺の周りに名字で読んでくる友達がいなくて少し戸惑った。あと、口調。何なのこの子。本当に年下か?
とりあえず、ごんべ子は俺と遊ぶ気になったようだったので母親たちに許可を得て砂場に向かった。ちょこちょこと俺の後ろを着いてくる姿にキュンとした。妹っていいな、俺も欲しいな妹!多分、その時から俺はごんべ子を好きになると予感していた。
置いて行かれそうになると俺の服の裾をつまんだり、親以外の人と遊ぶこと自体が珍しいのかソワソワしていたり、とにかく俺の中に眠る母性本能を刺激してくる。渋い口調とは裏腹に、行動はやはり3歳児の女の子。何て愛しい存在。やばい、5歳にして愛を知ってしまった。
「おいかわよ、わたしはさみしいんだ」
「ごんべ子ちゃん、しゃべり方へんだよ」
「これは、ざんしんなきょじんのな、へいちょーとオソロなんだ」
砂場に到着し、団子を作って遊んでいるとごんべ子が唐突に呟いた。俺には一瞬、哀愁漂うくたびれたサラリーマンに見えた。影を背負っているように見えるのは俺だけではないはずだ。
ごんべ子が言う、斬新な巨人と言えば、当時子供達の間でとても人気があったアニメだ。斬新なファッションで人間たちの前に現れては、人類に衝撃を与える。毎度、奇抜なファッションで現れる巨人に子供達は夢中だった。ごんべ子は家で留守番していることが多く、このアニメを見ているうちにどうやら登場人物のイモイ兵長に憧れて口調が移ったようだった。
イモイ兵長といえば、毎回イモジャーを着て登場し、巨人たちの靴下をあげたり下げたりして巨人を惑わすことで有名な人類最強の兵士だ。道理で、先程ごんべ子が夢中で靴下をずらしていたわけだ。
「ごんべ子ちゃん、さみしいの?」
「お母ちゃんは家にいないし、お父ちゃんも仕事だしわたしはいつもひとりなんだ」
こどくというやつだな、と3歳時には思えない発言をするごんべ子に俺は訳も分からず哀しくなった。俺には兄弟もいるし、両親もこうして公園に連れていってくれたり、友達もいっぱいいて、女の子にモテモテでとても楽しい毎日を送っている。
でも、ごんべ子は一人っ子だし、外は危ないから家から出るなと言われているようで、友達も居なくて寂しいのだと。祖父母が遊びに来て面倒を見たりしてくれるらしいけど、ごんべ子には物足りないのだろう。
「大丈夫だよ、おれが今日から友達になってあげるから!」
「ほんとうか、おいかわよ!」
「うん、友達になったから、とおるちゃんって呼ばなきゃダメだよ」
「わ、わかった!し、しんぞうをしゃしゃげよう!とおるちゃん!」
友達という言葉が余程嬉しかったのか、ごんべ子はとびきりの笑顔で俺に言った。それから、俺はごんべ子の面倒を進んで見てきた。家も近くて、ごんべ子の両親が家をあける時は俺の家で過ごした。
ごんべ子は、俺によく懐いて、とても可愛くて、俺はもう夢中だった。徹ちゃんと結婚する!と言い出したときは、もう嬉しすぎて泣いた。
小学校に上がり、岩ちゃんとも遊ぶようになった頃、ごんべ子が俺をクソ川と呼ぶようになった時も泣いた。あんまりだ。
そして、テレビで見た春高バレーのせいで烏野に行くとか言い出して、終いには小さな巨人しか言わなくなって…今に至る。今や、俺の一方通行。
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「懐かしいなー…」
辺りも暗くなってきて、とうとう人が居なくなった。俺、何してるんだろう。岩ちゃんは、結局あのまま家に帰ったらしい。あの薄情もの!追いかけてこいよ!男に追いかけられても嬉しくもなんともないけど。
でも、元はといえば岩ちゃんとごんべ子が俺をのけ者にするから悪いんじゃないか。
「ちぇっ!岩ちゃんのバーーカ!ついでにごんべ子もブァーーカ!」
「はぁ!?なんてこと言うのよ、クソ川!」
「エッ!痛っ!?エッ?ごんべ子!何で?」
「何でって、ここ帰り道だし」
誰も居ないと思って悪口を叫ぶと、額に痛みが走ったのと同時に俺の大好きなごんべ子が目の前に立っていた。幻かと思ったけど、ごんべ子が投げたであろう小石が俺の額にヒットした痛みでこれが現実だと知る。超痛い。
びっくりして口をパクパクさせているとごんべ子は、ジトリと俺を睨んだ。俺とごんべ子の家の帰り道にあるこの公園。ごんべ子が前を通りかかった時、丁度俺の声が聞こえてきたらしい。わお、凄い偶然!やばくない?
「何で私はけなされなきゃいけないの?部活帰りで疲れてるのに!」
「いや、あの…ごんべ子に会いたくてさ!」
「何だそれは…まあ、いいや。何してるのか知らないけど、帰ろう?」
「っ!!ごんべ子すきっ!!」
「ぎゃっ!!やめろ、離せクソ川〜!」
何だかんだ言って呆れ顔で俺に手を差し出すごんべ子。ヤバイ、惚れ直した。小さい時は、いつも俺が帰ろうと言う立場だったのに。自分の中でごんべ子への想いが爆発した勢いでぎゅっと抱きつくと脳天にチョップが降ってきた。ヤバイ、超痛い。でも好き。
昔の話
(ごんべ子は俺と結婚するってよく言ってたよねー、今も有効でしょ?)(え、そんなこと言ったっけ?)
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