中学生になったら

中学生になったら同じ部活の先輩に凄い選手が居た。その先輩は、俺と同じポジションでセッターだ。チーム内でも、ズバ抜けて上手かった。
その人を超えれば県で1番のセッターになれる。まずは、そのスゴい先輩を超えることを目標に決めた。その日から、俺は先輩の技術を吸収しようと、いつも先輩を見ていた。

そして、気づいたことがある。先輩の視線の先には、いつも同じ部活のマネージャーの姿があった。俺と同じ学年のななし野ごんべ子。クラスは違うけど、マネージャーだったこともあり存在は知っていた。

「ごんべ子!今日、帰り家寄っていきなよ!」
「いや、いいよ。だって徹ちゃん今日も自主練でしょ?私、先に帰る」
「は?ダメに決まってるじゃん!選手のサポートがマネージャーの仕事でしょ?」
「おい、及川。部活に私情を持ち込むな」
「いいじゃん別に!ごんべ子に変な虫がつかないようにしとかなきゃ」

その凄い先輩の及川さんは、いつもマネージャーのななし野に絡んでいっては邪険に扱われていた。俺だったら、あんな風に言われて平気な顔をしていられないと思う。だって女にあんなこと言われたらムカつくし、無駄なやり取りをしている間もバレーの練習をしていた方がよっぽど有意義ではないか。
そう思うけど、及川さんはどんなに冷たくあしらわれようが慣れているのか全く気にした様子はなかった。
あと、変な虫って何だ?ななし野は変な虫が寄ってくるような匂いがするんだろうか。不思議な人間も居るもんだ。
部活中に限らず、たまにななし野のクラスでもそんなやり取りを見掛けることがあり、いつも不思議だった。金田一や国見が言うには、及川さんと岩泉さん、ななし野は幼馴染という関係らしい。そして及川さんはななし野のことが好きで、いつもちょっかいを掛けているんだと。
幼馴染同士だとやっぱり恋愛関係になりやすいのか…と、俺はいつものように及川さんのサーブを観察しながらそんなことを思った。


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「ちょっと、聞いてんの!?あんたさ、及川さんの幼馴染だかなんだか知らないけど調子のってんじゃないの?」
「すいません、のってないです…」
「じゃあ、及川先輩に近づかないでくれる?」
「それは……できるようなできないような…」

昼休み、たまたま通りかかった廊下で聞き覚えのある声がして思わず立ち止まる。声のする方を頼りに近づいてみれば壁に追いやられたななし野と後ろ姿しか見えないけど2年らしき女の先輩が険悪なムードで口論していた。
口論といっても先輩の方が一方的に怒りをぶちまけているといった方が正しい。
女はどうして嫉妬というものを同じ女にぶつけるのだろう。直接男に詰め寄るか、正々堂々と勝負すればいいのに。それができればこんなことにはならないのか…。
俺は、このまま通りすぎてもいいのか、止めた方がいいのか迷いに迷って動けなかった。ななし野とは同じ部活というだけで仲が言いわけではない。それに、怒っている女の先輩ももしかしたらななし野の知り合いかもしれない。
考えて面倒になった。
しばらく様子を窺っていると、ななし野のなんとも言えない表情が目に入る。悔しいのかムカついているのか、ビビっているのか…とにかく複雑な心境なのは俺にも分かった。黙ってないで言い返せばいいだろ。

「なんなのよ、何か言いたいことでもあるんだったらはっきり言いなさいよ!」
「えっ、……いいんですか?」
「いいわよ、言いなさいよ!」
「えっと…その、実は、私から近づいているんじゃなくて徹…及川さんの方から近寄ってくるんですけど…どうすれば…」
「はぁ!?自分が特別だって言いたいわけ?嫌味!?」
「ち、ち…」

乳…?こんな時に何を言っているんだ、ななし野は。あいつ、アホなのか。顔を青くして手をぶんぶん振っているいるななし野に、先輩の纏う空気がピリピリと張り詰める。意味の分からないことを言うからこうなるんだ。
やっぱり俺が止めに入ったほうがいいか…と一歩足を踏み出すと同時に、ゴンッと鈍い音が聞こえた。
ぎゃあああ、とななし野の悲鳴も聞こえる。まさか乱闘か!?と慌てて二人のもとに駆け寄ると、女の先輩が壁を殴った格好で静止していた。
ななし野は自分の顔の横にあるその手を見つめ、固まっている。ふと、その顔がムンクの叫びみたいだなと思った。

「おい、大丈夫か?」
「え、え?影山…何でここに?わ、私は大丈夫!」

突然、現れた俺にびっくりするななし野はコクコクと頷きながら返事をする。特に殴られたわけではないようだった。
いくらなんでも手を上げるのはナシだろ、と女の先輩に注意をしようとすれば、そのまましゃがみこんだ。何だ、具合が悪いのか?
ななし野が慌てて大丈夫ですか?と声をかけると、「痛い!指が!」と涙目になっていて俺は呆れた。自業自得だろ…。コンクリートの壁を全力で殴りつけるなんて、ある意味大した度胸だな。感心はするけど同情はしない。
ななし野も怒ればいいのに、どこが痛むのかなど事細かに聞き出していた。

「突き指かも!痛い!やだ、痛い!」
「エッ?あの、とりあえず引っ張ってみましょう!」
「な、治る?それで治るの?」
「多分!昔、おばあちゃんが教えてくれたんです」

何故かドヤ顔で、先輩の指をななし野がひっぱる。突き指は引っ張って治す、というのは迷信だ。悪化するだけだ。

「ななし野、引っ張ったって治らないぞ」
「エッ?おばあちゃんが言ってても?!」
「言っててもだ」
「そんな…じゃあどうすれば?」
「保健室に行けよ」

何のための保健室だよ。その提案に、ななし野がはっとして俺を見る。そして、ありがとう!そうする!と先輩を引っ張って保健室の方へ走り出した。一人で行かせればいいのに…。
取り残された俺は、しばらくその場に立ち尽くしたのだった。女というのは、よく分からない生き物だ。


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「影山、今日はありがとう!」
「なんのことだ??」

放課後、部活も終わり自主練の時間。残っているのはほんの僅かだった。同じように残っていたななし野は、俺のもとに走ってくると元気よくそう言った。思い当たる節がなく、首を傾げて聞き返せば、昼休みの…と説明をくれたので思い出した。
あの後、保険医に見せたらやっぱり突き指していたそうだ。しかも、引っ張って悪化させたななし野も怒られたらしい。あの先輩は反省し、ななし野とは和解したようだった。色々、思うところはあったけど、女の世界はよく分からないので余計なことは言わずに「良かったな」とだけ返事をしておく。ななし野は、ニコニコと笑みを浮かべていた。

「あの時影山が居なかったら、パニックのままずっと指を引っ張り続けるところだったよ…!ありがとう影山!」
「お、おう…」
「お礼じゃないけど、練習付き合おうか?」
「いいのか?」
「いいよ、だって私そのために残ってるし」
「あーっ!ちょっと、ごんべ子と何仲良くなってんの!」

ななし野が近くに転がっていたボールを拾いながら、そう言った。中学生になったらマネージャーも練習を手伝ってくれるのか…。有り難いし、トス上げの練習もしたかったから俺はその言葉に甘えることにする。それと同時にダダダという足音が聞こえ、及川さんの声が近付いてきた。あっという間に俺とななし野の間に割り込み、見下ろしてくる。やっぱり、先輩はデケェな…。俺ももっと身長伸びたら、及川さんみたいに凄いサーブが打てるのだろうか。今なら、サーブトスのコツを教えて貰えるかもしれない。そう思って俺はじっと及川さんを見つめていた。

「ちょっと、影山トビウオだかトビバコだか知んないけど、俺のごんべ子に手を出そうとはいい度胸だよねぇ…」
「手?…俺の名前は飛雄です」
「知ってるし、わざとだし!」
「プッ、あはは!徹ちゃんのボケ真面目に返してる…!」

ぐぬぬ、と唇を噛みながら俺を見る及川さん。でも名前を間違って覚えてるからきちんと訂正しておかないと。
もう一度、俺の名前は影山飛雄です。と自己紹介すればななし野は腹を抱えて笑っていた。意味が分からない。及川さんも何故か笑いを堪えていて、ますます不思議だった。
今ならバレーを教えて貰えるかもしれない。

「及川さん、サーブトスのコツ教えてください」
「え?何?俺の座右の銘を聞きたいって?」
「いえ、サーブトスのコツを教…」
「"叩くなら折れるまで"」

違う、座右の銘なんてどうでもいい。真剣に聞いているのに、及川さんはおちゃらけたように検討違いな言葉を返してくる。ちょっとイラッとしたけど、先輩だし一応教えて貰った立場なので、そうですか…と返しておいた。
ななし野は、暢気に「それどういう意味?」と聞き返している。…もしかしたら及川さん、俺の言葉がちゃんと聞こえてなかったのかもしれない。気を取り直し、もう一度尋ねる。

「及川さん、サーブトスのコツを教…」
「イヤだね!何で後々脅威になる奴を自分の手で造えなきゃなんないのさ!イヤだね、バーカバーカ!」
「及川、1年にカラむんじゃねぇ!」

舌を出して下瞼をひっぱり、ベーッと言う及川さんにイラッとする。コツくらい教えてくれてもいいじゃないか。俺より年上なのに、俺より子供みたいだ。遠くで練習していた岩泉さんが及川さんにそう叫ぶと、口を尖らせて「ちぇっ」と呟いていた。そんな及川さんの態度にななし野もポカーンとして、立ち尽くしている。
もしかしたら、幼馴染のななし野の言うことなら聞くんじゃないか?チラ、と俺がななし野に視線を向けると、察してくれたのかグッと親指を立ててくる。任せろ!と小さく呟くと口を開いた。

「バカって言う方がバカだ!って影山が言ってるよ!」
「フザケンナななし野!フザケンナ!」
「へー、ふーん、トビオちゃんそんなこと思ってたんだ、ふーん」
「違います!思ってません!」
「あれ?ごめん、違った?」

何が任せろだ、ボゲェ!バカと言われてイラッとしたのは事実だが、気にしてなんていない。俺はサーブトスのコツが知りたくてななし野に聞いてもらおうとしただけだ。俺が声を荒げたことにびっくりしたななし野が「影山怖い…」と呟いた。いや、でもお前が悪い。
俺がもう一度、及川さんにサーブトスのコツを教えてくれと頼むと「やだ!」と顔を背ける。ななし野のせいだ!余計なことを言うから!キッとななし野を睨めば、今度こそ察したようだった。

「いいじゃん、徹ちゃん。お願いされてるんだから教えてあげなよ!」
「じゃあ、ごんべ子が俺のほっぺにチューしてくれたら考えてもいいよ!」
「無理」
「即答!」

及川さんがガーン!といいながらよろよろと後ずさる。ななし野はあっさりと、ごめん影山!力になれなかった!と謝ってきたが、その顔はどうみても申し訳なさそうには見えなかった。
岩泉さんが苛立たしげにこっちを見ているのが見え、俺は諦めた。いい加減練習しなければ自習練の時間が終ってしまうことに気づいたのだ。それに、岩泉さんの顔が恐ろしいことになっている。及川さんもななし野も気付いていない。

「もう、ごんべ子のバカ!なんだよ、ちゅーくらいいいじゃん、ケチ!」
「バカっていう方がバカだよ!私ケチじゃないもん!」
「ケチだよごんべ子はケチ!大体、俺の練習には付き合わないくせに、トビオちゃんは手伝うってどういうこと?!」
「どうもこうも徹ちゃん、いつもサーブ練習でしょ!手伝うことないし!」
「クソ川さっさっと練習しろボゲェ!ごんべ子も手伝わないなら帰れ!」

何故か口喧嘩を始めた及川さんとななし野。練習しようと、俺が離れても二人の喧嘩は治まらない。ついに岩泉さんの怒声が響き渡った。そしてバレーボールが及川さんの背中とななし野の足元に飛ぶ。

「痛ー!岩ちゃん痛い!酷い!何すんのさ!」
「うわぁぁ!?今!ボールのかたっ、形変わって…?!」
「お前ら今度は何処に当てて欲しいんだ?」
「「ヒィッ!?」」

ゴォォと謎のオーラが見えそうな岩泉さんにビビったのか、二人は慌ててボールを拾うと、仲良く練習を始めていた。
そしてこれをきっかけに、ななし野と関わりが深くなっていくことを俺はまだ知らない。



中学生になったら
(色んな奴がいるんだな)

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