地獄の沙汰も君次第
わたしはお金が好きだ。お金があれば、衣食住に困ることはないし、娯楽も変える。世の中はお金でまわっているし、たいていのことはお金で解決できる。お金があればほとんどの不幸は回避できるのだ。
家出したとき、わたしの財産はトランクひとつぶんだった。家を飛び出してわかったことは、お金がないと生きていけないということだ。しかし、お金を生み出すには、特別なスキルとそれを発揮できる場が必要なのだ。たいていの人間は、青年期までの時間を勉強に費やして、より偏差値の高い大学に進学することでスキルを身に着け、自分の優秀さの証明とする。
しかし、それだってお金ありきの環境である。昨今の東大生の過程の世帯年収をご存じだろうか? 約六割が九百五十万以上だと言われている。ほぼ半数なのだから、こじつけではないか。というものもいるだろう。しかし、親世代でそれだけの年収を得ているのは約二割なのである。教育環境はお金があり整えられるものである。という理論の良い例である。つまり、経済格差は教育格差に直結し、それは階級の固定をも生み出しているのだ。
(貧乏は嫌。お金が好き)
お金があれば変えようのない生まれも不幸も覆すことができる。地獄の沙汰も金次第、それがわたしのモットーの筈だった。
「みんな、今配った生徒手帳の最後のページを開けてみろ」
世の中には奨学金というものが存在する。経済的に恵まれない家庭の子供が利用する、いわば借金だ。しかし、その借金も指定する場所・職業に就職すれば返済不要をうたっているものも社会には存在する。衣食住にさえ困窮していたわたしが、母とその知り合いに紹介され選んだのが……。
「それがお前たちの呪術師としての階級だ」
呪術師である。
お金を生み出すには特別なスキルとそれを発揮できる環境が必要だと前述で述べたが、わたしが幼少期から義務教育の勉強をなげうってまで費やしてきた特別なスキルというものが、呪術師としての能力であった。
我が家は代々呪術師として稼業を行っていたらしく「お前は将来、呪術師の嫁になりこの家を継ぐ弟と支えるのだ」と言い聞かせられ、育ったが皮肉にも呪術師としての血が先細った末に生まれたわたしたち姉弟で才能に恵まれたのはわたしの方だった。呪術師が行使する術式は、開祖の方針にもよるが血統とともに継承されていくのが殆どで呪術師の才能はその術式の有無といっても過言ではない。そういう意味では、わたしは奨学金と学費免除を受けるだけの適正があったのだ。
だが、それでも。
「確認できたか? お前たちには、在学中その階級にあった任務を受けてもらう。最初の任務が来月の最初の週だ。当然、命の危険も伴う任務だからな、しっかり引率の教員の言うことを聞かないと自分だけでなく、クラスメイトの命の危険に晒すと思え」
任務のことはきいてない!
嘘でしょ!? ここ本当に二十一世紀の現代日本!? 一体どこの世界に、高校生に命懸けの化け物退治させる学校があるのよ! アッ、ここか(白目)
「おい、苗字。話についてきてるか? 大事なとこなんだからなー、ちゃんと聞いとけよ」
「せんせぇー、苗字さん放心状態ですー」
脱色しカラコンをしているのか、欧米人との混血なのか、銀髪にパライバトルマリンのような青い瞳をマダオのようなグラサンで隠した男子同級生がわたしの隣で手をあげた。
「ぼーっとしてる場合じゃないぞ。そんなことでは、任務で死ぬぞ」
(どこの軍隊だよ、どこの戦場だよ。死ぬほどの戦場なんていきたくねーよ、お前はハートマン軍曹か)
「階級はちゃんと確認したのか」
担任のスキンヘッドに促されて、渋々先ほど配布された生徒手帳を開く。長い黒髪を二つのみつあみにして垂らし、ビン底眼鏡をかけた少女が映っている。眼鏡の奥の瞳は、眼鏡に光が反射して見えない。わが顔ながら、あまりにも、あまりにも……。
ウワッ、わたしの写真写り悪すぎ!? やはり、二千年一けた台の証明写真の技術はクソである。
あまり長く見続けるのも頭を掻きむしりたい衝動に駆られるので、わたしはすぐに最後のページを開いた。そこに記されていたのは「四級」の文字。
(まさかの最低ランク。この業界じゃあ、よわよわのよわじゃんね〜)
四級は最低ランクで、木製バッドでも祓えるレベルであると黒板には書かれている。
まあ、イッチ年生であるしこんなものでは? と思っていたが、お行儀悪く机に肘を置きわたしの手元をのぞき込んできた銀髪の男子生徒が小ばかにしたように笑った。
「四級? よっわ、雑魚かよ!」
「五条! 勝手にクラスメイトの手帳を見るな。それから、階級は一つの指標にすぎない。それ自体が呪術師の価値を表しているわけではない。他人を自分の物差しで測るな、お前には他者への思慮というものが必要だな」
「ああ? なんで俺が弱い奴に気を遣わなきゃなんねーの。四級程度で、呪術師やる価値あんのかよ。俺は雑魚のお守りすんの御免だぜ?」
「さっきから聞いていれば、随分と横柄じゃないか。君のクラスメイトへの態度、目に余るよ。確か、君の階級は準一級だったか? 五条くん」
それまで黙り込んでいた窓際の男子生徒が落ち着き払った様子で口火を切った。
確か、数少ないクラスメイトの夏油くんである。ぼんたんという個性的なズボンと、長い髪を頭上でお団子にしているので印象に残っている。
「なんだ知ってんの。ああ、口の軽い二年三年の噂でも聞いた?」
「君は随分と有名人みたいだね。入学時から準一級の階級を持つ生徒は初めてだって、聞いたよ。それだけ強いわけだ。だが、強者には強者の義務あると思わないか? 世の中、強者は一握りだ。であるならば、その他の大多数に対して重い責任を負うべきだ」
「……あのさあ、気持ちいい? ポジショントークでオナニーしてんじゃねーよ」
嘲るように、五条が夏油の顔を覗き込んだ。
「何?」
夏油の顔がにわかに険を帯びる。
「俺、正論とか偽善者ぶった考え嫌いなんだよね。牧師に転職したら?」
オエッ、と五条が馬鹿にしたように嘔気を催したようなしぐさをする。外野から見ていても、その態度と口の悪さと煽りスキルに殺意を覚えるレベルであった。
「どうやら、言葉だけでは語り合えないようだな」
夏油が鋭い眼光で五条を睥睨する。途端、夏油の背後の空間を引き裂くようにして異形が現れた。呪霊だ。それを見て、五条が好戦的に笑う。
「おっ、やんのか。いいぜ、こいよ」
「おい、お前らやめろ!」
担任が怒号して二人の間に割って入ろうとするが、夏油がひらりと窓から教室を抜け出し五条もそのあとを追ったのでグラウンドで二人の戦闘が始まってしまった。
焦ったように担任が内線でどこかに電話を始めた。
「お二人とも、お元気ですわ」
「クズなことに加えてガキだな」
呆れたように頬杖をついていた隣の少女がため息をついた。確か、家入硝子。四人しかいないクラスメイトのもう一人の女子生徒である。
「あの夏油ってやつも五条と同類だよ、遠回しに君のこと弱いもの扱いしてたじゃん。五条のこと言えないと思うなあ。マジ、むかつく」
「そうなんですね、わたし夏油くんにも弱いモノ扱いされてたんですね。気づきませんでした……」
この時すでに夏油くんは、五条同様に強者としての万能感があった。
「名前ちゃんって、天然?」
「そんなことないですよ。あんまり二人の話の内容聞いてなくって」
通話を終わったらしい担任が内線を切ってこちらを振り向いた。鬼の形相である。髪型とずんぐりとした体格もあいまって、反社会勢力の一員にしか見えない。
担任からにじみ出る怒りを感じ取って、わたしと硝子は顔を見合わせた。
「家入、苗字! 俺はあいつらを連れ戻しにいくから、二人で便覧を読んで自習をしていなさい!」
そう言うなり、すぐに担任は教室を出て行った。
「あーあ、二日目から学級崩壊。わたしらもサボっていいかな?」
「先生、かなり怒ってたので巻き添えを食らう可能性があります。やめた方がいいですね。それより、硝子ちゃん。四級任務のお賃金って、おいくらまんえんですか?」
「お、おいくらまんえん? お金の説明はしてなかったよ」
時給制か、月額固定か、歩合制か、そして単価はいくらなのか問題だ。人生の時間を売って、命を懸ける以上報酬のことはしっかり頭に入れなければならない。そして、場合によっては割の悪い仕事はクライアントに断りを入れねばならない。何せ、一種の個人事業主なのだ。
「硝子ちゃん、一番大事なとこですよ。お金は命の次に大事なんだから、ちゃんと説明してくれませんと」
「お金の問題ぃ?」
「ええ。地獄の沙汰も金次第っていうでしょう? わたし、この学校は金銭面でしか利点を感じてませんし」
報酬によっては階級をあげる努力もせねばなるまい。働きたくないでござる、と怠惰をむさぼりたい第二の自分も内心にはいるが任務が強制であるならばできるだけ階級を上げて、より高い報酬を得ることで返済用にあてる。この地獄から抜け出すには、これしかない。
やはり、世の中金だ。