目の保養とはまさにこの事だろう。
華子は隣に座る長身の男を盗み見る。東谷准太、新人俳優。

夜景の奇麗なバーにて、ちびちびとブルーサファイア色のカクテルを飲み込む。
正直全く味はしない。只々のどを通るアルコールが華子の気分と脳を心地よく揺らしている。


どうしてこうなったのか。


その答えは良いようにとらえれば彼自身が華子に興味を持っているという事になるし、悪いようにとれば彼にとってのただの暇つぶしだ。東谷の人柄や性格を見れば後者であることはほぼほぼ無いだろうが…。



「やっぱり華子さんはすごいな。」



柔らかに、少し照れたような声色の東谷の顔を盗み見た。大き目のカットグラスを揺らしてウィスキーを煽る。すべて計算されているような動きに、華子はほぅと見とれてしまう。正直に言おう。東谷准太は華子のドストライク。タイプなのだ。

まさに、最高の、『攻め』である。と華子は奥歯を噛みしめた。

山田華子。ツリ目の可愛い顔をした編集長である。実力も十分ある。彼女は努力家で負けず嫌いだ。発言に遠慮が無いため、苦手なタイプは多いだろう。しかしながらその気の強さは周りの人々を惹きつけ、上り詰めた場所こそ社内一若手編集長の地位。

ただ、華子には人生に置いてズルをしている点が一つあった。

彼女には前世に人生を謳歌した記憶が入っている。それも20代の一番楽しい時間の記憶。自分で稼ぎ、手に入れたお金を趣味の漫画に費やす日々。そう、BLと言われる男性同士が絡み合う、性別の壁を越えた世界の話。華子はその記憶のせいなのか、今世でもどっぷりBLにハマっていた。道行く男子二人が歩いていれば「あの二人はデキているに違いない」と心の中で願い思っているのだ。「私のことは気にせず、キスしちゃいなよ」と。

華子はこの世界はBLに溢れていると真っ当な自信があった。まだ学生の頃、俳優デビューした西條高人の存在により、この世界が大好きな本の世界だと知ってしまってから。

その瞬間、華子は「あ、もう腐女子でいいです。」と死に物狂いで勉強した。すべては自分の欲のため。自分の目で、リアルホモを見るためだけに有名人のいる世界へ足を踏み入れた。


『我ながら恥ずかしい意思ですこと…』


しかし今自分の横には東谷准太。その更に隣に西條高人。しかも彼は既に酔い潰れていた。涼しい顔をして華子の心の目はギンギンに二人を映している。内心は「送ってくんだろう?そのまま送り狼になってしまうのだろう?私にはわかっているのだよ!」と狂喜乱舞していた。

ふたりが恋仲になる原作第一巻の撮影に入ることを数か月前に知った華子は、業界に入ってから根性で築き上げた今作の監督との仲を使って(決して色恋沙汰でないことをここに記す。)(これには血が滲むような努力があった。)(あの監督は懐に入るまでが本当に大変。)(曲者だった。)現場に口出しさせてもらう権利をもらった。コネともいう。最終的に何でもいいのだ、華子はホモが見られれば。

そして、撮影がうまく進み、時間も早いから皆で飲みに行こうという監督の発言から、居酒屋。その後の二次会でこの洒落たバーに来ているというわけだ。正直西條高人が二次会まで来ていた事に華子は驚いていた。彼の性格上、現場の空気を考えて一次会だけ参加して、とっつきにくい俳優は退散するのがいいと思いそうなのだが。

まぁ、その西條高人を心配して付いてきたであろう東谷准太。大変美味しく頂きました。


「じゃあ華子さんは今一人暮らしなんですか?」

「え、ああ。そうですよ。どうしてもこの業界に入りたくて実家を飛び出してきたようなものですから。」


親の力は借りられません。と華子はグラスに視線を落とした。
華子を見ていた東谷もグラスを揺らし、カウンターを向く。バーに流れるクラッシック音楽と人が話す声が二人の間を滑っていく。


「…心配だなぁ。」


東谷が零した言葉は華子には音にだけなり、何を言ったかは届かない。


「え?」

「いえ、独り言です。」


にこりと笑われてしまえば何も言えない。華子は小声でならいいですと返すことしか出来なかった。この発言ちゃんと気にして聞いていれば華子は無駄に悩まなくて済むという事は今の段階では知りえないが、一応書き記しておこう。
東谷准太は、天然を持ちながらも欲しいものを必ず手に入れる計画性を無自覚に使う男だと言うことを。