19

「それにしても遅いですね、ナミさんたち」

フランキーさんのとっておきの贈り物を見て、いざ冒険が始まる! とワクワクしてからほんのしばらく経った。ちょっと気持ちも落ち着いてきて、ふとナミさんたちの顔が思い浮かびそのことを口にする。

「確かに。結構遠くの方まで行ったのかしら」

隣にいるロビンさんが私の言葉を聞いて腕組みした手を頬に添えて首を傾げた。

声音や表情からはあまり心配な様子は見られなかったけれど、気にはしているみたいだ。

他のみなさんからもなんとなくソワソワした様子が見られて、特にルフィさんなんてさっきからずっと船縁に貼り付いて自分の番はまだかまだかと子どもみたいに待っている。心配ってよりは早く乗りたい気持ちが丸わかりで思わず口の端が緩んだ。

しかし、ロビンさんのいう通り、ナミさんたちは霧が濃くて思ったよりも遠くの方まで行ってしまったのかもしれない。大きな声を掛ければ返事が返ってくるかなぁ、と思いついたけれど、敵の陣地にいる中でそれは愚策であるなと参ってしまう。

帰って来ればいいのだけれど…と不安に思いながらナミさん、ウソップさん、チョッパーさんのことを考えてきたとき、女性特有の甲高い叫び声が霧の中に響き渡った。

「きゃああああっ!」

この声はナミさん…!?

慌てて船縁に駆け寄り、深い霧の中に目を凝らす。ミニメリー号の小舟の形や人の影も辺りには見られない。もしかして、ひっくり返ってしまったのだろうか…! なんて最悪の展開を思い浮かべてしまった。

「ナ、ナミさーーーん!! どうしたんだー!?」

最も血相を変えていたのはサンジさんだった。この船の中で一番声を張り上げ、叫び声の主の名前を呼んでいる。

私もナミさん…!と名を口にすれば「何やってやがるんだアイツら」と溜息を零す声が。右上に視線をやれば、2階から霧の中を覗いているゾロさんがいて上からも向こう側が何も見えないらしい。

「おーーーい!! 早くおれもミニメリーに乗せてくれーーーっ!!」
「そうじゃねェだろ!! ナミさんの身の心配をしやがれ!!」
「ウソップさんとチョッパーさんもいますよ…!」

心配するや否や、ルフィさんは3人のことよりミニメリー号の方を気に掛けていて、サンジさんは言わずもがな。あと2人が不憫に思えてきた。

「嬢ちゃんのいう通りあと2人の心配もしやがれ…たっくおめェら普通の反応できねぇのか?」

フランキーさんの小言を他所に、ロビンさんはゴーストに呪い殺されてしまったんじゃないかと言ってて思わず震えてしまった。冷戦沈着な顔で言うものだからゴーストよりロビンさんの方がどちらかというと怖いです…

「縁起悪ィこと言うヒマあったら船を近づけるぞ」

ゾロさんの言うことにハッとした。そうこうしているうちにナミさんたちがさらに危険に及んでいるかもしれない。

「そ、そうですよ! もしかしたら船ひっくり返って溺れて死んじゃうかもしれません!」
「おめェもなかなかに酷ェな…」

ええっ! と驚いてしまった。そんな、普通に心配して思い浮かんだことだったのだけれど…。

酷いのかなぁ…とこぼしつつ、ゾロさんの言う通り島に近づけるために舵を取りに行こうとフランキーさんが動き出す。

私も何か手伝えることはないかと一歩踏み出した瞬間、ガガガッと何が外れる大きな音が聞こえて、ドポンと重たいものが水に落ちた。

「勝手に錨が…!」

音が聞こえた方を見る。なんと錨が海に降ろされているではないか。錨には誰も触っていない、と動揺している皆さん。私も何もしていなかったので驚きでつい身が固まってしまう。

「錨なんて誰も触ってねぇぞ!?」
「とにかく巻き上げろ! 船がバランスを失うぞ」

慌てふためく船員へ瞬時に指示を出すゾロさん。

何が何だか分からないまま、私も動こうとすると、今度はハッチが開いた。また、勝手にだ。

「誰も近づいていないのに…」

誤作動で開いてしまったのだろうか?けれど、フランキーさんはこの船を造ったばかりだと言っていたはず。なのにどうして?

そんな疑問が浮かぶ。さらに不可思議な現象は続いた。

ルフィさんが開いたハッチに押されるように飛び込んだり。ゾロさんの刀が鞘から勝手に飛び出してきたり。

「妙だな…」
「俺たち以外にこの甲板に何かいる…」

ここまでくると、人為的な操作に感じられる。まさかエネミー…? さきほど、何処かからか、「グルルル…」と獣のような唸り声が聞こえた。

「…さっき、猛獣の唸り声を聞いたわ」
「猛獣…!?」

ロビンさんも猛獣の唸り声に気付いていたようで、フランキーさんは「ますます分からねぇ…」と頭を抱えて困惑していた。

船上にいる私たちは辺りを警戒して見渡す。次に何が起こるか分からない状況で、いざという時対応できるだろうか…そんな緊張感が私の心臓をドキドキとさせていった。

ビックリ系はよくないですよ…! と私はすでに屁っ放り腰である。

「怯えている表情もなかなかいいが…スタイルはイマイチおれ好みじゃねェな」
「!?」

心の中でそんな腰抜けな訴えを巡らせていれば、突然"何かに"口を押さえられ耳元で囁かれた。

とても失礼なことを言われたような気がするが、まさか次にターゲットにされるとは、予期していても驚きで体の動きが鈍くなる。

背中越しにあたたかい体温を感じて、じわりじわりと身体を締め上げられた。

(苦しい…!)

しかし、私に起こっている事態に気付いていないルフィさんたち。SOSを出すも押さえられた口からはくぐもった声しか出なかった。

「クソッ! とにかくここが得体の知れねェ場所だと分かった以上、尚更ナミさんたちが心配だ…!」

痺れを切らしたように口を開いたのはサンジさんだ。視界の端から見えるサンジさんは船縁に足を掛けて「島へ3人を助けに行ってくる!」と男らしく足場を蹴り海へ飛び込もうとしていた。

(誰か気づいて…!)

上からは焦った声が降ってきた。

「あの野郎…ッ」

すると、苦しかった拘束感がゆるゆると解け、安心したのも束の間、粗雑に放り投げられた。

受け身をとれなかった私は芝生の生えた床とごっつんこ。「へぶっ」と間抜けな声を上げれば、漸く気付いたのかゾロさんが「何やってんだ?」と怪訝な顔で声を掛けてきた。

もうちょっと早めに気付いて欲しかったです…なんてジンジンと痛む顔を撫でながらぼやくと「ほげーっ!」とこれまた間抜けな声が船全体に響き渡った。

「かっこわる!」だなんてちょっと可哀想なことを言われていたのは、サンジさんだった。一体何があったの?と目を疑いたくなるような光景に戸惑った。

逆さまのサンジさんがふわふわと船縁から登ってきた。まるで私の時みたいに何かに捕まえられているみたいだ。もしかして、さっきの何かが今度サンジさんをターゲットにしたのかもしれない。

そんなことを考えていれば、だらんと力の抜けたサンジさんが弾かれて向かい側の船縁に放り投げられた。

「おい、サンジ!」
「問題ねェ…! クソッ何だ今のは」

はっとしてサンジさんに声を掛けたルフィさん。サンジさんは無事なようで、「畜生」と言葉をこぼして苦虫を噛み潰したような表情で頭部を押さえていた。

少し血が出ているようだ。船医のチョッパーさんもいないので声を掛けようか、迷っていると別な人の声が聞こえた。

「お前、『ほげー』って言ってたぞ」
「うっせーてめェ! 同じ目にあえ‼」

そこに尽かさず揚げ足をとるように言ったのはゾロさんだった。仲の悪いゾロさんから言われた言葉にサンジさんは怒髪天を衝くほど怒っている。

私も同じような目にあって間抜けな声出しましたよ…なんて思い付いた言葉もフォローにならないな、と苦笑しながら2人のやりとりを見た。

「しっかし、俺たちを船から出さねェ気か?」
「目的が見えねェ。殺す気ならいくらでも攻撃できるはずだ」

なんとも、切り替えの早さがすごい。フランキーさんやゾロさんが再び攻撃を構える体勢に入っている。

私も気合いを入れないと…!と立ち上がれば、背後の方から「あっ」という悲鳴が聞こえた。

「ロビンさん!」
「グルルルルルルルッ…」
「何かに捕まってる…!」

声のした方に振り向けば、手を後ろに拘束されているロビンさんが悪魔の実の能力で何かを押さえていた。獣の声も先程とは比にならないほど大きな声を立てている。

「こっちの女の方が好みだ」

ぼそっと聞こえた呟きが私の耳に入る。はっとして、肩に掛けていたトランクケースの取っ手をグッと握り締める。このままではロビンさんが…!

「えいっ!」

そう思ったよりも早く、身体が先に動いた。咄嗟にトランクケースをぶんっと勢いよく放り投げれば、ガンッと硬いところがぶつかったような鈍い音が響いた。

効いたのかな…? ロビンさんががくっと項垂れた様子から見えない何かはどこかへ言ったのかもしれない。

ダ・ヴィンチちゃんごめんね…! 雑な扱いをしちゃいました!と聞いたら呆れそうな彼女に心の中で謝りながら、拘束を解かれたロビンさんの元へ駆け寄った。

ロビンさんの顔を覗くと、驚きと安堵が混ざったそんな表情をしていた。

「ありがとう、魔術師さん」
「ロビンさんが食べられちゃうと思ってびっくりしましたよ!」

よかったぁ…とほっとひと息つけば、目を細めたロビンさんにふふっと微笑まれる。「はい、落し物よ」と先ほど投げたトランクケースを渡され、慌てて受け取った。

「ありがとうございます」
「いいえ」

多分なんだけど、ロビンさんが狙われてしまった理由が多分、私の目線の先にあるそのたわわな果実な気がする。多分。

そして私に言われた「スタイルはおれ好みじゃない」という言葉がじわじわと胸に来た。くっ…! やっぱり私もいつかはナイスなバディに…!

そんな邪気なことを考えていると見透かしたような目で覗いてくるロビンさん。

「魔術師さんは、そのままでも十分素敵よ」
「うぅっ…言わせてしまって申し訳ないです」

ロビンさんをお守りできるようなムキムキマッスルナイスバディを目指しますね、と宣言すれば「それはキモいからやめろ」と引いた顔をしたゾロさんから釘を刺された。


19. 見えない敵

(ちょっと憧れてるんだけどなぁ…なんて敵陣地のなかで暢気なことを考えていた)

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