01
女が降ってきた。
まるで、某映画の有名なシーン。空から落ちてきた女の子を目にし驚いた主人公がそのセリフを口にするところだ。
しかし、現実は映画のようにゆったりと落ちてくるでもなく、なんの前触れもなく突然現れ、ベッドで横になっていた俺の真上に落ちてきた。
…どうしてこうなった。
蒸し暑さに開けていた窓から吹き通る風に揺られるカーテンの音を聞きながら、ベッドに押さえつけた女を見下ろす。
ふつふつと湧く苛立ちをぶつけるように唸るような低い声で目の前の震える瞳に問いかけた。
「…誰だテメェ」
俺の声にビクッと肩を跳ねた女。
左手首と喉元を押さえ込んだ手のひらから女が身体を震わすのが分かった。
「…ぁ、あの…」
やっと開いた小さな口から、はっ…と息が漏れた。おずおずとした態度が焦れったくて仕方ない。思わず舌打ちがこぼれ、首に掛けていた手にグッと力が入った。
「はよ答えろや、テメェの首が吹っ飛ぶ前に」
「ひっ…! みょうじなまえです同じクラスの…」
我ながら敵っぽいセリフだと思ったが、臆面な表情の女は青ざめて面白いぐらい簡単に自分の名前を吐き出した。
しかし…
「あ゛?…A組ィ?」
こいつ今なんつった?同じクラス…?ということは、雄英の生徒か…?
周囲に関心を持たない性格が仇となったのか、全く見覚えのない顔に眉を寄せる。
あの騒々しいクラスでもあまり目立たないやつの顔だってさすがに覚えてる。相当影薄いやつなのか。まあ、所詮はモブだろうけど。
それよりもだ。
「なんで"俺の部屋"にテメェがいんだ?」
コイツが何処の何奴だかが分かった次に思い浮かんだ疑問。目の前で起きた出来事を相手に問う。
正確には何故俺の部屋に現れたのか、だが。
迫られたモブ女は、また「あ」とか「う」と、眉を下げて返答に窮する態度で目を泳がせている。
怯えさせているのは自分のせいだと分かっているが、あまりにトロいさまに思い出したくもない幼馴染の姿が彷彿させられピキピキと青筋が額に浮かんだ。
「テメェ…」
「勝己!ちょっと来てー?」
いい加減にしろや、と更に追い討ちかけるように個性を使い脅そうとしたが最悪のタイミングで一階から呼び出しを食らう。
…クソババアか。
予想外の展開に、組み敷いていたモブ女の顔に動揺の色が浮かんだ。慌てふためいたその瞳には、じわりと露が染み出している。
さて、どうするか。目の前の女をどうにかする前に、呼び出されたことをどうにかしなければ。自分が出向かわなければ、俺を呼びに部屋に入ってくるだろう。こんな所を見られては、厄介なことになる。
「声出すんじゃねぇぞ」
ベタな隠し方だと思ったが、この際なりふり構ってられない。足元に寄せていた掛け布団を手荒に取り見えないようにモブ女に被せる。一応手で口を塞ぎ、ドスの利いた声で釘を刺した。
「ちょっと勝己?」
催促する声が再び耳に入る。そうこうしているうちに、トットットッ…と階段を登ってくる足音が段々近くに来る気配がした。
「ほんとに、ごめんなさ……」
今か今かと開かれるドアを注視していると、口を塞いでいた手に弱々しい声が吐息交じりに掛かる。
「?」
しかし言葉の途中で途切れた声に、まさかと被せていた布団を剥ぎ取れば先程までベッドに押さえていた女は忽然と姿を消していた。
その光景に、俺は目を見開き肩を落とす。
「勝己!呼ばれたら来なさいよ!」
「……勝手に入ってくんなよババア」
荒っぽい声が聞こえた先をちらりと見やる。
部屋の入り口の前には、予想していた通り目に角を立てた母の姿があった。
バァンッと雑に開けられたドアに、壊れるだろうがと悪態吐く。
「振休、暇なんでしょ?買い出し行って来てちょうだい」
「は?…なん」
「頼むわよー」
俺の返事を聞く前に要件だけ伝えたババアは、スッキリしたのか早々と部屋の前から去って行った。
あのババア遠慮とかねぇのか…
不燃焼で終わったあの試合。体育祭後、遣る瀬無い思いを胸にモヤモヤとした休日を送っていたのだが、それでも休みは休み、疲労した身体にはありがたかった。
しかし今日の出来事といい、どっと疲れが舞い戻ってきたような気がする。
トットットッ…と遠退いていく足音を聞きながら、俺は溜息を吐いて、そのまま崩れるようにベッドへと転がる。
ボスッと鈍い音とともに、自分のものではないふわりとした匂いがかすかに香った気がした。
少し日焼けしたクリーム色の天井とチラチラと視界の端に映るカーテンへ視線を移し眺める。
窓を開けているのにも変わらず蒸し返されるような暑さに、じわりと汗が滲んだ。
「クソッ…」
嗚呼、ムカつくなぁ…。