凪くんのめんどくさくない彼女になりたかった



 凪くんと出会ったのは入学してすぐの春。中学からの友達もいなくて引っ込み思案の私は、専ら屋上でお昼を食べていた。その日もぼんやりとぼっち飯をしていたら、やって来たのが凪くんだった。

「……あれ、先客だ」
「あ、ご、ごめんなさい……、すぐに出ていきます……!」
「いーよ。先にいたのは君でしょ」

 ふわふわとした綺麗な白髪に目が離せなかった。何を考えてるのか分からないくらい無表情で、ローテーション。なのに、私の心は凪くんに囚われてしまった。多分、一目惚れってやつなんだと思う。それからずっと私は、凪くんの虜だった。

 1年生の時はクラスが違ったから、たまに見かけたり選択授業で同じ授業になれただけで満足していた。なのに、2年生に上がってから同じクラスになれて。しかも、初めての席替えで隣の席になれてしまった。
 授業中にこそっとパンを食べてる姿が可愛らしかった。ずっと寝てるのに小テストはほぼ毎回満点で、そんなところもかっこよく見えた。隣同士でペアを組まされた時に「字、きれーだね」って言われた時は、もう死んでもいいとさえ思えた。

 見ているだけじゃ満足できなくなってしまったのは、私の悪いところだ。彼が"めんどくさい"ことを嫌っているのは知っていた。けれど、この思いを隠しておけなかったんだ。

 脈なんて1ミリもなかった、はずだった。「な、凪くん……っ! 私と、付き合ってください!」「んー……? いーよー」って玉砕覚悟で告白したのに、何故かお付き合いしてもらえることになってしまった。

 どうして、なんの取り柄もない私なんかと付き合ってくれたんだろう。「万年寝太郎と!? 正気!?」なんて友達は驚いてたけれど、むしろ正気を疑うのは凪くんの方なんだけどな。

「凪くんは、どうして私と付き合ってくれたの?」
「どうしてって、告白してきたのはそっちでしょ」
「そうだけど、」

 付き合い始めて何日か経って、恐る恐る聞いてみたことがある。凪くんは私の事なんて眼中にないと思ってたから。

「んー……君はめんどくさくない、とおもったから?」
「そう、なんだ」

 多分、めんどくさくない子なら誰でも良くて。たまたま1番初めに告白してきたのが私だったから。そういう事なんだろう。
 少し悲しかったけれど、振られなかっただけマシだ。そう思うことにした。


「あ、な、凪くん。おはよう!」
「おはよー……」

「凪くん、あの、ご飯一緒に食べよ」
「いーよ」

 付き合っているといっても、めんどくさがりの彼とデートすることは1回もなかったし、誘うことも誘われることもなかった。登下校が被った時は隣を歩かせてもらえて、たまにお昼ご飯を一緒に食べる。ゼリーやパンだけでお昼を済ませてる彼は、食べ終わったらすぐにスマホゲームに没頭してしまうけれど、凪くんの隣にいられるだけで、幸せだった。

 はずなんだけど。

 どうやら凪くんは、学校の人気者で御曹司である御影くんとサッカーを始めたらしい。らしい、っていうのは凪くんじゃなくて、御影くんがそう言ってるのを聞いただけ。

「お前、凪の彼女なんだって?」
「え、あ、う、うん……一応……」
「一応ってなんだよ。これから放課後は凪借りることになるから、ごめんな」
「べつに、大丈夫だけど……」

 その言葉通り、凪くんは御影くんとずっといるようになった。サッカー部があるから、登下校はもう一緒にできなくなった。たまのお昼ご飯には一緒にいれるけど、その時も凪くんの隣には御影くんがいる。

 凪くんって、御影くんの宝物なんだって。凪くんを先に見つけたのは私なのに。胸張って隣に立てる御影くんを凄く羨ましいと思った。男の子に嫉妬なんて、情けないけれど。

「あれ、凪は?」

 今日も2人とのお昼ご飯の予定だったけれど、1人で屋上に来た私を見て、御影くん――玲王くんは首を傾げた。

「先生に呼ばれてた。多分もうちょっとで来ると思うよ」
「りょーかい。あ、そういや見せたいものがあったんだけど」
「ん、なーに?」

 そう言って手招きする玲王くんの隣に座る。「御影くんじゃなくて玲王でいいよ」って恐れ多くも言ってくれたから、最近はお互いに名前で呼び始めた。凪くんのことも、いつか名前で呼べたらいいのに。

「こないだの練習試合で、うちのばぁやが撮ってくれた写真」
「わ、凄い! プロみたい」
「だろ? 凪の写真もあんだけど、いる?」
「い、いいの!?」
「送ってやるよ」
「玲王くんっていい人だね……!」
「今更かよ」

 なんて言いながら、玲王くんのスマホを覗き込んでいれば、ガチャリと屋上のドアが開く音。そこには予想通り凪くんの姿があって、ぱちりと目が合った。と思ったら、すぐに逸らされてしまう。

「……玲王」
「おー凪! ……って、お前顔怖いよ」
「普通だし。てか世界史の先生、玲王のこと探してるって伝言」
「え、まじで? ちょっと行ってくるわ。あ、また後で送るから!」
「う、うん。行ってらっしゃい……」

 一瞬で玲王くんはどこかへ行ってしまって、残されたのは私と凪くんだけ。凪くんはそのままこちらに来て、さっきまで玲王くんがいたところに座る。凪くんの腕が私の腕に当たって、かさりと衣擦れの音がする。凪くんがこんなに近くにくるのは初めてで、心臓が早くなった。

「な、ぎくん?」
「玲王と何の話してたの?」
「え? えっと、玲王くんが前の練習試合の写真、見せてくれて……」
「ふーん……」
「どう、したの?」

 凪くんを纏う空気はピリピリしていて、少し痛い。私、何かめんどくさいことしちゃったのかな。凪くんの顔を見るのが怖くて、俯いてしまう。

「玲王とは名前で呼ぶのに、俺は呼ばないの?」
「えっ?」

 驚いて顔を上げると、唇をばってんにして拗ねたような顔をした凪くんがいた。ドキドキとまた心臓は早くなる。だってまるで、凪くんは私に名前で呼んでほしいみたいじゃんか。

「俺の見てないとこで、玲王とこんな近くで喋ってるし。なんで?」
「ちょ、凪くん、」
「俺じゃなくて、ほんとは玲王がいいの?」
「そ、そんなことない!」

 矢継ぎ早にやってくる質問だけど、それだけは絶対に違ってて。焦って否定したけれど、凪くんの表情は変わらないまま。

「俺に飽きた?」
「ちが、違う! 凪くんのこと、好きだよ」
「ほんと?」
「うん、好き……凪くんが好き……」

 胸がきゅーって痛くなる。少しでもこの気持ちが伝わりますように。
 うわ言のように凪くんへの愛を呟く私に、凪くんはふわっと微笑んで、

「うん。俺も好き」
 
 と、そう言ったのだ。

「え、え……?」
「なにその顔」
「ぇ、ら、らって、にゃぎくんが」

 ぱちぱちと目を瞬かせる私の頬をぐいっと凪くんが引っ張る。ねえ、痛いよ。痛いけれど、それが現実だって知らせれてくれる。本当に、今、なぎくんは私のことを好きって言ったの?

「玲王とくっついてんの、すっごくイラってした」
「え、」
「俺の彼女なのにって思った。これって嫉妬っていうんでしょ? 恋愛とかめんどくさいって思ってたけど、なんか、君となら嫌じゃない、っぽい」

 珍しく饒舌な凪くん。どうしよう、私死んでしまうのかな。こんなに鼓動が早くなるのなんて初めてだ。

「なぎ、くん」
「凪くんじゃない」
「……せ、誠士郎くん……?」
「うん、ナマエ」

 凪くんが――誠士郎くんが私の名前を呼んでくれた。それだけで嬉しくて、涙が溢れそうになってしまう。

「ゆ、夢、じゃない?」
「夢でいいの?」
「や、やだ……!」
「俺もやだ」

 なんてくしゃりと笑う誠士郎くん。たまらなく、彼が好きだって心臓がうるさく告げている。

「わ、わたし、すごくめんどくさいよ」
「いいよ」
「お休みの日はデートしたいし」
「うん。しよ」
「試合も見に行きたいし」
「俺だけ応援してくれるならいいよ」
「他の子じゃなくて、わたしだけ見てほしいし」
「他なんて興味ないよ」
「一緒にゲームしてみたい」
「教えてあげる」
「それから、それから……」
「うん。いくらでも言って。めんどくさくないから」
「……誠士郎くんが、すき……」
「うん。俺も好き」

 ぽろぽろと涙と一緒に沢山の感情が溢れてくる。そんな私をまるで愛おしいものに触れるみたいに、誠士郎くんが撫でるから、また溢れて止まらなくなってしまうのだけど。