春、君と不穏な彼



 季節は巡って、また桜の季節がやってきた。

「ナマエ、おはよ」
「おはよう凪」

 遅刻ぎりぎりに登校してきた男はすぐに机に突っ伏した。学年が変わってもナマエの席は窓際2列目1番後ろのままだった。その隣には凪がいて、小さな聖域は今も続いている。
 新しいクラスメイト達は青春に励んでいるらしく、恋人がどうのなんて話をよく聞くようになった。羨ましいことはないが、凪への気持ちを自覚したナマエにとっては少し眩しく見えた。
 彼らと違ってなにも変わっていない2人だが、ほんの少しだけ距離が近くなったような気がする。

「ナマエ、いこ」
「わっ…まだ教科書片付けてないんだけど…」
「後でやればいーじゃん。どーせ必要ないでしょ」

 凪は休み時間がくる度に、ナマエの手を引いて校舎端にある階段へ連れていく。その度にナマエの心臓はきゅうきゅうと鳴きはじめるので、たまったもんじゃなかった。
 今年に入ってから例の空き教室が使われることになったので、この階段が新しい居場所だった。2人で横並びに座ると、顔が近くて恥ずかしくなってしまう。

「ねむい……」
「ゲームは? もういいの?」
「んー……起きてから……」
「それ昼休み終わっちゃう」

 ナマエの肩にもたれかかった凪は、そのまま目を閉じて眠ってしまった。ふわふわの髪が首筋に触れてくすぐったい。すっかり寝息をたてている凪の髪を撫でた。
 この想いを伝えてしまえば、触れることもできなくなってしまうのだろうか。日を追うごとにすくすくと育っていく恋心を押さえつけているのには、わけがあった。

 

「凪ってさ、彼女とかいたことないの?」

 遡ること数週間前の春休み。ベッドでごろごろとソシャゲに勤しむ凪に、ナマエは恐る恐る聞いてみた。答えは凡そ分かっているけれど、凪の口から正解を聞きたかった。

「逆にあると思う?」
「……まぁ、ないと思って聞いてるけど」
「……ナマエはあんの?」

 わざわざゲームを止めてこちらを向いた凪に、ナマエは少しだけ驚いた。その声色にほんのわずかに棘があったからだ。

「な、ないよ……」
「ふーん。ならいいよ」
「ならってなに……?」
「別になんでもないけど」
 
 凪の態度に「まるで私に元彼がいたら嫌みたいじゃん」とナマエは考えて、すぐに内心首を振った。凪に限ってそんなことはないだろう。

「彼女ほしいとか、おもわないの」

 そしてもう1つ、本命の質問をぶつけてみる。本当に聞きたいのはこちらだった。
 もしここで肯定的な反応が返ってきていたら、きっとナマエが思い悩むことはなかったに違いない。

「別にいらない。そういうのめんどいし」
 
 キッパリと言い切った凪に、心臓が針で刺されたような気がした。そこからじゅわりじゅわりと黒いインクが滲むように仄暗い感情が全身を覆っていく。目の奥が熱い。

「そ……っか、うん、凪はそうだよね」
「……ナマエ?」
「ううん……色々聞いてごめんね、なんでもないよ」
「ん……ならいーけど」

 泣きたくなるのを必死に堪えて、ナマエは首を振る。凪もこれ以上聞くべきではないと思ったのか、それとも興味がないのか、またゲームを再開した。

 こうして言葉にされてみると「ナマエが彼女になれることはない」と分からされる。思いを告げる前から振られたも同然だった。
 潤んでいく視界を隠すように、膝に顔を埋めた。どうしてこんな男を好きになってしまったんだろう。はなから勝ち目のない恋をしてしまうなんて馬鹿らしいと思うのに、胸の痛みが凪への恋心を否応にも突きつけてくる。


 あの様子じゃあきっと、好意を伝えた瞬間に凪のめんどうな人間に格下げされてしまうのだろうとナマエは思った。
 それなら。どうせ叶わない恋なら、せめて凪の隣に立っていたい。


「……2年になっても、凪の世話焼かないとな」

 ぼそりと呟いた言葉は、男の耳にも届いていたようで「ちゃんと俺の飼育係してね」と返してきた。

「……うん。責任、とらないとだしね」

 昨年の秋頃、男に言われた言葉を思い出しながら、ナマエは自嘲気味に笑った。

 その日は凪のベッドで、凪に抱きしめられながら眠りについた。友達以上、恋人未満とはこういうことをいうのだろうかとナマエは思いながら夜を越した。



 そんなこんなで、ナマエは凪の友達という関係に甘んじることを決意した。きっとそれが1番いい選択だろうから。

「……凪、起きて」
「んー………もうちょっと寝る」
「だめ。あの先生うるさいから単位とれ

 休み時間を丸々眠りこけていた男の肩を揺らして起こす。また眠ってしまわないように、骨ばった指を掴んで無理やり立たせた。指は絡められたまま。
 世間一般ではこれを恋人つなぎというらしい。決して恋人になれないナマエにとっては皮肉な名前だと思った。




 ▽




「そういえばさ」
「うん?」

 相も変わらず校舎端の階段に腰かけてゲームに勤しんでいる凪が、ふと顔を上げて呟く。ちょうどチャンピオンの称号を得たタイミングだった。わざわざ手を止めて喋り出すので、ナマエもそれに倣ってゲームを中断した。

「ここ1週間でナマエとしか喋ってない」
「……逆に1週間前は喋ったんだ」
「なんか化学で当てられた時に喋った」
「あー……寝てて怒られてたやつ?」
「うん」

 四六時中寝ている男は教師に目をつけられることも多く、件の化学教師から雷を落とされていた。その後またすぐに教科書を盾に入眠して、最終的には席を立たされていたことを覚えている。凪と教師のいたちごっこを、隣の席のナマエは「平和だなあ」と傍観していた。果たしてこれを人と喋ったうちにカウントしていいのかは謎だが、思い出しながらうんうんと頷いた。
 
「別に人と喋る必要なくない?」
「喋らなくていいならそれでいいけど、なんか人としてまずくない?」

 到底凪の口から発せられたとは思えない言葉が聞こえたので、ナマエはびっくりしてスマホを落としかけた。

「え、凪がそれを言うの」
「この社会で生きてくには喋らないとだめじゃん」
「それはそうかもだけど……」

 この男は本当に凪なの……? 内心首を傾げながら、口を開いた。

「私も凪くらいしかまともに話さないけど、不自由してないよ」
「ナマエは俺以外と喋ったのって何日前?」
「昨日お母さんと電話した」
「ちゃんとコミュニケーションとってるじゃん」
「家族は例外でしょ」
「んえー」

 器用に口をバツ印にした男がまたゲームを再開したのを見て、ナマエは口を噤んだ。

 どうして、凪は急にそんなことを言い出したのだろう。
 凪誠士郎は自由気ままに生きているめんどくさがりだ。部屋は殺風景だし冷蔵庫はゼリー飲料しかないし、行動は基本寝るかゲームかの2択だけ。しかし、自堕落な人間ではないとナマエは感じていた。部屋はいつ行っても綺麗だし、めんどうなはずの学校にも毎日来ている。それらはきっと、凪の中で”しないといけない”理由があるからだろう。めんどくさがりなりに、最低限の社会性は持っている男だ。
 じゃあ、人と会話をするのは? 今こうして凪はナマエと会話をしているのだから、それでいいではないか。それとも、凪にはナマエ以外の誰かと会話をしないといけない理由があるのだろうか。

「凪は、私以外と話したいの?」
「んえ?」

 凪の僅かに驚きを孕んだような声を聞いて、ナマエははっとした。こんな言い方、まるで凪に他の人と話してほしくないみたいだ。やってしまったと後悔の念に駆られながら、ナマエは慌てて首を何度か振る。

「ご、ごめん、なんでもない」
「まだなんも言ってないじゃん」
「いや、ほんとなんでもないから」

 凪はなにか言いたげだったが、ナマエが何度も強く否定するので結局は何も言わなかった。私、めんどくさい人間になってそうでやだな。頭の中から雑念を吹き飛ばしてしまうように、ナマエはため息をついた。




「帰り寄りたいとこあるんだけど」
「え?」

 それからまた1週間ほど経ったある日の放課後、凪が突然そんなことを言い出すのでナマエは大層驚いた。直帰してすぐゲームがデフォルトの男に、寄り道という概念が存在していたとは。そう思いながらナマエは首を傾げた。

「いいけど、どこ行くの?」
「花屋さん」
「は、え……? 花屋さん……?」

 ミョウジナマエは終ぞ自分の頭がおかしくなったかと思った。凪が、あの凪がわざわざ寄り道をして行くところが花屋さん? この男が植物を? 先週人と喋らないといけないとか、まともなこと言ってたし……。凪どうしちゃったの……?
 頭の中に大量発生したはてなマークによってフリーズしていることも露知らず、マイペースな男は「行こ」と固まっている女の腕を引いた。胸がきゅっとした。頭は混乱していても、恋心は素直だった。

「なんで、急に花屋さん?」
「コミュニケーション能力を維持しようかと」
「うん?」
「前言ったじゃん。ナマエ以外と話してないって」

 そういえば先週もそんな話をしたっけな。とはいえ、それがどうして花屋と繋がるのか分からなくて、更に疑問が増える。

「生き物は絶対に飼えないし、ロボットとか買っても話しかけないから意味無いし」
「うん……?」
「人間相手も面倒だから、コミュニケーションとるなら植物かなって」
「…………喋る相手としてってこと?」
「うん」
「…………」

 それって、私じゃ相手として力不足ということ……? 男の隣を歩きながら、ナマエはぐっと眉間に皺を寄せた。
 この前の話だってそうだ。人としてコミュニケーション能力がないと不味いのはナマエにだってわかる。人間は1人では生きていけない。生きている限りどこかで誰かと話す必要はある。けれど、凪は私との会話はその範疇に含まれていないように言う。私は凪と話せればそれでいいのに。
 なんで今更そんなことを思ったの。私と今こうして話しているのは、凪にとっては会話のうちに入らないの? 友達って思ってるのは私だけなの? 凪にとって、私はなんなの? 私は、私は。
 考えれば考えるほど溢れてくる感情に、吐き気と目眩がする。こんな自分が嫌になってしまう。

「ここ、入るよ。……ナマエ?」
「……あ、うん」

 凪はあらかじめ花屋の場所を調べていたようで、ナマエがもやもやと悩んでいる間に目的地へと到着していた。凪がドアを開けると、植物の甘い香りが鼻をつく。可愛らしい女性の店員が凪とナマエを見て笑顔を浮かべた。ナマエは植物のしの字も知らないような男だけど、目当てのものは決まってるんだろうかと思った。

「いちばんめんどくさくないやつをください」
「……え?」

 案の定だった。男は困惑している店員にもう一度同じことを言うと、すぐに笑顔を浮かべて沢山のサボテンが並べられている棚へと案内した。凪と店員が列になってサボテンを見ているのを、ナマエは少し離れて眺めていた。
 植物に罪はないけれど、あそこに私の敵が並んでいると思うとあまり近づく気になれない。喋れもしない有機物なんかに負けたとか思いたくないし。ナマエはむすっとした顔のまま、別のエリアを見ることにした。
 凪ほどではないが植物に明るくないし興味もない女は、薔薇やチューリップなどの誰でも知っているものから初めて見たような花まで、色とりどりの花をぼんやりと眺めていた。これ全部で何種類くらいあるんだろう……? と思いながら見ていると、その中でも店内の一番端にある花が目に入る。いくつかの白い花弁のようなものが集まった中心に、更に小さな花が無数に咲いて半球状になった、珍しい形をしていた。白くてふわふわとした花が可愛らしい。すぐ隣には赤色をした同じものがあるけれど、どことなく凪に似ているこの色が気になった。顔を近づけてその花をじっと見ていると、後ろから声をかけられる。

「ナマエ?何見てんの」
「わっ……凪、」

 振り返ると、手に小さな鉢植えを持った凪とその少し後ろに店員が立っていた。いつの間にかお目当てのものを手に入れていたらしい。うさぎの耳のような形をした可愛らしいサボテンは、大きな体格の凪とはアンバランスでちょっと面白いなと思った。ナマエの立場を脅かす存在ではあるので少し複雑だが。

「もう決まったの?」
「うん、これにする」
「サボテン? 形可愛い」
「たまに水やったら、ほっとくだけでいいってさ」
「へぇ。凪向きだねえ」
「ナマエもなんか飼うの」
「え、いや、なんとなく気になって見てただけ……」

 凪がナマエの背後を覗き込んできたので、両手を胸の前まで上げて手を振る。その隙を商売上手な店員は見逃さず、笑顔で話しかけてきた。

「そちらはアストランティアというお花ですよ」
「へえ……」
「ヨーロッパ中心に咲いていて、よく結婚式のブーケにも使われているんです。可愛らしいお花ですよね」
「あ、はい……。ふわふわしてて可愛いなって、見てました」

 八方美人、事勿れ主義の女は話しかけられては無碍にすることはできず、曖昧に微笑み返した。アストランティアっていうんだ。花って難しい名前多いよなあ……と頭の片隅にその名前を記録した。

「ナマエも飼えば? どうせ俺としか話さないんだし」
「余計なお世話。別に困ってるわけじゃないし。それに……」
「それに?」
「……なんでもない」

 私には凪がいればそれでいいし、と喉元まで出かかった言葉を飲み込む。凪にとって、その言葉はめんどくさいものだろうから。自分以外とコミュニケーションをとろうとしてる人間相手に、こんな事を言ったところで引かれるに決まってる。

「お会計した? 帰ろっか」
「うん。今日来る? 俺あれの続きやりたい、三面で詰んだとこ」
「あーいいよ。ストーリー気になってたし」

 その会話を聞きながら店員は「ありがとうございましたー」と2人の背中に声をかけた。あの子達付き合ってるのかな、家来るとか言ってるし。にしては女の子が気を使ってるというか、よそよそしい感じ。じいっと後ろ姿を見守っていると、男が女の手をきゅっと握りだしたので店員は杞憂だったかと思い直した。
 女がとても熱心に見ていたアストランティアを何本か手に取る。白い花を咲かせるアストランティアの花言葉は「星に願いを」という。彼女達にはぴったりだろう。「愛の渇き」の花言葉を持つ赤い花は似合わない。彼女達が幸せになるといいな、と思った。





「名前とかつけないの?」
「名前?」
「うん。話すんならあったほうが良くない?」

 帰って早々ベッド近くの窓際に置かれたサボテン(バニーカクタスという種類らしい)をじいと眺めながらナマエは言った。花屋で見ていた時は敵のように見えて仕方なかったが、素朴な可愛らしさに絆されていた。単純である。飼い主の凪は横になってゲームをしていたが「あー確かに」と呟いて体を起こした。凪がサボテンに顔を近づけると、当然ナマエとも近くなるのでドキリとした。簡単に近づいてこられるのだから、片思いしている側からしたらたまったもんじゃなかった。

「ピースとかは? 形似てる」
「それいうならチョキじゃない?」
「え、一緒じゃん」
「全然違うし。チョキにしよ」
「えー」

 「ピースでもいいじゃんね」とぶつぶつ言いながらチョキを触る。普通に痛い。そんな女を見ながら、男は口を開いた。

「機嫌直った?」
「え、」
「最近ずっと眉間に皺寄ってた」
「うそ、ほんと?」

 ナマエは目を瞬かせた。まさか凪に気づかれていたとは思わなかった。態度に出ていたことが恥ずかしくなって「ごめん、気をつける」と頬に両手を当てながら言うと「んーん。別にいいけどさ」と凪はそんな女の手に自分の両手を重ねた。「え……」とか細い声が漏れた。

「俺、別にナマエ以外と話したいとか思ってないよ」
「あ……」

 この前の話の続きだ、と思った。

「ナマエはそこにいるのが当たり前っていうか、いない方が変みたいなもんだし」
「う、ん」
「ナマエと喋るのはめんどくさくないし、普通になりすぎて逆にヤバいかもみたいな」
「……えー、なにそれ」

 驚いたように目が大きく開かれたかと思えば、くしゃりと綻ぶ。久しぶりに笑ってくれたな、と凪は思った。女の小さい手が冷たくて気持ちいい。

「だからナマエ以外との最低限のコミュニケーション能力を維持するためにチョキ飼ったの。わかった?」
「うん……うん、わかった」
「ならいいや。ゲームしよ」
「うん。また今度チョキに会いに来ていい?」
「ナマエならいつでもいいって言ってんじゃん」
「そうだった。ありがと凪」

 憎き敵から可愛い凪のペットに格上げされたチョキを見てナマエは微笑んだ。







「凪誠士郎、あとで職員室に来なさい」

 担任の言葉に「呼び出しじゃん、どんまい」と隣の席の男を見て笑った。

「ミョウジも一緒に来なさい」
「え、どうして」

 授業中は寝ているか隠密パンをしているかの男と違って、最低限ノートはとっているし授業を聞いているフリをしているナマエまで呼び出されるのは心外だった。「なんで私まで……」と拗ねている女と、眠そうに瞼を擦る男は大人しく職員室へと向かった。凪は先日の国語のテストで爆睡して赤点を取っていたので当然だが、ナマエには本当に心当たりがなかった。先に凪が職員室へ入っていったので、ぼんやりと廊下に貼られた大学案内を見やる。ナマエにとってはまだ高校2年生、でも他の生徒にとってはもう2年生なのだろう。周りは既に次へ向けて進もうとしている。将来のことなんてなにも考えていなかったし、考えたくなかった。

「ナマエ、次だって」
「うん。先行ってていいよ。すぐだろうし」
「わかった」

 解放された凪と入れ替わりで職員室に入る。この白宝の堅苦しい部分が凝縮されたような空間が苦手だった。ハンカチで額の汗を拭っているこの新しい担任も苦手だった。

「ミョウジ、進路希望調査の提出はどうした」
「あー……すみません、忘れてました」

 そういえば学年上がってすぐそんなのもらってたっけ。すっかり忘れていたので素直に謝る。外面は良い女だった。

「凪もそうだが、お前もやればできる人間なんだからもっと真剣にやりなさい。しっかりやれば、大学だって一流のところにいけるだろう。安定した幸せな将来を手に入れるためにはここが頑張り時だ」
「……」
「凪といるのもいいが、ミョウジはミョウジの道だけを考えなさい。凪につられてミョウジまで堕落しないように」
「……はい」

 凪のことを悪く言われて良い気はしなかったナマエは、返事をするとすぐに職員室を出た。参考書を片手に歩いている同級生を尻目に、凪がいるである例の階段を目指しながら、頭の中では担任の言葉を思い出していた。
 私の道ってなんだろう。幸せな将来ってなんだろう。今の私は凪といられたらそれだけで幸せだけど、いずれ離れなければならない日が来るのも理解はしている。それが近いうちなのか、遠い将来かはわからないけれど。
 もし来年クラスが離れてしまったら、凪はめんどくさがらずに私に会いにきてくれるのだろうか。卒業して大学生になって、どこかに就職をしたその先は? 大人になった凪の隣に私はいるのだろうか。最近は考え事ばかりしてしまうな、とため息をついて歩みを進めた。早く凪に会いたい。

 階段に近づいたところで、興奮気味な男の声が聞こえてきてナマエは首を傾げた。ここに凪とナマエ以外がくることなんて滅多にないのに。

「俺とサッカーやろう! 頑張りゃプロも夢じゃないって!」

 サッカー部への勧誘でもしているのかな。ナマエが顔を覗かせると、紫髪の背の高い男がいた。

「頑張んなきゃダメなんて、サッカーってめんどくさいね」
「――面白い! お前はそのままでいい! サッカーやろうぜ」

 紫髪の男が近づいて肩を組む。組まれた側の男を見て「あ……」と声が出る。

「……な、ぎ?」
「あ、ナマエやっときた」
「……お前、ミョウジナマエ、か?」

 紫髪の男――御影玲王は驚いたように目を見開いた。ナマエも凪と御影玲王を交互に見やって、咄嗟に凪の腕を引いた。唯一平然としていた凪も「どしたの」と目を瞬かせている。

「な、凪、いこ」
「あ、おい!」

 御影玲王が慌てたように声をかけたが、ナマエはそのまま凪を連れて歩いていく。
 なぜかは分からないけれど、凪と御影玲王を一緒にしちゃいけないような気がした。心臓がバクバクとうるさい。何を焦っているのかも分からない。混乱している頭とは勝手に体が動く。

 どうしてだか、無性に泣きたくなった。