契って千切ってまた逢えたなら



忘れ物あったじゃないか。


スマホを忘れた。

最寄り駅に着いたは良いが、ここからの道のりがわからない。方向音痴な私は、スマホで道案内してくれないと駄目なんだ。なのにスマホがない。

事前に配られていた資料に最寄り駅が記載されていたから、なんとかここまでこれたものの、・・・問題はここからだ。資料には地図が記載されているが、分かったら改札出てすぐ立ち往生とかしていない。自慢じゃないが、地図を見ただけで把握出来たら私は方向音痴と自分で自覚していないのである。

試験会場に向かう感じっぽい人の後ろを着いていこうか。制服着てる人とかさ。目的地に着く可能性的には良さ気では。

いや、待て。よく考えるんだ。そして思い出せ。過去に3年間通っていた中学の登校途中で迷子になって、制服の子について行った際、違う中学に着いてしまったのを忘れてしまったのか、私よ。

否、忘れられない黒歴史だ。そのせいで友人には卒業間際までそのネタでからかわれたんだから。きっと次に再会する時も、話の話題に十中八九出て来るはず。


今でも思う。あの行為は本当に考えなしでひたすらに阿呆だった。何故自分と違う制服を着た人を追えば、自分の通っている中学校に着くと思ったのか。私自身不思議でならない。


しかし困った。どうするか。公衆電話で私の家にいる焦凍へ電話して助けてもらおうか。というかそれしかない方法はない。

でもその公衆電話が見つからない。どうしたもんか・・・。


寝坊したおかげで時間は割りとなかったりする。

冷静に考えてやばいのではないのだろうか。試験を受ける前に試験会場にたどり着けなくて不合格必死って、焦凍に知ったらどうなることか・・・。絶対に怒られる・・・むしろ凍らされるのでは・・・。

はたして、土俵にも立てなかった私は生きていられるのか。



「どうかしたん?」



声を掛けられた。最初は私だとは思わなくてシカトしたが、おーいとまた声を掛けられて、もしかして私か?2度目にしてやっと振り返る。私に声をかけたんだよね?と辺りを確認して、自分を指差した。

端的な意見としてチャラそうな人だった。明るい金髪が陽の光も手伝ってかキラキラと輝いて目に眩しい。相手に気づかれないように体を強張らせて警戒したが、人懐っこい表情を浮かべて、そうだよと頷く姿にあっさりと毒気を抜かれた。我ながらチョロい。どちらにせよ、どうやら悪い人ではなさそうだ。

チャラそうな割に優しい雰囲気を纏う男の子へ警戒を解き、咄嗟に笑みを繕う。

焦凍曰く、私の表情筋は死滅しているらしい。意識して笑顔を作らないと能面みたいに無表情だと。

無表情で無愛想代表候補の筆頭である幼なじみに言われるのは釈然としないが、過去に焦凍だけでなく、別の人からも言われたことがあったからきっとそうなのだろう。なんだか癪だが。

中学に上がってからは円滑な中学校生活を送るために、外面を貼り付ける特技を覚えた。身に付けておいて損はないと思ったから。そしてそれは正解だった。その分、幼なじみには奇っ怪な目で見られたが。

その甲斐あってか平和な中学校生活を謳歌出来たと思う。



「行きたい所があるんだけど、スマホを忘れちゃって・・・。その場所まで行き方が分からなくて困ってる最中です」




へらりと、意識しなくても勝手に口角が上がり、外面を浮かべる。

ふふん。家で寛いでいるはずの幼なじみに言ってやりたい。私の表情筋は死滅していないと。どうせ呆れられるだろうけどね。



「・・・もしかして雄英高校とか?」

「そうだけど・・・ん?なんで分かったの?」

「同い年ぐらいで、制服着てて、何より雄英高校の入試試験の資料を手に持ってるから?」



俺も入試受けるからさ。と付け加えて手に持っている資料を指差した。あれ、もしかして違った?と少し心配そうに首を傾げる彼、大正解である。

首を横に振ると安心したのか、良かったあー!と盛大に安堵して肩を窄めた。表情がくるくると変わる人だ。



「それなら案内しなくても俺もそこが目的地だし、一緒に行こうぜ」



有難い申し出だ。無下にする理由は何も無い。むしろ大助かりだ。



「ありがとう。すごい助かる。よろしくお願いします」

「おう。そう言えば自己紹介まだだったよな。俺は上鳴電気」

「初瀬佐保です。よろしくね」










「無事とーうちゃっく」



雄英高校へ向かう道すがら、上鳴君のコミュ力の高さのおかげで話題は尽きず、あっという間に目的地に着いた。
話し下手な私からしたらすごく助かった。どちらかと言うと聞き専の私からしたら話題を提供してくれる人は救世主だ。沈黙時間がないおかげで気まずい時間を過ごすことがなくて思わず安堵してしまうぐらいには助かった。

初対面の人相手によくぽんぽんと話題を見つけられるなとは思ったけど。素直に尊敬したし、普通に楽しい道中であった。



「本当に助かったよ。迷子になって試験受けられない所だった」

「そりゃよかった!そうだ、よければ連絡先交換しねぇ?・・・って、そういやスマホ忘れたから困ってたんだった」

「ごめんね、大したお礼も連絡先も交換出来なくて」

「お礼なんていらねえけど、んー・・・、そうだな。じゃあお互いに絶対合格しよ!受かれば一緒の学校になるし!そしたら会えるだろ?その時に仲良くしてくれたら嬉しい」

「そんなので良いの?」

「もちお近づきの印に連絡先交換すんのは確定!」

「下心を隠さないのがまた爽快だなあ。いいよ、そんなのでよければ合格出来るように頑張るね」

「えっマジ?言ってみて良かった〜。約束な!絶対合格しような!」



上鳴君も別の意味で圧がすごいなあ。そして自分で提案しといて驚いてる。面白い人だなあ。それくらい全然お安い御用なのに。

受付をしてから一緒に会場入りをする。かなり広い会場に圧倒された。

うわー、すっごい広い。天井たかっ。なんかステージがある。そして受験生の数がめちゃくちゃ多い。試験前に人酔いしそう。



「席の指定は特になしか。前から順に詰めて座ってるっぽい」

「楽で良いね。席を探す手間が省ける」



先に座った上鳴君の隣の席へ腰を下ろし、受験票と受付でもらったプリントを机に置く。続々と会場に受験生が集まり、暫くすると受験生達が集まったのか扉が閉まった。バタリと音を立てて扉が閉まったのと同時に、ステージ上に誰かが現れる。肉眼だと小さくて誰か分からなかったが、背後にあるモニターのおかげでプレゼント・マイクだと分かった。




「今日は俺のライヴにようこそー!!!エヴィバディセイヘイ!!!」




突然の事に頭がついて行かず、思わず呆然としてしまった。隣の上鳴君や他の受験生達もそうなのか、プレゼント・マイクのテンションとは対称的に辺りはシーンと静まり返る。このタイミングでくしゃみなどをしたら確実に目立つこと間違いなしと断定出来るくらいには、会場内は長閑した。



「こいつあシヴィー!!!受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!!アーユーレディ?!YEAHH!」



あっ、何事も無かったかのように始まった。というかうるさっ。耳がキーンてなる。



「入試要項通り!リスナーにはこの後!10分間の『模擬市街地演習』を行って貰うぜ!!

持ち込みは自由!プレゼン後は各自指定の演習場へ向かってくれよな!!」



試験内容は事前に貰っていた資料通り。仮想敵を行動不能にしてポイントを稼ぐ。というのが私達受験生の目的らしい。特に今更何も思わない、・・・けど、久々に思いっきり動けるのに、



「10分間は短いよなあ」

「ん?何か言った?」

「会場別だねって思って」

「それな。1人でちゃんと行けるか?ほんとに場所分かってる?更衣室で着替えてから演習会場へ迎えよ?」

「大丈夫だから!」



最悪分からなかったら聞くしね!

けらけらと悪戯が成功した子供みたいに笑って悪いと謝ってくるが、絶対に悪いと思っていないな、これ。反省の色が全く見えない。



「じゃーな。お互い頑張ろうぜ」



手を振って移動の波について行く後ろ姿を見送る。波に紛れたのを確認してから指定の演習場をもう一度確認する。念の為だ。

次にもし、再会出来たら、今度は私が上鳴君をからかってやろう。そう決めて、顔を上げて上鳴君とは別方向に進む移動の波に私も紛れた。