たおやかな彼女の妖気



着替えてから演習場へ向かうと既にかなりの人数の受験生達が集まっていた。様子を見る限り皆気合十分のようだ。



「なあアレ・・・バクゴーじゃね?『ヘドロ』ん時の・・・」

「おお本物・・・」



目の前にいる男2人がひそひそと話している。その割には周りに聞こえる話し声。内緒話している意味はあるのだろうか。しかも何故かチラチラと此方を見てくる。

バクゴー?ヘドロ?なにそれ。私の名前、バクゴーでもヘドロでもないんですが。バクゴーとは、ヘドロとは一体どちら様のことだ。



「あ"?」



ぶわっと隣から威圧を感じた。思わず隣を見上げると、深紅の瞳が印象的な見事な金髪が目に飛び込んできた。―――綺麗な紅。吸い込まれるような深い紅だった。
また金髪。どうやら今日は金髪と縁があるらしい。

隣で殺人鬼みたいに目を吊り上げている人がそのバクゴーに違いない。
チラチラと見られているように見えたのは、私が彼の隣にいたからだ。自意識過剰だったか。恥ずかしい。


殺気に近いそれに怖気付いたのか、目の前の2人の顔色が目に見えて真っ青に染まった。顔面蒼白だ。震える体を叱咤して、距離を取るように慌ててその場を駆け去って行く。

あんなに慌てて・・・。あの様子で試験に集中出来るのだろうか。そもそも慌てて逃げるくらいなら、本人の前で話さなくても良いのに。まあ私には関係のない事だけど。


チッと舌打ちをうつ彼を横目で気付かれぬよう盗み見る。


・・・見た感じ、この中だと1番ポイントを稼ぎそうなのは彼な気がする。要注意人物だな。彼より多くポイントを稼がなければ。


しかしさっきの表情はすごかった。到底ヒーローを目指す人の顔ではなかった。表情だけで相手を射殺せそうな勢いだったし。顔で損するタイプだな。いや、どうだろう。ちゃんと見てみるとこのバクゴーとかいう男子、思いの外整った顔をしている。幼なじみ同様、喋ったら駄目なタイプとみた。



『ハイ、スタートー!』



微かに聞こえたスタート合図。余りにも間の抜けたタイミングでの合図に、聞き間違えたかな?少し不安もあるが、間違いなくそう言っていたし、確実に耳朶に届いた。気がするので、私は行く。

合図に反応し、一瞬で跳躍して軽々と建物の屋上へ降り立つ。
入口を見てみると、まだ大多数がその場に残っていた。確認して見てみるとバクゴーはいない。彼も私同様にスタート合図を聞き逃さなかったらしい。

市街地を駆け抜けるバクゴーを見つけて、それを一瞥する。早速遭遇した仮想敵を悠々と爆破させた。やはり動ける人のようだ。浮かべる表情も好戦的ながらどこまでも冷静で、油断していたら飲まれそう。これは負けていられない。

上から仮想敵を探し始める。直ぐにそれは見つかった。

チラホラいるけど市街地の中央に仮想敵が多くいるなあ。遠距離から攻撃しても良いけど、攻撃範囲がかなり広大だから、それだと他の受験生たちを巻き込む恐れが出てくる。それに範囲が広くなるほど火力の加減が出来ない。・・・仕方ない。面倒だけど移動しながら倒して、中央へ向かった方がポイント稼ぎの効率は良さそうだな。

屋上からふわりと身を投げる。瞬く間の浮遊感の間、頭の中でルートを確立させて行く。がっちりとパズルのピースが頭の中でハマった。地面に近付いてきた所でくるりと回転して地面に着地し、市街地の中央へ向かって走る。

曲がり角を曲がってすぐ、仮想敵が2体。見た所2点と1点かな・・・?よく覚えてないや。

攻撃を跳躍して避けて1体を踵落としで沈ませる。仮想敵が地面にめり込んで爆発した。

爆発で飛び散った装甲を足場にしてその足でもう一度跳躍して、斜め後ろにいた仮想敵に拳を振るう。加減したはずが、盛大に仮想敵は後ろへ吹っ飛び、ご丁寧にビル1棟を倒壊させてから、最後に爆発して崩れ落ちた。

・・・これってマイナスになったりしない?ビルが倒壊した分だけポイント減点とかさ。大丈夫だよね?次から気をつけるから。

思ったよりも気分が高揚していたらしい。落ち着かねば。

息を深く吐いてからまた跳躍する。市街地中央までの間に遭遇する仮想敵は合計15体程。中央には軽くその倍を行く数がいた。

ペロリと乾いた唇を舐める。目頭が熱くなり、頭部には熱が帯び始めた。あー、ダメだ。落ち着こうとすればするほど、気分が高鳴って仕方がない。久々に力が使える分、楽しくてしょうがないや。

時間は10分しかない。少しでも多くの仮想敵を倒して、楽しまなければ。









残り時間は3分と言った所だろうか。かなりの数の仮想敵を倒したが、まだアイツと遭遇していない。ギミック?だったっけ。
ポイントは0だったはずだけど、関係ない。どんなものなのか、どれくらいの強さなのか。1度対峙してみたい。単純に興味がある。

かなりポイントは稼いだし、このまま此処にいても遭遇するとは限らない。私から出迎えに行った方がギミックと会える可能性は高いだろう。

そうと決まれば建物の屋上へ。

そう考えて足に力を込めた次の瞬間、建物を突き破って念願のそれは現れた。

ギミックだ!めちゃくちゃ大きい!

逸る気持ちを抑えきれず、跳躍してギミックとの距離を一瞬で詰める。



「うわっ、瓦礫が・・・っ!!」

「危ねえ!!!」



逃げ遅れたのか、ギミックが破壊したビルの瓦礫に巻き込まれそうになっているピンク色の髪色をした女の子を、赤髪の男の子が突き飛ばした。

しかし突き飛ばした先はまだ瓦礫に巻き込まれる範囲で、男の子が逃げろ!!!と叫ぶ。


考えるよりも先に体が動いていた。無理やり方向を転換し、地面を蹴って2人の元へ跳躍する。降り注ぐ瓦礫を器用に避けて、女の子に降りかかろうとしている一際大きな瓦礫を、跳躍したスピードをそのままに回し蹴りをした。

速さと遠心力の乗った蹴りの衝撃で粉砕された瓦礫を尻目に、ピンク髪の女の子と赤髪の男の子を両脇に抱えて、ギミックを背にその場から距離をとる。間髪入れずにギミックが攻撃をしてきた。巨体の割に意外と素早い攻撃だ。

2人を落とさないようにぎゅっと抱えて、ひらりと上へ跳んでそれを避ける。どうやら右ストレートの攻撃だったようだ。

ギミックの拳らしき装甲へ着地すると、まるで虫を振り払うように、私達を乗せたまま拳を上へと振り上げる。酷い。

予想通り上空へ放り出された。ふわりと少しの間浮遊感を感じ、そのあとすぐに体が下へ落下し始める。両脇から悲鳴が聞こえた。



「ごめんね、ちょっと我慢してね」



すぐに終わらせるから。言葉少なに2人にそれだけを伝えて、ギミックを見据える。放り出された際、一緒に飛ばされた瓦礫が視界に入る。あれを使おう。

体の向きを変えて、瓦礫を足場にすると、体勢が逆さまになったからか、両脇からまた悲鳴やら焦りの声が聞こえてきた。舌を噛まないか心配だ。

しかし悲鳴を上げさせてる原因は私なので、大丈夫だよ。ごめんね、本当にあとちょっとだから。と心の中でもう一度謝ってから、早々にギミックを打ち倒そうと真っ逆さまに跳躍した。

引き寄せられるようにギミックへ落下。跳躍したのもあって、かなりのスピードを出してギミックへ向かう。

ぎゃあああ!!!先程の悲鳴は遊園地とかでよく聞こえてくる様な悲鳴だった。特に絶叫マシンやお化け屋敷辺りで。でも今の悲鳴はさっきよりも酷い。全部の文字に濁点がついている勢いだ。・・・南無。ひとりでに心の中で合掌。

酷い悲鳴が聞こえたが最後、くるりと回転して強烈な踵落としがギミックの頭上に当たり、直後爆発でそれはかき消された。









「ご、ごめんね。大丈夫?舌とか噛んでない?」



正直あの悲鳴からして大丈夫ではないだろうけど、他に思い当たる言葉がなかったので、当たり障りのない言葉を投げかける。

2人を下ろして問いかけたが、返事はない。あれ?返事がない。えっ、うそ。慌てて2人の顔を覗き込んで様子を確認してみると、・・・もしかして気を失ってる・・・?



『終了〜!!!』



安堵の余り座り込んだ。同時に試験終了の合図が重なる。

あー、やっちゃったな。まさか気を失わせちゃうなんて・・・。今日は色々とやらかしてばかりだ。


早く倒そうと気を急いだせいで、2人への気遣いは全く出来ていなかった。2人には申し訳ないことをした。しかもそのせいで試験時間を奪っちゃったし・・・。私のポイントを少し譲ることは出来るんだろうか?・・・出来ないかな?後で聞いてみよ。

とりあえず舌・・・は、噛んでなさそうかな。よかった。

深く息を吐いてからキョロキョロと辺りを見回す。あ、奥にいる白衣を着た人は先生かな?怪我人を診てる。助けを呼びに行かなきゃ。落ち込むのは後でにしよう。

立ち上がって爆発や土埃などで汚れた衣服をぽんぽんと、軽く手で払うように払って身なりを整える。背中に視線を感じた。

振り向くと真紅の瞳がこちらを見ていた。吸い込まれそうな程に澄んだ深い紅色が、つり上がった鋭い眦をそのままに私を射抜く。

じっと見返すと、冷静な表情を浮かべて、お前が倒したのかと言わんばかりの瞳で私を見つめている。

背後に沈んでいるギミックを無表情に眺める。

一体どうやって。何の個性だ。存外分かりやすい瞳をしている人だ。やはり最初の印象と同様、綺麗な瞳をした男である。陰りがない。だからだろうか。真っ直ぐ過ぎて落ち着かない。

息が、詰まりそう。


きっと私がギミックを倒していた所を、彼は目撃したのだろう。だからこそ疑問を抱いた。だって私は、"個性を使っていなかった"から。ただの踵落としでギミックを倒したから、純粋に疑問を抱いたのだ。

視線を彼に戻すと、答えない私に苛立ってきたのか元々つり上がっている眦を更に吊り上げていた。綺麗な瞳が台無しだ。


見ず知らずの人に態々教えることでもない。というか今はそんな場合じゃない。気を失っている人がいるのだ。考えずともこちらが最優先案件だ。早々に自分の中で割り切って視線を外す。


さて、私は一体何なんでしょうね。きゅっと締め付けられた胸の痛みに、目頭が熱くなった。熱を振り払うように目を伏せて瞬く。

"瞳の色が変わった"私を瞠目する彼に気付かない私は、耳飾を揺らして、身を翻す。助けを呼びにその場を離れた。


どうか2人が合格出来ますように。
そう願いながら。