次は必ず



「初瀬って実はすっげー奴なんじゃね?」



4種目程終えた辺りの頃。反復横とびを終えてじろちゃんの傍へ戻る途中、上鳴君にそう投げかけられた。

座って頬杖をついて私を見上げる顔は、感情の色を浮かべない、無機質な瞳を湛えていて、思わず立ち止まる。先程まで元気だったはずの彼の様子が突如変容して、困惑した。急にどうしたんだろう。

なんで遠くを見つめるように見上げてくるんだろうか。



「どうした上鳴」



私の気持ちを代弁してくれたじろちゃん。一拍遅れて私も同意するように頷く。そして2人の傍に私も座った。



「いやさ?テストも4種目終えて、残り種目4つじゃん?折り返しなわけだろ?」

「そうだね」

「俺さ、なんとなく初瀬は俺と同じカテゴリー人間だと思ってたわけよ」

「・・・う、うん?そうなんだ?」

「そしたらぜんっぜん違うじゃん!お前ぶっちぎりの1位なんだもん!」



膝に顔を埋めて喚く上鳴君をどうどうと宥める。本当にどうしたんだろうか。上鳴君がすごい荒ぶっている。

ぶっちぎりの1位も何も、まだ種目は半分しか終わっていない。まだ半分も残っているのだ。まだまだ抜かされる余地は全然あるというのに。

実際に今現在、目の前でぶどう頭の男の子(名前を忘れた)、・・・なんだっけな、み、みね何とか君だっけ。その子が個性を使って反復横跳びしてるけど、かなりの数だし。あの様子だと私の記録は優に越されるに違いない。

しかし何度そう言っても上鳴君は聞く耳を持たない。・・・・・・なんだか宥めるのも面倒臭くなってきたな・・・。



「お前!それっ、口に出ちゃってるから!面倒臭いって言うなよ!」



やばい、気が緩んだ。思わずにへらと誤魔化すように笑ってみせたが、誤魔化せてないから!と怒られた。ごめん。



「でも多分、上鳴君の言っている事は間違いじゃないと思うよ。なんだっけ、カテゴリー人間だっけ?」



私の言葉の先が気になるのか、口を噤んで大人しく話しの続きを待つ彼に、微笑を浮かべる。



「私勉強出来ないんだよね」

「は?」

「体動かすのは昔から得意だから、体育の評価は5だったんだけど、勉強はからっきしなんだよね・・・」



通知表貰うのいつも怖かったなあ・・・。中学の頃を思い出してしみじみ。

幼なじみ曰く私は脳筋らしい。
考えるよりも先に体が動くし、難しいことは考えた所でよく分からないし。あとは単純に物事を考えるのが面倒くさいから、投げ出したくなる時なんて多々あるぐらいだ。

そんな私を考えなしとか、猪突猛進とか、脳筋と、焦凍は何かとディスってくる。呆れや諦め、そして何処か憐れみを込めた瞳で見てそう言ってくるので、私としては大変解せない。

だけどそういうのは頭の良い人や、それを得意としている人に任せれば良いと思っているのも事実だ。

所謂、適材適所。私には向いていない。向いていないことをしたって仕方がない。と私は思う。勿論少しは努力した方が良いのに越したことはないが、世の中諦めが肝心の時もあるということです。

物理的に壁を壊して行く奴が1人ぐらい居たっていいじゃない。なんてったって楽で性に合っているし。多分こんな考えだから脳筋とか言われるんだろうなあ。

あ、でも音楽と美術と現文は評価5だったよ?・・・え、上鳴君もじろちゃんも、なんで焦凍みたいな瞳をして私を見るの・・・?



「それに壊滅的な方向音痴というオプション付きだよ」

「確かに。試験の時、道案内がてら一緒に向かってたけど、ちょくちょく違う道に入ろうとしてたよな。あれほんと意味わかんなかった」

「・・・ごめんなさい」



確かに何回か呼び止められた気がする。こっちだって!とか、なんで左つったのに右に行くの!とか。最終的には道が別れたりした時は、問答無用で服の袖を掴まれた気がする。

いやあ、あの時はほんとうに迷惑をかけてしまった。思い出すとまざまざとその事実を突きつけられるよ。素直に謝る。



「まあでも、そうだよな。得意なこともあれば無理なこともあるよな」



へへっと何処か嬉しそうに笑う上鳴君に、内心ほっと息をつく。なんとか気分を害すことなく元通りにすることが出来た。

安心していると横でじろちゃんが「あんたも勉強できないって、暗にそう言われてんのに・・・」哀れみを込めた眼差しを今度は上鳴くんに向けながら、ぼそっと呟いた。

やめてじろちゃん。せっかく気が逸れたのにまた励ますのはごめんだよ。ジト目でそう制すと、アンタも大概、塩対応だよね。じろちゃんは眉を下げてからりと笑った。



「初瀬さん!」



名前を呼ばれて、私を含めじろちゃんと上鳴君も顔を上げた。

そこにはピンクの髪色をした女の子と、赤の髪色をした男の子が立っていた。上鳴君や爆豪とはまた違った明るい髪色に、眩しさで目を細める。これまた見事な髪色だこと。

けどどっかで見かけたことのある2人だな。クラスメイトなのは分かるんだけど、どこかで会ったような・・・。確か名前は・・・。

んんんと考え込んで、ハッとする。もしかして・・・。伏せていた視線を上げると、2人して思い出した?と言うようにはにかんだ。



「思い出した?試験の時は、どうもあ、」

「すみませんでしたー!」



食い気味に謝ると、静かな空気が私達の間を支配した。


・・・え、何この空気。気まずい。私、なんか間違ったことでもしたのだろうか?
恐る恐る顔を上げると、2人ともぽかんと私を見つめていた。

どうしよう。あの日のことを、ーーー試験の時に2人を抱えたまま、問答無用でギミックと対峙したのを怒っているのかと思って、先手必勝とばかりに謝ったけど、2人の反応を見る限り・・・どうやらそうではないらしい。

ということは私の勘違いということ・・・?・・・えっと、じゃあ・・・どうしようかこの空気。助けを求めるようにじろちゃんと上鳴君へ視線を向ける。逸らされた。薄情者め。



「・・・えっと、怒ってないの?」

「怒る?なんで?助けて貰ったのに?」



確かに助けるつもりだったけど、あれは助けたというか、結果的に私が2人にトドメを刺したようなもんだし・・・。
もごもごと口篭っていると、赤の髪色の男の子がくしゃりと微笑む。

あ、名前、思い出した。確か切島鋭児郎君と芦戸三奈ちゃんだ。・・・った気がする!



「確かにあん時は驚いたけどな。俺たち抱えたまま、ギミックに向かって真っ逆さまに向かって行ったし」

「ね!三途の川が見えかけたよ」

「ギミック?真っ逆さま?三途?・・・初瀬、お前・・・2人になんつー仕打ちを・・・」

「誤解だよ上鳴君。間違いではないけど語弊がある」




慌てて弁明するも、どっちにしろ他に方法があったはずだろと呆れたように宥められた。正論です。ぐうの音も出ません。

しかし釈然としない。さっきまで私が宥めていたはずのに、今は立場が逆転している。不思議だ。

あの日のように落ち込んで肩をしょげさせていると、慌てたように切島君が声をかけてくれる。けど助かったのは事実だから!と。



「そうだよ!私達はずっとお礼が言いたかったの!ありがとね!」



芦戸さんが屈託なく笑ってぎゅっと私の手を握る。なんて優しい2人なのか。むしろ私がお礼を言いたいぐらいだよ。

ありがとう切島君、芦戸さん。お礼を口にすると、「どういたしまして!」と2人は笑っていた。優しい。