きみを繋ぎ止める為の理由を探してる



相澤先生がぬるっと登場したかと思えば、入学式やらガイダンスやら全てボイコット。そして何を行うのかと思えば個性把握テストを横行するとの事だった。

体操服を半ば強引に支給され、着替えを終えた人からグラウンドへ移動。始まるや否や、個性を使用したボール投げの見本に爆豪が選ばれた。

相澤先生から個性を使って思いっきりなと背を押された彼はボールを無表情に受け取る。表情を伺い見た分には落ち着いているようだ。そして軽く腕などを伸ばして息を吐いた後、不敵に口角を歪めてくるくると腕を回す。



「死ねえ!!!」



爆豪が声高らかに放ったボールが爆風に乗って空の彼方へぶっ飛んで行く。それを私含め全員が呆然と眺めた。



「じろちゃん、今の聞こえた?」

「聞こえた。死ねって言いながら投げてた」



聞き間違えかと思って隣にいるじろちゃんに聞いてみたが、どうやらじろちゃんにもはっきりとそう聞こえたらしい。聞き間違えじゃなかったか。

呆れたように爆豪の姿を見つめる。ヒーローとは思えない発言だ。しかもそれを大声で言っていた。

ヒーローを目指す理由は人それぞれだけど、机に足を乗っける所といい、今の発言といい、この人は本当にヒーローを目指している人なのか、甚だ疑問に感じてくる。実力があるだけに内面がとてつもなく残念過ぎやしないか。

呆然としているクラスメイトに気付かない彼は、あの日みたいに好戦的な表情を清々しいくらいに浮かべていた。



「まず自分の『最大限』を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」



また合理的、ですか。ブレない人ですね。蘇芳さんから聞いてた通りの人のようだ。

それにしても個性の把握かあ。正直あまりやる気が出ない。対人戦はともかく、自分の能力のことは嫌ってくらい把握させられてるから、今更テストで把握した所でどうというのか。

けどテストということは、多分後で順位が発表されたりするんだろう。誰かに負けるというのはちょっと嫌だな。悔しいし。我ながら面倒くさい性格だな。

内心自分の性格の面倒臭さに辟易としていると、いつの間にか隣に焦凍が立っていた。

ちらりと横を見上げると、考え込んでいる私の様子を気に掛けていたのか、長い前髪の隙間からそろりと、左右で色の違う瞳がこちらを覗き込んでいる。表情はいつも通りの無表情だったけど、覗き込んでいる瞳には気遣わしげな感情が見え隠れしていた。



「・・・手抜いたりするんじゃないぞ」

「しないよ。負けたくないしね」

「負けず嫌いだもんな」



吐息が零れたような静かな微笑。じっと見ていなければ見落としていたかもしれない程の微かな笑み。しかし私はそれを見逃さなかった。

何を笑っているんだ。焦凍だって負けず嫌いな癖に。

私を見下ろしいる焦凍の髪の毛がゆらゆらと風に揺れる。サラサラだなあ。天使の輪が見える。キューティクル羨ましい。

昨夜、私が入試試験の時みたいに寝坊しないよう泊まりに来てくれて、私の家のお風呂に入ったから、同じシャンプーとリンスを使ってる筈なのに・・・。なんでこうも違うんだろう。

ジト目で彼のサラッサラの髪を見ていると、どうかしたか?と焦凍が首を傾げた。さらりと揺れる癖のない髪の毛が憎い。とりあえず撫でとこう。うん、やっぱりサラサラだ。



「トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう」

「「はあああ!?」」



皆の声に驚いてビクリと体が震えた。撫でていた手を止めて先生の方へ視線を向ける。幼なじみの髪の毛に嫉妬していて、全然話を聞いていなかった。

けど最後の方はちゃんと聞いてた。最下位は除籍処分ってちゃんと聞こえた。不穏なワードはばっちり聞こえましたよ。



「・・・って、除籍処分てほんとに?」



あまりに突拍子な展開についていけなくて、もう一度確認しようと唇の端から言葉が零れた。

最下位は除籍処分という、かなり理不尽なオプションをつけてのテストは流石に横暴過ぎやしないか。というか要らない。

雄英は自由な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り。

だとしても除籍処分はやり過ぎな気が・・・。入学初日にさよならバイバイなんて、切なすぎる。



「最下位除籍って・・・!入学初日ですよ!?いや初日じゃなくても・・・理不尽すぎる!!」



やはり他の子たちも同じ考えなのか、納得のいっていない子たちが次々と抗議の声をあげる。



「自然災害・・・大事故・・・身勝手な敵たち・・・。いつどこから来るかわからない厄災。日本は理不尽にまみれてる」



眉を下げてそう説く相澤先生に、ひとしれず心臓が跳ねた。顔が勝手に強張るのを感じる。

一瞬、相澤先生と目が合った気がしたのだ。気のせいだったんじゃないかと疑ってしまうくらいに、一瞬の出来事。しかしドクドクと脈打つ心臓が、嘘じゃないと訴えかけてくる。

もしかして私の事を、蘇芳さんから何か聞いたのだろうか。


考えてみれば分かる事だった。

蘇芳さんと相澤先生は友人だと言っていた。そして困った時は頼ると良いと信頼されている人物。入学前に蘇芳さんから相澤先生の事を教えてもらっていたのと同じで、相澤先生も私の事を蘇芳さんから聞いていても何ら不思議はない。

どうしてこんな簡単な事が、今まで気づけなかったんだろう。

自分の頭の悪さにほとほと呆れが差す。



「そういう理不尽を覆していくのがヒーロー」



ぴくりと、手が少し震えた。気付いた焦凍が指先で私の手の甲を撫でた。視線を感じて、大丈夫だよとふるふると首を小さく横に振る。



「これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。"Plus Ultra"さ。全力で乗り越えて来い」



さっきまで息苦しかったものが静かに霧散する。震える胸を抑える様に叱咤した。
蘇芳さんが何故、彼を信頼したのか。何故私を託したのか。少しだけわかった気がした。