好きってだけで頑張れる



翌日。焦凍からの電話で私は起こされた。

なかなか覚醒しない私に、遅刻するなよとため息混じりに叱咤する。わかってる、ありがとうと、呂律がちゃんと回っていたか心配だが、お礼を言ってから電話を切った。

顔を洗ってしゃんとしよ・・・。ぺたぺたと洗面所へ向かい、顔を洗おうとして鏡の中の自分と目が合った。今日も酷い面である。

数十分後、迎えに来てくれた焦凍と一緒に学校へ登校した。



「はよーお二人さん」



下駄箱で中履きに履き替えていると、登校してきた切島に挨拶をされて小さく頷いた。朝から爽やかな笑顔である。眩しくて目を細めてしまった。むしろ瞑った。

ちなみにちゃんとおはようと返したつもりだったが、小さすぎて聞き取れなかったらしく、なんて?と聞き返されてしまった。

え、もっかい挨拶するの・・・?
口をへの字に曲げて面倒臭そうな表情を露わにする私に、切島が困惑して焦凍に小声で問いかける。



「機嫌悪いのか?」

「いや、低血圧なだけだ」

「あー。寝起きが悪いってことな」



小声だったためなんの話をしていたのか不明だが、何処か納得したような表情でこっちをみてきたので、とりあえず頷いておく。

多分それであってるよ。



「お前でも弱点あんのなー。なんか安心したわ」



安心?意味がわからなくて切島の顔を見つめ返す。

昨日、個性把握テスト、お前ぶっちぎりの1位だったじゃん。

ぶっちぎり・・・。なんか言われたことがある言葉だな。そういえば上鳴君にも同じことを言われた気がする。全然そんなことないのに。むしろ弱点ありまくりですよ。


爆豪に突っかかられた後、ムキになって投げたボール投げの記録は上々だったみたいで、視界の隅で相澤先生がニヤリと笑んでいた。

焦凍に手を抜くなと言われた手前、出し惜しみしていたわけではなかったが、無意識にセーブをしていたらしい。

それに焦れていたらしい相澤先生は、いつ、どのタイミングで私に檄をとばそうか思案していたようだ。油断も隙もない。そもそも手抜いてないし。

次の種目からもそうしろと、注意にも似た指導を受けて、はーいと適当に返事をして、伸ばすなとまた怒られたのはお約束だ。


それ以外は平穏に終わり、私は無事1位をとる事が出来た。あの時の爆豪の視線が痛いったらありゃしなかったが。まあ煽ってきたのはそっちだからと、綺麗な笑みを返したのは、私の小さなお返しである。

負けず嫌い。焦凍から呆れたような台詞に、今度はそっちこそと、ちゃんと反抗をしておいた。



「朝が弱い。勉強無理。極度の方向音痴」

「?」

「体を動かすのが取り柄なだけの脳筋で、料理は良く言えば豪快だけど、悪くいえばざ・・・、」

「お、おう?」

「ちょっと焦凍?!」



急に何を言い出すのやら。私の苦手分野を次々と暴露していく幼なじみに、寝ぼけていた意識が一気に目覚めた。

うちの幼なじみさんは一体どうしちゃったの?!

慌ててストップストップ!口閉じて!と距離を詰めて焦凍の口を両手で押さえた。むぐっと声が手の隙間から零れる。しれっとした表情がなんとも腹立たしい。

焦凍が黙ったのを確認してから勢いよく切島の方へ振り返った。

切島は何も聞かなかった。そうだよね?

声には出さずに視線だけでそう伝える。暫く呆けていた切島だったが、私の無言の圧に気づき漸く頷く。

それを確認して、よし。と私は安心とばかりに満足気に唇の端を上げた。

視線を焦凍に戻す。悪びれた様子は一向にない。ぺちぺちと軽く手を叩かれる。いい加減手をどけろと、視線がそう訴えていた。

じろりと焦凍を人睨みしてから渋々手を下ろすと、ふぅと彼は小さく息を吐いた。

まるで酷い目にあったとばかりの表情だ。解せぬ。被害者は私だぞ。本当にこの人何がしたかったのか。

彼の真意を探るようにじっと凝視していると目が合った。伸びてきた彼の手が私の頭を撫でる。仕事を終えた達成感に、一人酔いしれているような、そんな彼の姿にますます疑念を感じてしまったのは言うまでもない。

意味がわからん。放っておいて教室へ向かおう。



「佐保。教室は右の階段」

「・・・ありがとう」



左に向かおうとしていた体の向きを無理やり反対方向へ変えて歩き出す。
後ろで切島の笑い声が聞こえたが、恥ずかしいのでシカトしておいた。



教室へ入るとじろちゃんたちと目が合い、おはようと挨拶をされて、完全に目を覚ました私は笑顔でおはようと返す。

隣で切島が、おっ、やっと覚醒したか?と私をからかうように悪戯好きの子供のような笑顔を見せた。

肘で軽く小突いて、もう完全に目が覚めましたと拗ねたように言ってから、じゃあねと逃げるように2人の傍を離れる。後ろからまだ笑い声が聞こえるが、もう知らん。勝手に笑ってて下さい。

席の近くに行くと、ばちっと、まるで音が鳴ったかのように爆豪と視線がかち合った。

朝から不機嫌そうな顔だ。しかし私もさっきまでは、ここまで酷くはなかったけど、ここ最近の睡眠不足も祟って寝起きがあれだったので、文句は言うまい。

とういうか完全に私のせいだと分かってるしね。

しかし無視するのもあれなので、おはようと挨拶をした。私から挨拶をしてくるとは思っていなかったのか。一瞬、爆豪が呆気にとられたように目を僅かに瞠った気がした。

しかしすぐに紅い瞳が浮かぶ眦を吊り上げて、不機嫌そうに顔を歪めた。挨拶の代わりに返ってきたのは舌打ち。

挨拶したら舌打ちて。別に良いけどさ。気にすることなく席につくと、背中に痛いくらいの強い視線をぶつけられた。私にどうしろっていうんだ、爆豪。









「初瀬ー、飯行かん?」

「食堂?」

「そうそう。耳郎は?」

「良いよー。佐保も行くでしょ?」

「行く。ついでに焦凍も良い?約束してたんだ」




もちろんと快く承諾してくれたので、焦凍も連れ立って教室を出た。

上鳴君とじろちゃんに誘われてついて行った食堂はかなりの人でごった返していた。

ランチラッシュというプロヒーローが食堂を切り盛りしているらしく、彼の作る料理は全部絶品とのことで、見た通りこの人気ぶりだ。値段も手頃ということもあり、この込み合いぶりは納得が行く。

実は私も食堂のご飯を密かに楽しみしていた口だ。時折人混みに飲まれそうなのを、流されないように焦凍に腕を引かれながら、えっさほいさと前へ進む。

何にしようか迷っていたところ、じろちゃんも同じメニューで迷っていたので、片方ずつ頼んで半分こしようということで落ち着いた。

午前中の授業めちゃくちゃ普通だったよなーとか、午後の授業はなにすんだろうなとか、飯美味!めっちゃ感動!!とか、昼飯食べると午後の授業眠くならない?とか、くだらない話に花を咲かせながら、穏やかなお昼の時間が過ぎていく。

ランチの美味しさに大満足だったけれど、ランチの中に紛れていた苦手なグリンピースは私の天敵なので、焦凍の皿に気づかれないように避けていたが、隣から凄い視線を感じた。・・・絶対バレてる・・・。

焦凍の顔を見ずに頼んだぜと親指をたてたが、返ってきたのは皿に戻ってきたグリンピースだった。世の中世知辛い。食べてくれてもいいのに・・・。


「ぶふっ、グリンピース苦手なん?」

「笑わないでよ・・・。だって噛んだ後へんな汁でない?あれが苦手なんだよね。イクラも同様の理由で無理」

「ならこれと交換しようぜ。俺キノコ全般無理」

「ほんと?私キノコ好きだしいいよ。トレードしよトレード」



結託した私と上鳴。じろちゃんが呆れたように子供かと的確なツッコミをして来たが、気にしない気にしない。苦手なものは苦手なのです。



予鈴だね。

誰かの言葉を皮切りに順番に席を立ち始める。お手洗い行きたいなー。お手洗い済ませてから教室へ向かおう。

そう思ってじろちゃん達に先に行っててと声をかけると、ちゃんと教室まで行けるか?と焦凍に真顔で、真面目に質問された。

失礼な。教室くらい行けるよ。朝のあれはぼうっとしてただけだし。

結局じろちゃんと一緒にお手洗いに行くことになったのは、私には解せないのであった。









「わーたーしーがー!!普通にドアから来た!!!」



午後の授業が始まるまでまどろみに身を委ねてようかな。
なんて呑気に考えていると、突然勢い良く教室の扉が開きオールマイトが現れた。

寝かけてたから正直びびった。
びびりすぎて頬杖から落ちてしまったよ。

トップヒーロであるオールマイトの登場に興奮と歓喜の声が上がり、教室内がざわつき始める。

相澤先生だったら今頃注意をしているだろうが、オールマイトは特に気にせず、鼻歌を鳴らしながら悠々と教壇前に立った。


・・・改めてこうして近くで見てみると、やっぱり迫力が違うなー。一人だけ画風が違うってのもあるけど。

ぼやけていた意識が彼の登場と教室の高揚した空気にあてられ、徐々に覚醒していく。

誰かが鳥肌が・・・!と言っているのが聞こえて、確かにと人知れず同意しといた。



「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地をつくる為様々な訓練を行う科目だ!!早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!!」



お、キタコレ。戦闘訓練待ってました。

後ろから聞こえた「戦闘・・・・・・」と呟いた爆豪の声と鋭い視線はシカトしておく。
どうせ笑ってるんだろうな。殺人犯みたいな顔をしてさ。

顔を見なくても今彼がどんな表情をしているか、想像だけでわかってしまった。



「そしてそいつに伴って・・・こちら!!!」

「おおお!!!!戦闘服!!!」

「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!!」

「はーい!!!」



皆の元気の良い返事を聞いたオールマイトが、気を良くして教室から出て行った。それを見送った後、興奮が冷め切らないまま順次戦闘服を取りに行く。

戦闘服は入学前に送った個性届けと要望に沿って作られているらしい。
見る前から楽しみだ。あー早くこの目で拝みたい。

授業も大事だけどこういうのも大事だよね。格好から入るっていうのかな。テンション天上げだよ。



「ん、お前の分」

「おっ、気が利きますね。ありがと焦凍」



ついでに私の分もとって来てくれたらしい。
優しい幼なじみにお礼を言ってありがたく戦闘服を受け取る。



「焦凍は戦闘服の要望どんなのにした?」

「後で見るだろ」

「それもそっか」

「佐保、早く着替えに行こ」

「はーい。じゃあ焦凍、後でね」



私の出席番号が書かれた戦闘服の入った鞄を大事に胸に抱え込んで、私はじろちゃんと一緒に更衣室へと駆けて行った。