個性把握テスト

  世界は理不尽に満ちている。
 中国の軽慶市での「発光する赤児」が報道されて以来、世界各地で超常現象が報告され、世界総人口の約8割が超常能力“個性”を持つに至った超人社会に至った。“個性”の発現に伴って、差別や偏見は加速したという見方もされている。
 私の生い立ちは幸せなそれとは違って、少々複雑だ。世界の理不尽を、不条理を嘆くことはなくはない。それでも、世界で誰よりも自分は不幸だ、だなんて言わない。
 理不尽な世界の中で、誰もが戦っている。自分を守るために、必死に。人間なんて、所詮自分が一番かわいいものだ。


 だけど、この世界で、唯一。自分は二の次の存在が在る。




 雄英高校ヒーロー科。ここを受験した理由は単に保身の為だった。私に敵意はないということの証明のために。でも、雲の上の人たちはそうは思わなかったらしい。私には制限-リミッター-がかけられているにも関わらず、だ。齢15の少女に対して随分な待遇だ。
 そして、1年A組の担任は“あの”≪末梢ヒーロー イレイザーヘッド≫ときた。さっきから視線がとんでもなく熱い。

「リミッターは一時解除だ。お前の実力を測るためだ。本気でやれ」

 ぶっちゃけると、とにかくめんどくさい。こんなに面倒なら何もヒーロー科じゃなくて良くない?本気を出したら、恐らくトップの成績を残してしまう。最下位の者は除籍処分となるならば、狙って最下位を取って早々に辞めるという手もある。
 一種目目は50m走だ。個性を使えばぶっちゃけ一瞬で駆け抜けられるし、元の運動神経も悪くはない。かなり手を抜いて走ると、まあ、凄まじい視線が背中に刺さる。あの人のあの性格ならば、こんな舐めプは即行除籍処分にしてくれるに違いない。間違ってもその性根を俺が叩き直してやる、だなんて熱血クソ野郎タイプではない。
 握力、立ち幅跳び、反復横跳び、ボール投げ、持久走、上体起こし、長座体前屈。それら全てをなぁなぁにこなし終え、イレイザーヘッドからの視線はあんなに熱かったのに今は冷え切っている。地味目なもさもさ頭くんなんかより、よっぽど評価の低い私をクラスメイトが憐れに見ている。そう、これでいい。

「ッソが…!!舐めてんじゃねェェェエエエ!!」

 唐突に、突然に。クラス中の何とも言えない気まずい沈黙を破ったのは、口が悪い爆破の個性の男子。女子相手に、女子の顔面に、グーで、全力で、なんなら個性の爆破までして。あれ食らったら痛そうだなぁ、なんて考えるより先に体が動いていた。
 パチっと静電気のような音。そして一瞬私の身体に紫電が這った。まばたきを一度するくらいの時間で私は狂暴な彼から距離を取っていた。先程とは違う沈黙が場を包み、小声で話す声が次第に聞こえ始めた。クラスメイトとも離れた位置に移動してしまったため、その内容は聞こえないが、粗方のことは何となく察しが付く。
 雄英高校のヒーロー科といえば、国立の全国屈指の、否 ナンバーワンの学校である。そこに入学した者であるならば、善良で公正、正義感溢れるような人柄の人物が多いことは簡単に推測できる。そして、ヒーローに対して絶対的な憧れと自分も同列になるのだというプライドを抱いている。きっと狂暴な彼は私の結果がヒーロー科に見合わないと暴力に走って、この個性把握テストで好成績を修めた彼の攻撃を容易く躱してしまったことから本気で臨まなかったことへの反感が募っているのだろう。
 さて、どうしたもんかな。と思っていると、イレイザーヘッドに「時間は有限」と急かされて教室に戻ることになった。イレイザーヘッドは除籍処分について生徒を本気にさせるための合理的虚偽と語り、私すら除籍にはしなかった。これは、これまで通りの保護観察処分ということなのだろうか。
 まあ、それにしたってめんどくさいことに変わりはない。