side.Kirishima

  先日行われた個性把握テスト。そこでクラスで孤立してしまった女子生徒が居る。駒木円だ。
 駒木は個性把握テストの成績が振るわなかった。みんな運動に向かない個性なのだろうと考えていた。しかし爆豪が駒木に殴りかかったことで手を抜いていたことが判明した。目で追えないほどの俊足。個性は未だ不明であるが、あの爆豪の一撃を躱したのだ。
 非常に漢らしくなく、腹立たしい。他のクラスメイトも同様のようで、あえて手を抜いていたことに対してスポーツマンシップに欠けるだの、難しい言葉を使って批判を重ねていた。あれからしばらく経って事態は下火になってきてはいるので、あからさまな駒木へのキツい言葉は減った。それでも、彼女は休み時間になっても自分の席で静かに本を読んでいる。
 自ら一人を好むものもいるが、彼女のあれは孤独ではなかろうか。手を抜かれたことすら許して、彼女を孤独から救うことこそ真の漢らしさというものではなかろうか。ぐるぐると迷っている自分が一番漢らしくない。ええい。

「なあ、駒木。今日は昼メシどうすんだ?」

 思い切って声をかけた。芦戸に声かけるのと比べてハードルが高すぎる気もしなくもない。
 駒木はイヤホンを取り、本から視線を外して俺を真っ直ぐ見上げた。その表情はどちらかというとマイナスで、どんなことを考えているのかは読めない。

「……学食」

 初めて聞いた駒木の声は、芦戸の声より少し低くて、落ち着いたものだった。そういえば駒木は爆豪が殴り掛かっても、俺たちが良くない態度を取っても怒ったり泣いたり、感情を表に出さなかった。いつもどこかここではないところを見て、心底どうでもいいと言ったような、なんとも言えない無表情でいる。少し大人びているが、大人のそれとはどこか違う。

「お!俺もその予定なんだ。良かったら一緒に食わねぇか?」
「悪いけど、先約があるの」
「そ…っか、なんかわりぃな」
「貴方に謝る必要はないと思うけど。それと、無理して声かけなくていいから。ご厚意だけもらっとく」

 そう言って駒木はイヤホンを戻し、俺から本へと視線を移した。
 それが、1時間目と2時間目の間の休み時間のことだった。


「こちら、よろしいでしょうか?」

 俺と爆豪のいる隣の席を指さす女子生徒。制服から察するに、サポート科だ。今日は瀬呂たちとは別だし、快い返事を返す。八百万のような言葉遣いの少女は、どこかの令嬢のようだ。席に着いた彼女はしばらくして、「こちらですわ」と手を振る。その相手を見て、俺はんぐ、とスタミナ生姜焼き定食を喉に詰まらせた。
 駒木は挙動不審な俺をどこか冷めた目で見下ろしながら、両手に持ったトレーをテーブルにそっと置いた。カフェでやたら長い名前のおしゃれなサンドイッチにスープのセットは予想通りあの令嬢のような女子だった。そして駒木は意外にも小食なのか、スパゲッティを小盛とサラダのセットだった。令嬢のような女子ならまだしも、駒木は仮にもヒーロー科である。まさかそんなと思ったが、駒木はさも当然のように食べ進めている。
 食べながら、駒木は令嬢のような女子に向って微笑む。ついさっき初めて声を聴いたのに、令嬢のような女子に向かっては駒木はやけに饒舌だ。こちらが本来の姿なのかもしれない。
 正直なところを言うと、駒木が俺の誘いを断ったのはただの強がりだと思っていた。ひとりで食事を寂しくとるのだろうと、偏見を抱いていた。でもどうだ。目の前に広がっているのは仲良さげに談笑しながら食事を取る駒木。自分がどれだけうぬぼれた考えを持っていたかを思い知った。