最高のヒーロー

  爆豪は仮免試験に落ちた。轟も左に同じ。その日の夜、爆豪が緑谷を呼び出すのを、円は見ていた。だから、緑谷の服に自分の髪の毛を忍ばせ、テレポートの手筈を整えていた。

 本当はエンハンスの反動がキツくて、すぐに寝て休みたかった。それでも円が辛い身体を押して気になるのは、一重に爆豪が好きだからだ。好きだから、全てを知りたくなる。傲慢で自分勝手な思いと分かっていたけど、衝動は止められなかった。
 爆豪の一番を狙うところが好きだ。誰よりも一番に拘って、自分すら敵に回して追い込んで、そんなひたむきなところが好きだ。憧れを憧れで終わらせず、努力することが好きだ。プライドがエベレスト級なのも、マリアナ海溝級よりよっぽど良い。
 爆豪の爆破という個性が好きだ。メラメラと燃える彼らしい、派手な個性だと思う。爆豪の戦闘スタイルが好きだ。個性の使い方が器用で、クレバーな戦いをする。
 爆豪の器用貧乏なところが好きだ。一番に拘りすぎて、ヒーローとして教本通りの解答ができない。教本通りでつまらない円とは違う。器用すぎても気持ち悪いし、彼の人間らしさの詰まった性格だと思う。行き詰まった時、優しく包んであげたいと思った。

「テメェの憧れの方が正しいってンなら、じゃあ俺の憧れは間違ってたのかよ」
「何で!ずっと後ろにいた奴の背を追うようになっちまった!クソ雑魚のテメェが力をつけて、オールマイトに認められて強くなってんのに!なのに、なんで俺は……!」
「俺は…オールマイトを終わらせちまってんだ!!」

 爆豪と緑谷は幼なじみだと聞いた。典型的ないじめっ子といじめられっ子だったと。同じ人に憧れて、同じ道をたどって、気付いたら追い越されていた。プライドの高い爆豪には、耐えられないことだろう。
 円は神野の一件を、爆豪ほど重く見ていない。あの状況は仕方なかったと考えて、当たり前のように諦めていた。でもその間、爆豪は憧れの引導を渡す一端を担ったと、激しい後悔に苛まれていた。

「敗けるかぁああああ!!!」

 足技主体に変更した緑谷が、不意打ちのパンチャースタイルに変えた。爆豪の右頬に左の拳がさく裂する。なけなしのプライドから、爆豪がそう叫んで緑谷を掴んで爆破させながらマウントを取る。

「俺の勝ちだ。オールマイトの力、そんな力持ってても、自分のモンにしても、俺に敗けてんじゃねぇか。……なァ、なんで敗けとんだ」
「そこまでにしよう、二人とも」

 砂煙の中、オールマイトが姿を現す。オールマイトは爆豪に謝る。俯く爆豪の叫びは悲痛に満ちている。オールマイトは優しく受け止める。

「爆豪少年のように勝利に拘るのも、緑谷少年のように困ってる人間を救けようと思うのも、どっちが欠けていてもヒーローとして自分の正義は貫くことは出来ないと」

 オールマイトは爆豪を抱き寄せるが、振り払われる。構わずオールマイトは先を続ける。緑谷は爆豪の力に憧れ、爆豪は緑谷の心を畏れた。

「互いに認め合い、真っ当に高め合うことが出来れば、“救けて勝つ” “勝って救ける” 最高のヒーローになれるんだ」

 そしてオールマイトは語る。ワン・フォー・オールの起源と、オール・フォー・ワンとの因縁を。円は自分には過ぎた話だと、途中で自室へテレポートして戻る。
 今の爆豪にかける言葉を、円は持っていなかった。




 翌朝、登校の支度をせず共有部分の掃除をする、怪我だらけの爆豪と緑谷が居て、A組のみんなに騒がれていた。
 爆豪の言い分では、仮免試験に落ちた者と受かった者と、明確な差が出た。緑谷が最近個性のコントロールを掴み、実力を伸ばしていた焦りもあったが、明確なラインはそこだった。
 円は世間の批判を跳ね除け、合格している。爆豪の言い方をすると、勝者だ。勝者が敗者にかける言葉は無い。それに、爆豪なら敗者同士傷を舐め合うというのも、許さないと思った。




「お前、昨日居ただろ」
「…なんのこと?」
「しらばっくれんなよ。お前、バカじゃないんだから、オールマイトのことバラすなんて考えるなよ」

 オールマイトも監視ロボにも気付かれなかったのに、あの状況で聡い事だ。しらばっくれても無駄なようである。

「わかってるよ」
「俺ァお前にも敗けねぇ」
「一度も勝たせてくれないのに、よく言うよ」

 必殺技を編み出す中、何度も手合わせした。円は今のところ全敗だ。

「すぐに追いつく」
「うん」

 爆豪の手が、円が退院した日と同じように額の傷跡をなぞる。傷は肌色が少し違くて、ぷっくりしている。でも、言われてよく見ないと気付かない。
 そのまま滑って、昨日ジュリアに食らった頬の傷を撫でる。少し腫れているので、ちょっぴりピリつく。

「前にも言ったけど、私のヒーローの原点は、爆豪だよ。爆豪は私にとって、」
「恥ずかしいこと言ってんなや」

 私のヒーロー、とは言わせて貰えなかった。口下手なりに一晩考えて言葉を尽くしたのだが。でも、そういうところが爆豪らしい。

「早くしないと、置いてっちゃうよ」
「上等だゴラァ」






「なあ、爆豪。爆豪ってもしかしてさ…」
「あぁん?」
「イエ ナンデモナイデス」

 爆豪は誰に対してもだが、忌憚ない。だが、円に対しては、少し丸いというか構っているというか、空気が柔らかい。とんでもなく尖っている爆豪だからこそ、ちょっとした弛みが目に付いた。
 上鳴が指摘すると、目を直角に釣り上げたので黙る。助けを求めるように切島を見ると、よく分からなそうな顔をしている。なんで分からないんだよ。

「駒木と爆豪が出来てるっつー話!」
「えぇっ!?そうなのか!!?」
「わっかんね、俺の勘。爆豪質問すらさせてくれねーんだもん」
「神野区の事件のせいじゃなくて?」
「一緒に誘拐されて絆が芽生えた的な?爆豪に限ってナイナイ」
「いや、それもあるんだけどさ。駒木敵にヤベェ薬打たれて、AED使ってんだよな…」

 上鳴が仰天する。なんとなく触れてはいけないような気がして、他のクラスメイトもそこまで深くは知らない。想像以上の事態に陥っていたようだ。

「その時、アイツ駒木に戸惑いなく人工呼吸してたし、心臓マッサージも直だったし…」
「じんっ!?しんま……!?」
「なになに、何の話ー?」

 瀬呂がやって来たが、今はそれどころじゃないので追い払う。爆豪はデキる男なので、人命救助も器用にこなしそうだ。だが、人工呼吸は想像がつかない。
 しかも、相手が同級生の女子。共に誘拐され、助け合い。そしてマウストゥーマウスからの、ナマチチ心臓マッサージである。事態は上鳴の言う程余裕がなく、当時の切島は何も感じなかったが、後から考えると中々の漢ぶりである。同じ思春期男子として、爆豪と同じ対応を同じ速度ではできないと思う。

「俺は今確信した。あいつらデキてる」
「そう、なのか??」
「クッソー!おれも青春してー!」

 上鳴の叫びに、爆豪と円、二人揃ってくしゃみをした。




あとがき
これにてShe is improvement.(彼女は成長する)
新キャラのジュリアが登場しましたが、しばらく出番はありません笑
ヒロインの血縁なので、それなりに設定を作ってるので、そのうち出せると良いなと思ってます。

そして、とうとうヒロインが爆豪への想いを明言しましたね。
ヒロインの心配蘇生裏話は、書いていてとても楽しかったです。
次は死穢八斎會編なので爆豪の出番は少なめですが、頑張って出します。