駒木円 ライジング

  二人の円環の個性によって、周囲には放電された稲妻が走る。ピリつく空気を先に切ったのは、ジュリアだった。
 テレポートして円の下に入り込んだジュリアは、顎へ掌底を放つ。出しみ惜しみなく反動の強い筋力強化技であるエンハンスを使ってくるあたり、殺意はかなり高い。

「ヒーローが、殺すとか、言っちゃダメでしょうが!」

 円もエンハンスを使って対抗する。体を沿って掌底を躱し、バク転の要領で距離をとる。指を銃の形にして、エレクトロ・ガンでレーザー攻撃をするが、躱される。
 同族で同じ個性を同じメソッドで鍛えている以上、戦いは正しく一進一退だった。手の内をお互いが知っているため、どちらにも有効打はなくもつれていく。

「私がリンゼイの名を継ぐ!泥棒猫の娘のお前じゃなく、私が!!」
「どうぞご勝手に!私はリンゼイの名なんて要らない!私は駒木円だ!!」

 二人のエレクトロ・キャノンがぶつかり合う。実力は拮抗しており、攻撃は中和されて掻き消えた。

「だいたい、泥棒猫とは何!?女狐の娘が……!」
「なんですってぇ!!?」

 ジュリアが凄む。
 円環は電撃による中遠距離型だ。一応エンハンスという近接用の技はあるが、格闘術の心得のある魔法使いは稀だ。円はヒーロー科でそこそこの成績を取れるほど訓練しているが、本家のお嬢様であるジュリアがここまでやるのは予想外だった。
 頬に一発食らう。円も負けじと腹に拳を打ち込む。スタンガンのように電撃を食らわせるが、同じ電撃使いのジュリアに効果は無かった。やりにくい。

「ジャッジメント!!!」

 ジュリアが高らかに叫ぶ。円環の中でも超強範囲攻撃であるライトニングを、更に強化した技だ。古くから神は雷で審判を下していた。それになぞられた、神の一撃。それに相応しく、今までで一番の電撃の威力が溜め込まれていく。円を逃がさないように、雷の柱が乱立する。

「ここでそんな技使ったら、周りに被害が…ッ」
「お前を、殺す。一族に仇なすアリューシャを亡き者に……!」
「こンの…バカが!!」

 円を無数の雷撃が襲った。





「おい、ケバ女」
「ケバ…!?」

 爆豪のあまりの物言いに、円は絶句した。爆豪はヒトの名前を覚えないで、特徴から取ったあだ名で呼ぶことが多い。円は今までテメェとか呼ばれていたのが、神野での緊急時にだけ駒木と呼ばれた。名前を認知されていると思ったら、けばけばしい女呼ばわりだ。

「手合わせしろ」
「ハッ、ノシてやる」

 円は自分が強いという自覚があった。それに、確かに濃いメイクを好んでしているが、けばけばしいと言われる所以は無い。苛立ちと憧れがない混ぜになって、かつてないほど好戦的な二人が完成した。

「近接雑魚かよ」

 円は負けた。殺さない程度に電撃の威力は落としていたが、エンハンスも出し惜しみなく使った。気付けば円はマウントを取られていた。
 肩透かしを食らったような、神妙な顔で爆豪が吐いた。それからしばらく、円は爆豪に手合わせを頼みまくった。切島がドン引きするくらいに、激しい手合わせを沢山した。





「プルス……ウルトラ!!!」

 試験終了のブザーとともに、円がジュリアを組み敷く。円環を同期させ、円が個性を使用しない限り、ジュリアも個性を使えないようにする。

「なんで生きて……」
「あれ程の規模のジャッジメント、周りに危害が及ぶから、相殺させてもらった」

 ジュリアが放ったジャッジメントに対抗するように、円も同じ技をぶつけていた。威力が足りず、少々食らってしまったが、そこは根性で動く。プルスウルトラの精神だ。
 相殺が出来るということは、相手の力を瞬時に判断し、それと同じだけの技をぶつける技量があることを示す。暗に、ジュリアより円の方が格上であることを指している。

「相殺…そんなことって。だいたい、あんな魔法……」
「ああ、最後の見えたのね。あれは私が編み出した新技。ヒーローやるなら必殺技の一つや二つ、必要でしょ?」

 最後、ジャッジメントの電撃のせいで、円のエンハンスは解かれた。その中で高速移動を可能とし、ジュリアの体勢を崩したのは、新技による効果だ。
 個性伸ばしで見つけた新たな可能性。炎系の技だ。爆豪からインスパイアされ、爆豪と手合わせをする中で盗んだ技。

「エクスプロージョン。爆破の魔法よ」
「二百年以上続くリンゼイの魔法の、新技…?」

 ジュリアの唇がわなわなと震える。Fを冠す人間が、アリューシャに負ける。本家の人間が、庶子に負ける。攻撃を相殺し、一族のメソッドにない新技を開発する。円は神童に違いなかった。
 いままで散々見下して蔑んでいた人間が、自分より優れていることに気付いた時の顔は、こんな顔をしているのか、と円はジュリアを見下ろす。

「駒木くん!無事か!!?」
「なんとかねー」

 終了の知らせを受け、飯田と障子が駆け寄ってきた。円はヘラっと笑って、ジュリアを取り押さえていた力を弱め、障子の助けで立ち上がる。

「私は駒木円で、円環ヒーロー サーグリッドだ。アンタもヒーロー志望なら、身の振り方考えた方がいいよ。今のアンタはヴィランだった」

 円を殺すだの、周りの被害をお構い無しに大技ブッパだ。周囲を気にして、被害を最小限に留めた円がヒーローで、自分の方がヴィランと自覚したようだ。ジュリアの顔が青くなっていく。

「行こう」
「良いのか」
「腹違いの姉妹の、きょうだい喧嘩だよ」
「そうか」

 障子に支えられながら、控え室の方へ向かう。エンハンスの反動で動けない円に、A組のみんなが心配して介抱してくれる。

「負けたんか」
「勝ったに決まってるでしょ」
「そォか」
「…誰に教わったと思ってるの」

 結果待ちの間、爆豪と短く話す。最後のセリフを言った時の、爆豪のなんともいえない、口をきゅっとさせた顔が忘れられない。
 電光掲示板に合格者の名前が並ぶ。円の名前は、あった。


 正直期待して無かった。公安委員会が円を敵と判断している以上、世論の言うようにヒーロー資格を与えるとは思えない。円がいくらヒーローとして模範的な行動をしようと、公安が握りつぶすと思っていた。
 今回の試験は危機的な状況で、どれだけ間違いのない行動をとれるかが試されていた。円にだけ、敵だと怒鳴った人が複数人いたのは、彼らの迫真の演技なのか、ボロを出させようとつついた公安の画策か。
 それに、ジュリアの一件もある。避けようのない状況とはいえ、私闘を行ったのは円も同じ。これ幸いと、落とす理由にされると思っていた。

「受かった……!」

 合格するということは、公安からの信用をもぎ取ったと考えていい。ヒーローに足るものだと、評価されたのだ。円は目元に涙を滲ませる。
 配られたプリントには70点とある。私闘における減点がほとんどで、それ以外は迅速な判断と被害を最小限に留めたことが評価されている。

「これから緊急時に限り、ヒーローと同等の権利を行使できる立場となります。しかしそれは、君たちの行動一つ一つに、より大きな社会的責任が生じるということでもあります」

 目良はオールマイトという平和の象徴の終焉と、犯罪への抑止力を失ったことを述べる。これから横行すると予測される犯罪に翻弄された、円たちの世代が台頭する時がくる。その時、ヒーローとして規範を示し、抑制できなくてはならないと続けられた。
 そして、不合格者への三ヶ月の研修による救済措置が挙げられた。受験するに当たり、可能な限り情報を集めた円も知らない、異例のことだ。
 オールマイトの引退がなければ、きっと無かった。それは円の合格にも言えることだ。次代のオールマイトの育成、それを公安は狙っているのかもしれない。