天に電話が繋がらなくなって、1週間経った。

はじめは、全然気にしていなかった。多忙な芸能人で、しかも無精な天のことだ。何かに集中するためにスマホの電源を切っているのだろうと。実際、そういうことはこれまでにも結構あって、私もそんなにマメな性格じゃないから、そのまま放置していた。

3日経ち、少し焦り始めた。病気や怪我で倒れてるんじゃないか……と心配もしたけど、そんなことがあったら事務所の人やマネージャーさんがすぐに見つけて対処してくれるだろう。そんな折、生放送にTRIGGERが出ているのを見て、少し安心した。……いや正直、元気なら電話出てよってモヤモヤした気持ちもなくもなかったけれど。それでもとりあえず生きていることを確認できて、しばらくはこのままそっとしておくのがいいだろうと判断した。

5日経ち、違う心配が出てきた。……えっこれもしかして私フられたのでは?!という。いくら電話をかけても出ないし、かけ直しても来ない。ラビチャも既読にならない。相変わらず、テレビやラジオには生放送でも出ていて、愛想良く喋っているから健康上の問題はなさそうだ。
じわじわと、絶望的な気持ちが私を侵食し始める。私達は元々、対等な関係なんかじゃなかった。つきあい始める時こそ、天の方から告白してくれたけれど、それ以降はずっと、私の方が天のことを一生懸命追いかけて、つなぎ止めているような状態に感じていた。デートだってそうだ、いつも私の方から誘っていて、天から誘ってくれたこと、あっただろうか。考えれば考えるほど、天が私を捨てる理由が思いつきすぎて。
そう思うと、この数日、天を心配して鬼電したり、ラビチャを送りまくっていたことに対しての後悔が襲う。私、思いっきり重い女じゃないか……!?
それでも、もう連絡が取れないのだから何もかもがしょうがない。追いかけようもないし。もう、諦めるしかないんだろうな、と、流れ出る涙を拭うしかなかった。

そして、1週間、経った。
私は、心配とはまた違う感情を覚えていた。それは、

「いや、フラれたにしても、いきなり音信不通って、ちょっと非常識すぎない……?」

怒り、だ。

私にだって、プライドや、最低限の自尊心はある。誰にだって、天にだって、私を踏みにじる権利なんてない、のだ。
……本当は、この感情が、見捨てられた悲しみから目をそらすためのものだと、自分でもわかっているけれど。

「天なんて、もう知らないっ!私は一人で生きていくんだからっ!」

そう、独り言を言った、その時だった。

ガチャガチャと、玄関のドアから鍵を開けようとする音が聞こえてきた。一瞬頭がパニックになる。まさか、泥棒?!押し込み強盗?!この部屋の鍵を持っているのは、私と、あと実家のお母さんと、あと、えっと……

「て、天?!」

呆気なく開かれたドアから顔を覗かせたのは、そう、紛れもなく、美しく天使のような顔の男、つまり、天、その人だった。

「……なに、幽霊でも見たような顔して」
「だ、だって、私、天にはもう振られて、」
「はあ?」

天は思いっきり呆れ顔をして、当たり前のようにドサッとソファに座った。私たち二人が、飽きるほど一緒に座ったソファだ。

「いつ僕が君を振ったの」
「それはその、だって1週間も連絡、つかなかっ、たから……」
「……それで不安になったの。キミってほんと、可愛いよね」
「なっ……!」

天は意地悪に笑って、それからすぐに、少し眉を寄せて目を泳がせた。

「……僕の、所為だよね。ごめんね」
「そっそんな、」
「不安にさせるつもりじゃなかった。でも、言い訳してもしょうがないよね」

そう言うと、天は何やら鞄の中をガサゴソと探った。そして出てきたのは、見覚えのある天のスマホと、もう一つ、見覚えのない、真新しいスマホだった。

「水没、しちゃったの。幸い、すぐ新しいのを買えたから、仕事には支障なかったけど。……どうしても仕事が詰まってて、名前に知らせることができなかった」
「な、なんだ……!安心しちゃった。私ってばてっきり、天がついに愛想尽かしてフられたのかもって……すっごく、怖かった……」
「……僕がキミを、フるだなんて、そんなことあるわけないでしょ」

天はゆっくりと、こちらを見た。不安なんて、恐怖なんて、怒りなんて、もう感じない。ただ、天がここにいるという、安心感だけだ。私の隣に天がいる、そう思うだけで、暖かくて、心地よい、不思議な感覚が私を包むのだ。

「じゃ、じゃあ、まだ私、天と一緒にいても、いいの……?」
「……そんなの、いいに決まってるでしょ」
「本当に……?」

私はまだ、信じられなくて。天がまたいなくなってしまうのではないかと、またあの絶望感を味わうことになるのではないかと、悪い想像ばかりしてしまうのだった。そんな私を、天は知ってか知らずか、ハア、と呆れたようにため息をついた。……かと思うと突然「ああもう!」と言って、髪を掻き乱し始めた。突然のことに私は、驚きを通り越して唖然としてしまう。

「キミと連絡が取れない1週間、地獄みたいだった」
「天……?」
「キミを僕が振る、だって?そんなのありえないよ。僕がそんなの許さない。僕がそんなの、耐えられない。だってこんなに、僕はキミを欲しているのだから」

天の声は、まるで泣いているみたいだった。顔は見えないので、ただの想像だけど。でもきっと、天の泣き顔は天使のように美しいのだろう。

「ごめんね、私、すごく勘違いしてたみたい……」

天は顔を上げた。穏やかに微笑む彼の目元は微かに潤んでいた。

「……違うんだよ。悪いのは僕だよ。スマホの故障なんてしょうもない理由で、キミを不安にさせてしまった。なのに、キミの不安も気遣えないくらい、僕が不安になっちゃったんだ。……それに、こんなことでもないと、愛の言葉を伝えられないなんて、恋人失格だよね……?」

自信なさげに微笑む天を、私はぎゅっと抱きしめた。器用で、不器用で、子どもで、大人で、ちぐはぐで愛おしい彼を、腕の中に感じて。





僕らを繋ぐのは電話でもメールでもなくて、






2021/2/14
じつは、これの二人だったりして……

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