怖い先輩



最近始めたファミレスバイトには、とても怖い先輩がいる。

まずとてつもなくむやみやたらにデカい。制服は丈が足りておらずつんつるてんだ。電球を変えるのに脚立を使っているのをみたことがない。ただ背が高いだけならいいのだが、なんていうか、圧がすごくて威圧感がある。がっちりした体型は、まるで壁のようだ。力も強いみたいで、他のバイトがいつも数人がかりで運んでいる食材を、あっという間に一人で運んでしまう。怖い。

次に、全く表情が変わらない。いつもむすっとしていて、鋭い眼光で何かを睨んでいる。多分、いつも怒っている。いつも不機嫌。背の高さも相まって怖い。あと声も低くて怖い。

次に、仕事が完璧すぎる。ミスをしたところを一度も見たことがない。先輩だってただのアルバイトのはずなのに、社員はわからないことをいつも先輩に聞いている。先輩と一緒のシフトの時は、ミスをしちゃいけないと緊張しすぎて逆にミスが増えてしまう。いつも嫌味みたいに完璧に仕事をこなしていて、超人みたいで怖い。

上記の理由で、私はその先輩が苦手だ。でかくて怒ってて完璧すぎて、怖い。その先輩——牛島先輩とシフトが被ったときは、できるだけ空気になって、できるだけ存在感を消して、バイトの時間を何とか凌いで過ごすようにしているのだ。





「……って、あー!間違えた……!」

いくらミスしないように気をつけていても、人間誰だってミスをする(牛島先輩以外)。レジを終えて一息つき、先ほど帰ったお客さんの伝票をなんとなく眺めると……ドリンクが二重に打ち込まれていることに気付いた。ひゅっと喉が鳴り、背筋が冷たくなる。これはつまり、お客さんがお金を払いすぎてしまったということだ。色んな社員や店長の怒った顔が脳裏に一気によぎった。そして最後に思い浮かんだのはもちろん、一番怖い、牛島先輩の睨んだ顔だ。
お客さんはさっき帰ったばかりだから、走れば追いつけるかも……!と縋る思いで玄関の外を見た、その時だった。

「今、行って返金してきた」

自動ドアが開き、店に入ってきたのは、既にお客さんの元へ走って追いつき、返金した上で店に戻ってきた牛島先輩の姿だった。

「え、も、もう行って下さったんですか……?!」
「ああ。あの客の伝票は間違っていると思ったのでな」

……それって、私がミスるのを予見してたってことですか。牛島先輩は、こうやって私のミスを必ずカバーしてくれる。そして、必ずこういう嫌味を言うのだ。むかつく。そして怖い。牛島先輩の鋭い眼光に射貫かれる度、私は責め立てられているような気がして、身がすくんでしまうのだ。

「すみません……でした……」
「俺が返金したのだから、問題ないだろう」

牛島先輩は、それだけ言って、厨房の方へ行ってしまった。はい、わかりますよ。完璧超人の牛島先輩に比べたら、私なんて、いる価値のない、クズバイトですよね。にじむ涙をなんとか堪えながら、できるだけ牛島先輩の視界に入らないよう、できるだけ空気のような存在感で、時間が過ぎるのを祈った。

(2020/8/30)




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