青天の霹靂
「お疲れ様ですー」
「おー苗字さん、お疲れー」
シフトを終え、裏で着替えを済ませる。店内の客はまばらで、今日はいつもよりも早く帰ることになったのだ。店の経営上仕方がないとは言え、こちらも生活のためにアルバイトしてるのになー、なんてぼんやり考えながら店を出る。でも、今日は変なミスしちゃったし、できるだけ早く帰りたかったし、ラッキーと言えばラッキーだ。それに、いつも夜までのシフトのことが多いので、夕方に店を出るのは少し新鮮な感じがした。今から帰ればゆっくりテレビが見られるぞ、とちょっとるんるん気分で歩き出す。
「じゃ、お疲れ様です」
「ハイお疲れー」
後ろからそんな声が聞こえて、思わず振り返った。そして次の瞬間には、振り返ったことを後悔した。
「おお、苗字か」
「あ、う、牛島先輩、お疲れ様です……」
うう……まさか、あの、怖い怖い牛島先輩と帰りが被るなんて、盲点だった。一緒に帰ろうなんて和やかな感じになるはずもなく、私は牛島先輩に追いつかれないようすぐ前に歩き始めた。数歩後ろに、牛島先輩の威圧感のあるオーラを感じる。いくら早歩きをしても、一向に距離を離すことができない。コンパスが違うから当たり前だと途中で気付いたけど、今更歩みを遅めて追い抜かしてもらうのも変だ。牛島先輩、家どっちなのかな。一刻も早く離れたい。そこの角曲がってくれないかな。うわ、まだ同じ道なの、結構近くに住んでるんだ、嫌だなあ。え、ここの角も曲がるの?同じ方面?マジで?ストーカー……っていう感じでもない。え、うそ、私もう家ついちゃうけど、牛島先輩早く追い抜かして先に行ってくれー!と思いつつ、マンションの階段をのぼ……って、え?え?!
「えーーーー?!?!?!」
「む?急になんだ、大きな声を出して」
「牛島先輩、私のこと追いかけてます?!」
「そんなわけないだろう。俺は自分の家に帰ってきただけだ。……む、そういえば苗字、俺の家で何をしている?」
「お、俺の家、って……」
嘘でしょ……?私は悪夢みたいな現実に愕然とする。
「私の家、でもあるんですけど……」
「おお、そうか。奇遇だな。では俺はここで失礼する」
牛島先輩は立ち止まり、ドアノブに手を掛けた。世間って、狭いんだな。どうして、よりにもよって、一番怖くて、一番嫌いな先輩が……
「わ、わたしも、ここで……」
お隣さんだった、なんて!
(2020/9/13)
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