羨みながら見ているだけ、というのが想像以上に辛いことをつばさは知った。では、突然クラスメイト(しかもまったく親しくない)の号泣を見せつけられたなら、果たしてどんな気分になるのだろうか。

「……ご、ごめん」
「えっ……あ、大丈夫……」

 泣いた後の不意に冷静さの戻る瞬間。その際の居た堪れなさに、つばさはついつい頭を下げた。
 見たまんま正直な感想を言うと、孤爪は結構な度合いで引いているように見えた。そりゃそうだろうとも。大丈夫、傷ついてなんかいない。
 孤爪はつばさが泣いている間、特に何をするわけでもなかった。ただそこに居ただけ。それを人が何と評するのかは知らないけど、少なくともつばさにとっては、逃げないで止まってくれただけで随分と救いになった。
 ひとりで泣くより、ずっと良かった。

「……あの、音羽さん……」
「は、はい」
「……敬語、いらない」
「あ、うん」
「……えっと……今大丈夫になれないなら、何か他の方法を探せばいいと思う」
「え?」
 
 他の方法って、つまりどういうことだろう。

「攻略法は、ひとつじゃない」

 ぽけっと口が間抜けな形になったのがわかった。攻略法って、そんなゲームみたいな。

(え、ここ笑うところ?)

 しかし孤爪はいたって平然としていて(若干挙動不審ではあるけれど)、「まさか冗談ですよね?」なんて茶化せる雰囲気ではない。

「む、むりだよ。だって私は運動がしたくて、でもできなくて、それが嫌なんだよ」
「代わりになるものを見つければいい」
「か、代わり?」
「音羽さんは運動が得意だから好き、なんだよね?」
「え、あ、うん」
「なら、他の得意を好きになれば、少しは大丈夫になると思う」

 ――こ、孤爪くんがめっちゃ喋ってる……。
 つばさは呆気に取られて目を瞬かせた。
 ――なんだこれ、幻聴かな。いやいやいや、幻聴ちがう。目の前の光景をまず素直に受け止めよう。そして考えよう。

「……私の他の得意って、なに?」
「え……ごめん、それは知らない……」
「だ、だよね……」

 あはは、と間を保たすようにつばさが笑い声を零すと、それと同時に昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。次は確か算数だったはずだ。つばさは途端に憂鬱な面持ちになった。ああ、机に向かいたくない。今日もすぐ寝落ちしそうだなあ、と頭の隅で考えながら、くるりと孤爪を振り返った。

「教室戻ろっか」

 しかし孤爪はその場で二の足を踏む。

「音羽さん、先戻って……」
「え、なんで? 同じクラスなのに」

 行き先が同じなのに、どうして一緒に行かないのか。つばさとしては至極真っ当なことを言ったつもりだったが、孤爪にとってはそうではなかったらしい。彼はとんでもないと言わんばかりにふるふる頭を揺らした。つばさは呆気にとられながら「やっぱり私より髪長いよなあ」とぼんやりそれを眺めていた。

「その……音羽さん、すごく目立つから」

 あんまり、一緒にいたくない。
 そう小声で囁かれ、つばさは束の間言葉を失った。頭の中が真っ白になるってこういうことか。

「え、一緒にいたくないの……?」

 そんなに? そんなに嫌? いまだかつて言われたことのない台詞の衝撃に、つばさの脳内は大パニックに陥っていた。脳内イメージでは複数のミニつばさがしっちゃかめっちゃかに右往左往している。台詞にするなら「ナンテコッタえらいこっちゃ」という感じである。
 ――いやいやいや、そんなことはどうでもよくて。
 ――え、あれかな、孤爪くん、実は私のことが嫌いとか、そういう感じ……?

「あの、別に音羽さんが嫌とかじゃなくて……」

 頭の中どころか全身が真っ白な灰になって風に攫われそうになっていた頃、見兼ねたらしい孤爪が戸惑い気味にそう訂正を入れてくれた。よかった、どうやら嫌われてはいないらしい。露骨に安堵したつばさに孤爪もホッと息を吐いていた。
 孤爪は「目立つ」つばさと一緒にいたくないと言っていた。
 ――私ってそんなに目立つかな……? 
 確かに、友達は多いほうだと思うが。まあ、孤爪は照れ屋さんだから、あんまり知らない人と話すのは苦手なのかもしれない。それなら無理に引っ張っていくのも悪いかな、とつばさは脳内で完結した。

「じゃあ、私先行くね」
「あ、うん……」

 そろそろ時間が差し迫っている。つばさは以前のように走って滑り込むという真似ができないので、余裕を持って行動しなくてはならないのだ。
 とりあえず孤爪の要望に応える形でつばさは一歩を踏み出した。
 が、すぐに振り返る。
 ――危ない危ない、大切なことを言い忘れるところだった。
 つばさはびっくり顔の孤爪と目が合う。あ、そう言えば一番最初に見た時もこの表情をしていたな。つばさは不意に思い出した。あれはびっくりしたつばさにびっくりしていたのかもしれない。

「孤爪くん」
「え、なに……?」
「話、聞いてくれてありがとね」

 話聞いてもらったらね、ちょっとだけ大丈夫になったよ。
 そう笑いかければ、孤爪はパチリと猫のような大きな目を瞬かせる。そしてすぐにサッと俯いてしまった。そのためつばさからは孤爪の旋毛は見えるものの、その表情は長い前髪に隠れて伺えなくなってしまう。けれど、つばさはなんとなく孤爪が照れているような気がした。決して嫌がってはないと思いたい。
 
(照れ屋さんだなあ)

 またここで会ったら、話しかけてもいいのかな。つばさはそんなことを考えながら、ほんの数十分前とは比べ物にならないほど弾んだ足取りで教室へと向かった。
 


(今まで話したことがなかったのが勿体無いと思うほど、クラスメイトの孤爪くんは優しくて良い人でした。)


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