どこかの本丸の安宅切と竜田生駒の話

本編とは違う、どこかの本丸。
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「広光の御刀殿、聞いたか?」

この間来たばかりの、平蜘蛛釜と言ったか?
茶釜に珍しく付喪がいると思ったら、大層人間に好かれているらしい。
無遠慮な声。あまり聞きたくない。
良くないことが起こる前にしか聞かない嘲りの抑揚を伴って、人のいない小さな部屋に響く。

「長慶様が冬康様を呼び寄せたらしいぞ」
「なんだと?」
「謀反の疑い有りとして誅するらしいな。悲しいものよ、血の繋がった兄弟であるのになあ」
「そんな……!冬康様は謀反など企む方ではない!どうして長慶様は疑っておられる?!」
「はは、呑気なものだ。お主の主殿の計略と噂している輩もおる」
「……は、松永が讒訴ざんそしたと」
「真実は知らぬ!ふははは、それこそお主、広光の御刀殿が知っておるべき事ではないか?このような乱世のはかり事」

身体があったのなら感情に任せて平蜘蛛を壊していただろう。
目の前が眩む。

「呆れるほど良く口が回る。所詮、お前も同じ穴の狢。見ることしかできないのだから」

あの男が主君にそのような事を吹き込むところなど見ていない。
俺はあの男の蒐集品のひとつで、唯一無二の佩刀ではない。
ただ、他よりはよく連れ出されるだけ。
それだけだ。
俺に、何が分かるのか。

「弟君を御二人……一存様と実休様が立て続けに亡くなられて、平穏の間が無い人間の心が揺らぐのは世の常。主人を悪く言うと身に還るぞ」
「ほう、ほう!そうかそうか!御刀殿は主人想いのよい刀じゃ!還ってくるものならば面白い。還って来てみよ!ただの物に、言の葉など無意味。無いものと同じ。全ては人の執念よ!ははははは!!」

自分は人間に執着されているという驕りで肥大した思い込み。
浮かれた笑い声が、梅雨入り間近の空気と一緒に肌に纏わりつくような気がした。









「冬康様……」
「それは、安宅冬康のことでしょうか」
「?!」

本丸の端、日の当たる静かな部屋でまどろんでいた竜田生駒に声が掛かった。
飛び起きて見れば、すぐ横に安宅切が座している。気が付かなかったと酷く狼狽するのを見て優しく微笑んだ安宅切は、つい最近この本丸に来た新しい刀。

「あの方は紅葉のことも愛していましたか」
「な、あ、」
「ふふ、妬けますね」
「に、人間に対して何を言ってるんだ」

白い手袋を纏った手が、乱れた長い髪を掬って耳に掛けていく。
そうやってクスクスと静かに笑うこの刀は、顕現してすぐ、審神者の横にいた竜田生駒に一目惚れをしたらしかった。

「何の用だ?」
「特に何かあった訳では……強いて言えば、紅葉と話がしたかっただけですよ」
「話?」
「私に対して思うところがあるとは思いますが、大切なのは知ることだと言うじゃないですか」
「そんな、思うところなんて無い。俺はただの刀だ、間接的に安宅家を知っているだけで……」
「そうでしょうか」

覗き込まれた竜田生駒が反射的に仰け反ると、自然に背中に支える手が回る。
安宅切と顔が近いので身を起こせないが、背中に添えられた手に寄り掛かることも出来なくて、竜田生駒は中途半端に固まるしかない。

「安宅切」
「はい」
「近いからどいてくれ」
「はい、抱きしめても?」
「ど、どうしてそうなるんだ?!」

控えめに肩を押して無理に起き上がる。
安宅切はまだ微笑んだままで、竜田生駒が狼狽えるには十分な雰囲気をしていた。

「冗談ですよ、半分だけ」
「半分?」
「お手をどうぞ」
「自分で立てるから問題ない」
「私が手を貸したいので」
「……そう」

安易に左手を差し出して後悔するのは、その後広間に行くまで離されなくなってからだった。







おわり。