ぱちり。目を開けると暗闇が視界に広がる。頭まですっぽりと被った布団の中で朝の寒さに震えながら体を丸めた。だが布団の隙間から差し込んでくる明るさに起きなきゃ、ああでもまだ、と寝ぼけた頭で葛藤する。
私は朝がとても弱い。よく寝るからである。そして寒さにもとても弱い。目が覚めてしまうからだ。
まだ寝ていたいけれど生憎今日はゆっくり二度寝している場合ではない。もぞもぞと芋虫のように身じろいで、顔だけ布団から這い出た。窓から入る日の出が眩しくて目を細める。
連れて帰ってきた男の子は結局昨日は目を覚ますことは無かった。酷い怪我だったし体が疲れていたのかもしれない。熱が出ないだけまだマシだという千代ばあちゃんの言葉に頷くことしかできず、何かあってもいいようにと男の子の隣に布団を敷いて寝ていたが、結局夜中起こされることも何も無かった。
さすがに今日は起きるかな、と視線を男の子の方へ動かすと、べっ甲色の瞳と目が合った。ぼんやりした頭で綺麗な色、と眺めていると、「あの、」と男の子が声を発した。
ーーん?男の子が?ーー
「ちっ千代ばあちゃん!!!めめっ、目ぇ覚ました!!」
ガバッと上体を起こして隣の部屋で寝ている千代ばあちゃんを起こしに行こうと立ち上がると、寝起きで足がもたついてびたん!と派手に転ぶ。顔面も男の子からの視線も痛かったがそのままヨタヨタと起き上がり何とか隣の部屋まで辿り着いた。
「千代ばあちゃーー」
「朝っぱらから大きい声出すんじゃないよ。分かったから着替えてらっしゃい」
「ははっはい!!」
着替えに自分の部屋に向かおうとしたが、ぽかんと口を開けたまま固まっている男の子に気づき足を止める。そのまま踵を返して男の子の横に膝を着き、枕元に置いていた水差しを差し出した。
「はい、喉乾いたよね。お水飲める?」
「あ、えっと、う、うん…」
「あっ、腕も怪我してたね。体起こせる?ゆっくりね」
「…っ、う、」
「痛いよね、無理しないでね。はい、ゆっくり飲んでね」
背中を支えながら体を起こさせ、水差しを男の子の口まで持っていく。そっと傾けると喉が乾いていたのかコクコクと喉を鳴らしながら飲み干した。ほっと安堵の息を吐いてちょっと待っててね、と伝え今度こそ着替えに自室に向かった。
寝癖と闘って着物に着替えてから戻ると、千代ばあちゃんが男の子の布団の横に膝をついて口の中や瞳を覗き込んでいた。まるで病院の先生みたい。そういえば千代ばあちゃんはすごいとこで働いていたと言っていたがもしかして病院だったりして。
少し離れたところからソワソワしながら眺めていると、千代ばあちゃんがこっちを振り向いて手招きした。
「骨が何本か折れてるけど異常はないみたいだね。口ん中切ってるから暫くはお粥生活ね」
「ヒィ…聞いてるだけで痛そう…」
「あ、あの、」
聞いてるだけで痛そう、と顔を顰めていると、男の子がおずおずと声をかけてきた。もじもじと言った方がいいだろうか。なんだかその様子が小動物みたいで可愛くて、思わずずいっと身を乗り出した。
「なになにっ?」
「!!っ、あ、あの、君が、助けてくれたって聞いて…あ、ありがとう!」
「連れて帰ったのは私だけど手当してくれたのは千代ばあちゃんだよ。お礼なら千代ばあちゃんに言ってね」
「あっ、ありがとうございます…!」
「さっき聞いたよ。それに、この子が連れて帰らなかったら手当すらできなかったよ。何か食べれそうなもの作ってくるから、話し相手になったげな」
ぽんぽん、と私と男の子の頭を順番に撫でて千代ばあちゃんは厨の方に行ってしまった。いつもならお手伝いするが話し相手にと言われたのでこのままここにいることにしよう。厨から男の子へと視線を移すと、ぱちりと目が合う。
「あ、無理して起き上がってなくていいよ。あちこち痛いでしょ?寝てなよ」
「ううん、大丈夫…あの、名前聞いてもいい?」
「あ、自己紹介がまだだったね…私は憂」
「憂ちゃんかぁ…えへへ。俺は善逸っていうんだ」
「善逸くん…無理やり連れてきちゃってごめんね。お家の人に連絡しなくて大丈夫?」
「…大丈夫。俺孤児だから」
「孤児…そっか。私も似たようなものだよ!千代ばあちゃんに拾われたの!」
一緒だね!と笑いかけると目を丸くして頬っぺたがじわじわと色づくように赤くなっていく。年齢的に思春期っぽいし照れ屋さんなのかな。可愛くてニコニコしていると、善逸くんがまたももじもじしながら口を開いた。
「あ、あの、憂ちゃんは何か好きな物とかある?」
「好きな物?ううん…何だろう…甘いものかなあ」
「!俺も甘いもの好き!…あの、じゃあ、今度一緒に食べに行かない?」
「いいの?私甘味屋さん行ったことないんだぁ。善逸くんの怪我が治ったら行こうね」
あちこち痣だらけでボコボコに腫れているが、漸く善逸くんは顔を緩ませて笑みを浮かべた。こんな幼い男の子にここまで怪我させるなんて、この時代では普通のことなんだろうか。現代ではやれ体罰だの虐待だのですぐ捕まってしまうのに。
へにゃりと笑う善逸くんの頬に手を伸ばし、手のひらで痛々しい痣をそうっと撫でる。途端に彼の肩がものすごい勢いで跳ねたが、びっくりしただけのようなので構わず撫で続けた。
「痛いよね。ごめんね、変わってあげたいけど、何もできない…」
「そっ、そんなことないよ!憂ちゃんは俺を助けてくれたじゃん!それに、女の子にこんな怪我変わってもらうなんて絶ッ対ダメ!俺は男だから大丈夫!」
ぶんぶんと頭を大きく横に振って断固拒否されてしまった。男の維持でもあるのだろうか。しかしこんな年下の男の子に女の子扱いされた。いやまだ(元)現役花の女子高生なので女の子といえば女の子なのだが。現代の男子からはなかなか有り得ない扱いに少し擽ったくなる。
「何二人して照れ照れしてんだい」
何だか照れ臭くて二人してもじもじしていると、千代ばあちゃんがほかほかと湯気のたつお粥を持って戻ってきた。湯気を見ただけでぐう、とお腹を鳴らした善逸くんに、千代ばあちゃんと二人で笑った。
「へぇ、善逸というのかい。男らしい名前じゃないか」
口の中の傷が痛むのか時々顔を顰めてはいたが、それよりも腹が減っていたらしく、善逸くんは多めに作られたお粥をぺろりと平らげた。やっぱり男の子は食べる量が凄いなぁ、と感心しながら厨に下げに行き、戻ってきたらちょうど千代ばあちゃんが怪我の具合を見ながらお話していた。
「へへ、そうかな、ーーっ!イデデデデ!!!」
「あらあら、こりゃ酷いね。皮がこんなにーー」
「イヤアアア!!やめて!!それ以上言わないで!!皮の時点で聞きたくないいい!!」
「なんだい情けないね。男らしいのは名前だけかい?…あら、ここもこんな、」
「やめてええええ!!!痛さが増す気がするから何も言わないでえええ!!!」
包帯を変えながら傷口の状態を口にする千代ばあちゃんに善逸くんは顔面蒼白になりぎゃあぎゃあ喚き出す。男だから大丈夫じゃなかったんかい。
「それだけ元気なら大丈夫そうだね。…怪我はともかく」
「エッ!!俺そんな重症なの?!!だからこんなあちこち痛いの?!!」
「怪我自体は重症だが飯も食えて元気があるなら大丈夫さ。治るまでここにいていいから、安静にするんだよ」
「えっ、で、でも俺…」
千代ばあちゃんの言葉に善逸くんが驚いて目を見開く。だがすぐにおろおろと自信なさげに視線を泳がせ出すものだから、千代ばあちゃんがため息を一つ零し、善逸くんの肩に手を置いた。
「私が怪我だらけの童を放り出すような冷たい婆に見えるのかい。下らない遠慮なんかしてないで、大人しくいなさい。…何か訳ありなんだろ」
「!!だ、だから、俺がいたら迷惑をかけるかも、」
「子供は大人に迷惑かけるもんだよ。ちなみに憂もある意味訳ありさ」
「エッ!!そうなの?!」
「そうだよ」
時代レベルの迷子というのは充分訳ありだろう。本当に千代ばあちゃんには頭が上がらない。善逸くんのことだって、せめて怪我が治るまではここにいさせてあげてくれないかとこちらが頼むより先に本人に同じことを話した。ほっと安心する反面人が良すぎて心配でもある。
未だおろおろしている善逸くんの横に膝を着いて怪我だらけの手をそっと握ると、びくりと一瞬震えた。
「早く怪我治して、甘味処連れてってくれるんでしょ?」
「憂ちゃん…」
「おや、あんなにぎゃあぎゃあ泣いてたくせに、そういう誘いはいっちょ前に早いんだねぇ」
「ーー!!」
「泣かせるんじゃないよ」
顔を真っ赤にした善逸くんの頭をくしゃっと撫でて、千代ばあちゃんは私を拾ってくれた時のように優しい顔で笑った。
水火も辞せず
Petrichor