あと1秒だけ、
ボクの隣で。
 教室の中はすっかり静かになってしまった。
 柔らかな日差しがさす窓の向こうからは、卒業式という解放感からか人目も憚らずはしゃぐ生徒たちの声が聞こえてくる。
 僕はこの一年間を共に過ごした席で頬杖をついたまま、その光景を眺めていた。
 が、それは不意に吹いた風によって遮られた。窓際のカーテンが揺れる。カサリと僕の頬に当たって、また吸い込まれるように元の位置へと戻っていった。

「ねえ、葉くん」

 耳元で甘く囁くように僕の名前を呼ぶ、女の子。紺のセーラー服を纏った彼女の名は、可奈子。

「卒業式なのに、誰ともお別れしないの?」
「別に、仲の良い人とかいないし」
「寂しいねえ」
「誰のせいだと思ってんだ」
「え、まさか私?」
「そのまさかだよ」

 意外そうな顔をする可奈子にため息を吐く。

 彼女と出会ったのは、僕が高校に入ったばかりの頃。放課後の生物室でのことだった。

『君、私のことが見えるの?』
『……見えるけど、なに』
『ほんとに……?霞んだり、変になってたりしない?』
『あんた何?まさか幽霊?』

 その時の僕はほんの、ただの冗談のつもりだったんだ。
 けれど僕の予想に反して、彼女は一つ頷いてから笑顔で言った。

『そうだよ、私は幽霊。死んでるの』

 何のためらいもなくそんなことを言う可奈子が可笑しくて、思わず笑ってしまったのを覚えている。
 今思えば不謹慎だったのかもしれないけれど、可奈子は何も言わず一緒に笑ってくれていた。

『ねえ、君の名前は?』
『よう、漢字で葉っぱの葉って書いてよう』
『私はかなこ、漢字はね、これ』

 そう言って可奈子はポケットの中に入っていた小さなノートを見せてくれた。その表紙には端っこに小さく【小松 可奈子】と書かれていた。

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