翌朝(昼過ぎだった)起きればもう承太郎の姿はなく、ベッドのサイドテーブルに置き手紙と見慣れない携帯電話が置いてあった。
"昨日は言いすぎた、1人で出かけてもいいが電話にいつでも出られるようにしといてくれ"
これは間違いなく承太郎の執筆だ、1人で出かけてもいいという言葉に喜びを感じ、携帯を手に取る。機械はあまり詳しくないが、そういうのは最近の若者が詳しい。仗助ならきっと解る筈だ、聞いてみよう。
「決まれば、善は急げ…よね」
隣にあった分厚い本と携帯、それから日傘を持って意気揚々と部屋から出た。
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タクシーで仗助の家に向かう途中、彼は学生だからまだ家にいないんじゃあないのかと気付き、仗助の家付近で降ろしてもらった。まだ日は高いが良い風が吹き、時折その姿を雲が覆い隠してくれるものだから日傘をさせば全然快適なくらいだった。仗助は何時くらいに帰るのだろうと何気なく歩き始めた時、向こう側に特徴的な髪型をした高身長の男とそれとは反した男の子が並んで歩いてるのが見えた。隣の子は誰か解らないが、あの特長的な男は間違いなく仗助だ。
「じょーすけ!」
大きな声で名前を呼び、日傘を持っていない方の手を大きく振れば仗助は気付いたようで、手を振り返して小走りでこちらに向かってきてくれた。
「乃亜さん!1人で出歩いたらだめなんじゃあねーの?」
「そこなんだけどね、承太郎にお許しがいただけたの!」
「おぉ!良かったじゃあねーッスか!」
「そのかわりに携帯に出れるようにしとけって言われたんだけど、携帯の使い方なんて解んないしこんな分厚い本読めないから仗助に教えてもらおうと思ったの」
「いやあでもよォ…俺携帯持ってないからあんましわかんねーよ」
「え!!そうなの!?」
宛が外れてしまった、どうしようと頭を悩ませているときだった。
「あの、僕でよければ教えましょうか?」
仗助の隣にいた小さい男の子が、それまた小さく手を挙げて提案してくれた。
「いいの?えっと…」
「僕は廣瀬康一、仗助君と同じ学年で同じ学校に通ってます」
同じ年齢なのにこうも違うのか、と失礼な事を思いながら私も挨拶しなくてはと口を開く。
「そうなの、私は乃亜。承太郎と今一緒にこっちにきてるの!」
と話してからこの子は承太郎をもしかしては知らないのではと不安が過ぎり、説明しようと慌てたところで「承太郎さんがおっしゃっていた方ですね!お会いしてみたかったので、嬉しいです」と素敵な笑顔で返されてしまった。やさぐれた見た目の男達に囲まれていたからか、何だか彼がとても好青年に見える。
「コーイチ、だったよね?それじゃあ携帯の件お願いしてもいい?今度お礼に何かさせてね」
「じゃあお言葉に甘えて楽しみにしているね!とりあえず説明書、借りても…ー」
康一が、急に話すのも動きもピタリと辞めて1点方向をジッと見た。私も仗助も不思議がってそちらを見るが、視線の先にあるのは空き家の木の板が打ち付けられた窓であった。
「この家になんかあンのか?康一」
「仗助君、確かこの家3~4年ずっと空き家だよね?」
「あぁ、こうも荒れてちゃ売れるわけねえぜ」
仗助の言う通り、見上げるほど高い壁はヒビが入っているし雑草も生い茂り、大きくはあるが今にもなにかでそうな荒れている家だ。何かは寄り付こうとも人は寄り付きはしないだろう。
「ぶっ壊して立て直さなきゃあな。その携帯見るの、俺ん家でいいよな?早く行こうぜ」
「いや、誰か住んでるよ。引っ越して来たんじゃない?今窓のところに人がいたんだよ」
そう言って歩き始める仗助の後について行くが、康一は何か気にすることがあるらしく歩く仗助の前に回り込み、仗助の歩みを止める。
「え?そんなはずはないな、俺ん家あそこだろ?引っ越してたんならすぐ分かるぜ。それにホームレス対策で不動産屋がしょっちゅう見回ってんのよ」
「ふーん、言われてみれば確かに…」
聞き慣れない単語が幾つか聞こえてきたところで2人の会話を聞くのをやめ、空き家の窓をじっと見つめるが明かりどころか人の気配すらしない。それに人が住んでいるというのならあれだけ扉に外から板を打ち付けてあるわけがない。康一の思い過ごしだろう。それにしてもあれだけ暗いと過ごしやすそうだな、ここの家買い取って住んだらいいのか、などと場違いなことを考え始める。
「おかしいな…。ひょっとして幽霊でも見たのかな、僕」
「お…おい、変なこと言うなよ。幽霊は怖いぜ、俺ん家の前だしよ」
そんな仗助をお構い無しに空き家の門に近付く康一。幽霊でも見たのかなと言う割にはよく近付けたものだ。
「でも…幽霊なんてそんな非科学的なもの、いるわけないのに」
何百年と生きてきて、そんなものに出会ったことはない。幽霊などという言葉は、考え尽くしても言葉では言い表せない恐怖を何かのせいにしたい人間がつくりだしたものだ。
「それ、乃亜さんが言えることじゃあないぜ」
「吸血鬼なのによ」と仗助に言われてしまい、それもそうだと笑っていたところ、康一の叫びような呻き声が聞こえた。声の元に目をやると、門から家を覗き込んでいたのだろうか、門と門に首を挟まれている。
「人の家を覗いてんじゃねえぜ、ガキが!なんか言えよコラ!」
そう怒鳴り散らかしている人物は、仗助のようなオリジナリティ溢れる改変した学生服に、人相の悪い顔をして康一の首を挟む門に蹴るようにして足を置いている。時折足に体重をかけるのか康一が苦しそうに呻きをあげた。
「康一!おい!いきなり何してんだてめえ!」
仗助は苦しむ康一を一瞥して、この家の持ち主らしき人物を怒鳴りつけた。
「ああ?そいつはこっちのセリフだぜ。人んちの前でよ」
「それは申し訳ないことをしちゃったわね。この家に誰かが住んでいるなんて思わなかったのよ。謝るから彼を離してちょうだい」
睨みを利かせてこちらを見る彼に対し、ニコリと口角を上げて対話を求めてみる。だが彼はピクリとも表情を変えないまま、康一を解放することもなく怪しむようにこちらを睨んでいるだけだった。話して駄目なら手が出ることになるが、問題を起こして承太郎に怒られるのは嫌だ。出来るだけお話だけで解決させたいところだ、仗助は血の気が多そうだからなるべく穏便に私が済ませたいところ。
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愛の傷は治らない
Endless Dream