青い青い空の下で、春のうららかな陽気に身を包みながら墓標の前に立つ。それは俺が8歳の頃だった。今では親と呼ぶのも虫唾が走るような人間の死に、俺は言葉では言い表せないような心持ちでただ呆然と立ち、子供ながらに二人が死んだことを理解していた。唯一の両親を失ったことに悲しめばいいのか、“あの”生活から抜け出せることに安堵すればいいのか、きっと天国へ行けはしないだろう二人を哀れめばいいのか、よく分からなかった。

 残された親族は二人の死など露知らず、寄ってたかって遺産の話で揉め事を起こしていた。まるで俺は存在してないみたいに輪から弾き出されらその時なんとなく思った。
 俺に居場所なんてない。誰からも必要とされてない。やっぱり両親がいた方がよかったのかもしれない。そしたら痛みもぞんざいな扱いも我慢すれば居場所を与えてくれる。役に立てるように己が頑張れば、価値を見いだせてもらえる。

 そうして、二人の死をようやく悲しいものだと受け止めるようになった時だった。

「この子は私が引き取ります。」

 俺を引き取ると言い出す女が現れた。ナナーシという若い女だった。

「これから私がギアッチョの保護者になるから、よろしくね。」

 ナナーシはそう言って手を差し出して、柔らかな笑みを浮かべる。その時の俺にはなんだか手を差し伸べてくれたように感じて、尚更役に立てるようにと気を張るのだった。

 そうして新たな環境で知らない女との新生活が始まった。今でも初日のことは鮮明に覚えている。あってないような少ない荷物を家へと運び出し、学校の担任と話をしに行った。ナナーシの仕事と俺の学校の時間がうまく合わず、でも頼むツテもない彼女は困ったように顔を強張らせていた。そんなナナーシを見た俺は、途端に怖くてたまらなくなった。俺がいるからナナーシの生活を苦しめていると感じ、あの時はただ"いなきゃ良かった"って思われたくなかった。

「学校も住む場所も変わってギアッチョも辛いのに、私全然気遣うことができてなかったわ。本当にごめんなさい。」

 でもナナーシは、そんな俺の予想とは相反してずっと俺の心配をしていた。

 こうして俺の特別な日々が始まった。といっても、最初はかなり気を使いながらしばらくを過ごした。ひたすらお利口で手のかからない子供を努めた。身の回りのことは全て自分で行い、自主勉強もして、家事の手伝いも名乗り出る。そんな生活にはもう慣れていた。全てはナナーシの役に立つため。居場所を得るための手段だった。

「なんだか私、ギアッチョに世話してもらってるみたいッ!」

 でもナナーシは、そんな俺の懸念とは相反してけっこうアホだった。

 ある日学校から保護者参観の用紙を渡された。そこには俺達生徒がプールをしている姿を見学できる旨が書かれており、ぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱へ投げた。プールや海が嫌いだった。水着になると痣が目立って、きっと気味が悪いと思うだろう。普段暴力を受けてるんだって知られたくなかった。だからプールは無かった事にした。

「私はギアッチョの言葉をちゃんと大事にするわ。イヤならイヤってハッキリ言いなさい。」

 でもナナーシは、俺が否定することを許される環境にいる事を教えてくれた。

 それから多いようで少ない時間を共に過ごした。夏休みに入り、気づけば月日が過ぎ去り、春夏秋冬、晴れの日も雨の日も、風の強い日も雪が降る日も、ずっと隣にナナーシがいた。

 いつも穏やかで優しくて、俺のことを誰よりも考えてくれて、世界で一番俺のことを愛してくれた。ナナーシが隣にいると、俺は呼吸がしやすくなった。頭を撫でてもらうたびに、体を抱きしめてくれるたびに、
俺の中にある優しい記憶なんて、ナナーシと過ごした時間だけだ。俺にとってナナーシは、親なんかよりもっと特別で大切な存在だった。

 そして奇妙な24時間が訪れたその日から、ナナーシは精神を病んでいった。日に日に彼女の顔は曇り、弱々しい目で俺を映すようになった。何があったのか、どうして悩んでいるのか、俺に何かできることはないか。そのたくさん問いかけに、ナナーシは今にも泣きそうな顔で笑うだけだった。

 俺は何も言ってくれないくせにどんどん弱っていくナナーシに、何もできない自分に、怒りがつのってしまった。

 初めてナナーシと喧嘩をした日、ナナーシはとうとう姿を消した。部屋の至る所に彼女の血を残して。こうなることを知っていて一人で黙って悩んでいたのだと察するには十分だった。

 俺はその日、プツリと自分の中で何かが切れた。些細なことで怒りが抑えられなくなった。ナナーシのことを思い出すたびに、めちゃくちゃになって暴れた。引き取った家族もろとも部屋一面を氷漬けにして家の扉を蹴破った。

 そうして俺は子供の頃ずっと恐れていた一人ぼっちになった。居場所もなければ、誰かの顔色を気にする必要もない。今の俺にとっては居心地の良い立ち位置だった。

 なんの悩みもありませんってツラしたのうのうと生きてる女の財布を盗み、何一つ困ってませんってナリした男のゴミを漁り、息を潜めて暮らす。そこまでして生きる理由などありゃしねェが、じゃあわざわざ死んでやるかァ?んなわけねェよな〜?

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