冗談だろ?

 桜は散り際が一番美しいそうだ。
 桜の絨毯が敷かれた新たな通学路を過ぎ、これから入学する中学校の敷地に足を踏み入れる。随所に設置された看板に従って順路を進めば、校舎の壁一面にクラス分けの用紙が貼り出されていた。
 二度目の中学一年生を迎える夏油傑は、群がる生徒をかき分け、四人・・の名前を確認すべく張り紙に視線を滑らせた。
 五条悟、家入硝子、小此木真波、そして自分。
 彼ら三人は夏油もよく知るかつてのクラスメイトであり旧友である。幼少期に五条と、小学校で家入と再会を果たした夏油は、まだ見ぬ小此木もどこかに存在するのではないかと考慮していた。

 改めてクラス分けの用紙を確認すれば、全部で6組まであるようだ。
 五条が1組、家入が2組。
 残る二人を探していると、隣に立つ五条が肩をバンバンと叩いた。

「いた! 小此木5組にいるって! しかも傑と一緒じゃん!」

 その言葉に夏油は5組の欄を見る。そこには確かに、小此木真波と夏油傑の名前が記されていていた。
 やはり、彼女はこの世界にいたのだ!
 柄にもなく、全身の血液が逆流しそうなくらい興奮で沸き立つ。これで、前世では呪術師として研鑚してきたかつての四人が揃う。しかも同じクラスにいるときた。これは今後の学校生活もより充実したものになりそうだ。
 そうして人混みを避け張り紙を遠目に見やる家入の元へ向かい、今後の方針を立てた。入学式が終わった5組へ直行して接触しよう。保護者は別行動で体育館に残り、先に帰る旨を教師から聞いている。つまり、完全に四人の時間を作ることができるだろう。
 そう策を講じた三人はニヤリと笑みを見せた。
 呪霊の存在しない世界で、御三家に干渉されることなく、呪術師の責務を果たす必要もない。己の未来を自由に選択することができ、健やかにのびのびと青い春を謳歌する。
 彼ら四人は普通の人間として、人生をもう一度やり直す機会が与えられたのだ。

 家入は悪くないといった様子で、五条は「今度は誰にも奪われない」と誰よりも嬉しそうに頬を緩ませた。
 ああ、これで四人集まれる。
 これから私達の二度目の青春が始まるんだ。

 そう、思っていた。

「わたしに何か?」

 三人は瞬きを忘れ硬直した。
 まさか、真波だけが記憶を持たないなど、誰も予想だにしなかったのだ。
 入学式が終わり即座に夏油のいるクラスへ合流した五条と家入。三人揃っていざ声をかければ、真波はこてんと首を傾げるだけ。
 いや、もっと色々とあるだろう?
 「久しぶり」だとか、「どうしてみんなここに?」だとか。
 どんな反応を見せるのか楽しみにしていた夏油は、口元をひくりと引き攣らせた。

「冗談だろ?」
「よせ悟」
「冗談って、何が?」
「は、オマエ覚えてねーのかよ」
「えっもしかして会ったことある? 覚えてなくてごめん……どこで会ったっけ?」

 いや、だがそもそものイレギュラーは私達なのだと夏油は振り返る。転生だなんて、実際に自分が身をもって体験しなければ鼻で笑っていただろう。前世の記憶を持っているなんて、まともに耳をかさない自信もある。
 四人は前世で通学していた高専のクラスメートで、各地に足を運んでは呪霊を祓ったり、体術や呪力コントロールの訓練で互いに切磋琢磨したり、桃鉄で貧乏神を押し付けあって隈ができるまでやり込んだり、某ファーストフード店で食事を広げて雑談を交わしたり、エトセトラ。
 そんな思い出を共有してるのは、まさか三人だけだというのか。
 
 何も知らないと言わんばかりに疑問を浮かべる真波に、五条の暴走を食い止めるべく夏油が先手を打った。

「こちらこそ突然すまない。いやぁ彼が君に似た子を見たって聞かなくてさ。だから人違いかもしれないって言ったじゃないか」
「おい」
「そっか。探してる人、見つかるといいね」

 それは君なんだけど。
 そんな夏油の思いが音になることはない。

「ありがとう。……それより、これも何かの縁だ。君さえよければ私達と友達になってくれないか?」
「え……」
「まだ私もこのクラスに友達いないから、肩身が狭くてね」

 そう言って肩をすくめる夏油に、嘘つけと家入は思ったが、彼女もまた口に出すことはなかった。

「入学したばかりだもんね。わたしもこのクラスに友達いなかったから、嬉しい」
「それはよかった」

 不満そうな表情をしながらもクールダウンした五条を一瞥し、夏油はひっそりと胸を撫で下ろした。

「私は夏油傑。こっちにいるのが──」
「家入硝子。硝子でいい」
「…………五条悟」
「夏油君、硝子ちゃん、五条君。わたしは小此木真波」

 彼らが思い描く理想の学生生活もまた、儚く散っていく。「よろしくね」と淡い笑みを見せた真波に、三人はなんとも言えぬ心境を抱えたのだった。







 換気のために開かれた教室の窓から、新鮮な空気が送り込まれる。春の柔らかな風が髪を乗せるように靡き、頬を撫でた。

 小此木真波の前に現れた三人の男女は、友達になろうと自己紹介をしてきた。
 銀髪に青い瞳を持つ日本人離れした美男子、五条悟。
 茶髪のショートカットに目元の泣きぼくろが印象的な女子、家入硝子。
 そして真波と同じクラスであり、黒い長髪を一つのお団子にまとめた男子、夏油傑。
 家入はどこか大人っぽいアンニュイな魅力を秘めており、五条と夏油の二人に至っては周りが霞むほど目鼻立ちが整っている。紛うことなきイケメンだ。

 これからの中学生活も楽しいものになりそうだ。そう慮る真波の耳に、親友の声が届く。

「ナミ〜、一緒に帰ろ!」

 胸元まで延びるバターブロンドの髪、二重瞼の下に宿る黄金こがね色の瞳。卵に目鼻な顔立ちの女子が教室へと足を踏み入れ、真波の側へと近寄った。

「あ、エマ。ごめん、もしかして待たせた?」
「ウチの担任話長くてさぁ、今終わったとこ!」
「残念、それはこれからが思いやられるね」
「ホントだよ〜……あ、もしかしてお取り込み中?」

 佐野エマ。
 彼女は6組に割り振られた真波の親友である。小学一年生から付き合いが続くほど、二人の仲は結束が強い。そんなエマは、真波の周りに集う三人の美男美女に小さく息を呑んだ。まるで彼らを取り巻くオーラが、周囲と一線を引いているかのようだった。

「あ、えっと……」
「どうやら私達より先約があったようだし、引き止める訳にはいかないね。小此木さん、また明日」

 こんなイケメンといきなり友達になった真波に内心舌を巻く。モデルだと言われても納得してしまうほどの遜色ない美貌を、彼らは持ち合わせているのだ。
 とはいえ、エマには一途に想いを寄せる相手がいるので、それ以上の感情を抱くことはない。

「うん、またね」

 真波は鞄を肩にかける。どこかぎこちない三人に手を振って、親友のエマと教室を出た。

「なになに、もう友達できたの?すっごいイケメンじゃん」
「うん。エマは友達できた?」
「それが聞いてよ! ウチがマイキーの妹って分かった途端クラス騒然でもう最悪」
「あらら、万次郎ってそんなに有名なんだ」
「まあウチにはナミがいるからいいし」
「隣のクラスだから体育は一緒だし、休み時間も一緒に過ごそうね」

 そう微笑みかける真波に、エマは瞳を輝かせながら大きく頷いた。
 “マイキーの妹”という位置付けが定着しだした昨今において、エマ自身をちゃんと見てくれる真波はとても貴重な存在だった。もちろんそれは幼い頃からの付き合いであるし、ブレることのない真波の価値観のおかげでもある。だからこそエマは真波が大好きだし、これからも友人でいたい大事な同級生だった。

 そんなことを話しつつも足は進む。
 校門を抜けた二人は、帰路を辿っていく。

「それにしても……ナミにはマイキーがいるんだから、あんまり目移りしちゃダメだからね!」
「え?」
「さっきのイケメン達のこと!」

 急な話題の転換に、真波は頭が追いついていない様子で瞬きを数回落とした。
 かく言う佐野エマはドラケンに心を射抜かれ、恋に敏感な年頃の女子中学生なのだ。自身の兄である佐野万次郎が真波に想いを寄せていることなどお見通しである!

「わたしと万次郎くんはそういう関係じゃないよ?」
「そりゃ今はそうだけどぉー。絶対マイキーはナミのこと好きだと思うし」
「そうかなぁ? 妹の友達枠でしょ」
「いーや、絶対それだけじゃないから! ナミに懐きすぎなんだって」
「家事手伝ってるからじゃない? 一時期よく夕飯のリクエスト聞いてたし」

 一方で、真波はエマの言葉に万次郎とのやり取りを振り返るも、やはり恋愛感情を持ち合わせているようには見えないなと頬をかいた。
 面識もあるしそれなりに仲もいい。懐かれている自覚もある。しかし歳上でありながらも自由奔放に駄々をこねるような甘え方を万次郎はするのだ。好きな人を相手にしていると言うよりは、どこか姉にワガママ言っちゃう弟のような関係に近い。そう認識する方がしっくりくる。

「とにかく!ダメったらダメだから!」
「分かった分かった。気をつけます」
「よろしい」
「急に上からくるじゃん」

 真波の軽口に二人して笑い合う。
 今日から始まる中学生活も、ずっとこんな風に笑い合いながら一緒にいれたらいいな。エマは切にそう思った。


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