策を練ろう
「策を練ろう」
夏油が口火を切ったのは、入学式が行われた直後のことである。
教室に居座るわけにはいかないので某ファーストフード店へ移動し、ハンバーガーやポテトを囲んだ。
彼らの旧友、小此木真波には記憶が引き継がれていない。その事実を受け止め前を向くためにも、三人で話し合う必要があった。中でも一番今回の件に
「覚えてないのは想定外だったけど、それでも真波はここにいる。これから時間をかけて打ち解けるしかないでしょ」
真波を諦めるなんて答えは毛頭持ち合わせてない五条に、夏油と家入も頷く。
それぞれ呪術師として、多くの窮地を切り抜け死に触れてきた前世を持つ。そんな身も心も青春も削りながら生を終えた、彼らの決意は固かった。
「そもそもなんで真波だけ記憶がねーの」
「悟。それを言ってしまうと前世の記憶も容姿も受け継いでる私達の方がイレギュラーだ」
「クラスメイト全員が前世と同じ名前と容姿を持って同じタイミングに生まれ変わってんのに、一人だけ記憶が抜け落ちてるのもイレギュラーだと思うけど?」
夏油は思わず押し黙る。
五条の疑問は最もだ。
そもそも高専の元クラスメイトである四人がなぜ転生したのかについては後だ。小此木真波がなぜ記憶だけを持たずに転生したのか、それに夏油と五条が最適解を出した。
「術式による影響か」
「誰かと“縛り”を結んだか」
両者共に、来世まで影響を及ぼすかは未知である。ゆえに、可能性として示唆することができた。
「おそらく術式じゃない。“縛り”だろう」
そして、その最適解に訂正を加えたのが家入だった。彼女はポテトを一本ずつちまちまと口に入れる。
“縛り”。それは誓約であり、呪術における重要な因子の一つだ。他者間で結ばれた“縛り”を反故にした際、どのような
「なぜ?」
「真波の死体には
「傑は知らないか。硝子が真波の死体処理してる」
「マジ?」
「マジ」
ぽかんと口を開けたまま硬直する夏油を置いて、五条は平然とハンバーガーを食べ進める。その様子に夏油は怪訝な表情をした。
「随分平気そうな顔で言うな、悟」
「そりゃね。僕も前世のことだって今は割り切ってるから。重要なのは今世の真波デショ」
「こうは言ってるが、真波が死んだと聞かされた時は相当荒れてたぞ」
「…………そうか」
“今は”割り切ってる、その言葉に夏油は大方の察しがついて息を
これ以上追求しても意味が無い。夏油は前世の五条と小此木の関係性を思い返し、そう判断した。
「彼女はどんな死に方だったんだ?」
「心臓がねじ切れていたよ。雑巾搾りみたいにね」
「心臓が捻れる、か」
「ああ。ちなみに外傷はない」
外傷を与えずに心臓を捻る方法など、正攻法ではまずありえない。残穢がない以上、“縛り”による
「つまり誰かと結んだ“縛り”を破って自分を犠牲にするほどの何かが真波にあったってことか」
「“縛り”の
記憶を戻す
「とりあえず休憩時間は傑んとこ行くから。時間割見せろ」
「私も気が向いたら行く」
「はいはい」
やれやれと言った面持ちで夏油は時間割の用紙をテーブルに乗せる。
彼らの青春はまだ始まったばかりだ。

「ナミ!一緒に帰ろ!」
佐野エマがそう口火を切ったのは、四月十三日のこと。入学式から一週間が経過し、新たな学校生活も徐々に慣れ始めた頃である。
帰りのホームルームも終わり、クラスメイトが次々に席を立つ。小此木も帰りの支度を終え、夏油に一声かけて教室を出れば、エマが真っ直ぐ駆けつけてきた。
「今日はエマの方が早かったんだ、珍しー」
「なんか今日は職員会議があるらしくて話短かかったんだよね。ラッキー」
エマの担任はかなり饒舌らしく、ホームルームに時間をかけるタイプの教師だった。いつもは真波が廊下で待つことが多いが、今日は珍しく逆の立場だ。
この後特に用事もない二人は、部活の見学に顔を出すわけでなく帰路へ向かう。
「ナミー、今日家に来てくんない?」
「私は大丈夫だけど、どうしたの?」
「もうちょっとでケンちゃん誕生日だから、クッキー作りたくて」
クッキーかぁと胸中でひとりごちる。クッキーは型抜きやらアイスボックスやら作り方に種類はあれど、どれも時間が必要な工程がある。最低でも二時間は見積もられるだろう。これからエマの家へ寄って作り始めれば、夕飯の時間に間に合わないかもしれない。
「ドラケン君の誕生日は近いの?」
「ううん、5月10日」
「結構先だね。練習?」
「そう!絶対美味しいのあげたいし」
「分かる。手作りって失敗したらかなりヘコむよね」
誰かのために作った料理がイマイチだった時のショックは計り知れない。エマが危惧する気持ちもよく分かる。
とはいえ、それはそれだ。真波にも18時半までという門限があるし、共働きの母と共に料理を手伝う予定がある。せっかくの誘いは嬉しいが、今日いきなりクッキーを作るのは厳しいと感じるのが正直な感想だった。
それに真波自身、時間に追われるよりも余裕を持った状態でクッキーを焼きたいという希望もあった。
「クッキー焼くの時間かかるし、今週の土日とかにしない?その方がゆっくりできるよ」
「うーん、分かった。日曜にする!」
「了解。今日は女子会しよ」
「アリ」
壁や床、天井に至るまでアイボリーに染まる校内は、無機質なようでいてどこか温かい。
それなりに人通りのある階段を軽やかに降りた二人は、まっすぐ校門を抜けエマの家へと向かう。
「ナミは部活入るの?」
「うーん。コレってのないし、帰宅部かなぁ」
「ウチも。部活まで学校残ってたらケンちゃんと会う時間減るし」
「エマは本当にドラケン君が好きだね」
「うん!大好き」
頬を紅潮させ微笑むエマは、恋する乙女の表情そのものである。真琴も頬を緩めながら、二人の緩やかな進展を応援したいと願った。
「……ねえ、ナミ」
「ん?」
そんな真波に、エマは神妙な顔で口を開く。
「最近夏油君とよくいるけどさ、大丈夫?」
「何が?」
「その、結構色々言われてるから……」
思わぬ話題の転換に、真波は瞬きを繰り返した。
真波と友人になった夏油や五条は、入学から数日で全校生徒に噂が広まる程の有名人となった。廊下を歩けばモーセの如く人が割れ、同じ空間にいれば女子生徒の頬は色づき、気まぐれに愛想を振りまけば歓声が沸く。それほどの美貌を持ち合わせているのだ。
高嶺の花となった彼らは常に女子生徒の注目の的である。真波と親しくなればなる程、快く思わない生徒も徐々に数を増やしていく。妬みを買ってしまうのは避けようもなく、自然の摂理のようであった。
冷たい視線を向けられ、ひそひそと謂れのない
彼らと仲良くするには二次被害が大きすぎるし、真波が風評の的にされるのも我慢ならない。そんな風に言われるくらいなら仲良くしなくてもいいのに、と正直思ってしまう。
一方、そんなエマの表情に視線をくべ、彼女の不安を察した真波はふわりと笑った。
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」
「……そっか。なら別にいいケド」
「別にいい」は、本当に「いい」と思っていない時によく使われる言葉でもある。
とはいえ、真波の毒気を抜くような笑みに、エマは黙り込むしかなかった。
やがてエマはもう一度何か言おうとしたが、次第に背後から近づいてくる排気音にかき消されていく。
見慣れた二人が乗ったバイクはエマのすぐ横で停車し、声をかけた。ヘルメットも被っていない彼らの様相はハッキリとしている。
「お、エマとナミじゃん」
「よぉ」
「…マイキー、ケンちゃん」
「こんにちは。万次郎、ドラケン君」
東京卍會という暴走族チームの顔である総長、“無敵のマイキー”佐野万次郎。
同じく東京卍會の副総長を務めるドラケンこと龍宮寺堅。
二人の存在は不良界隈ではビッグネームである。
もう家すぐだからとバイクを押しながら、マイキーは真波に声をかけた。
「なあなあナミは今日メシ食ってくの?」
「いや、夕飯前にはお暇いとまするよ」
「えーなんで?一緒にメシ食おうよ」
「ウチも一緒に食べたい!」
「お父さんとお母さんに言ってないから、また今度ね」
「ヤダ」
「ヤ、ヤダかぁ」
「今から連絡入れたらいーじゃん」
「おい、マイキーやめろ。ナミちゃん困らせんな」
「じゃあお言葉に甘えて、来週は食べに行くよ」
「え〜今日がいい」
「来週にしてくれたら、お菓子作って来るよ」
予期せぬ真波の妙案にマイキーは唸る。
今日は夕食を一緒に過ごしたい、でもナミの作ったクッキーも食いてえ、そんな欲のジレンマに挟まれること数分。
「………犬のクッキーな」
「了解」
「
「ほんとナミってお姉ちゃんみたい」
マイキーにとっては一つ年下にあたるのだが……。
年下の姉という言葉を言い得て妙だとドラケンは思った。