メルヘンの誘惑

ふと気がつくと、そこは薄暗かった。頭上に広がるはずの青天井は、暗憺とした雲が覆い隠している。砂利特有の軽い音をたて、重い体に鞭を打ちながら起こした。花京院の周囲には後方に広がる川辺以外何もない。岸には小舟がついていることから、あれに乗って川の先へと渡るのだろう。

川辺の周辺に、ぱらぱらと人が5・6人いた。その内一番近くにいるのが鮮やかな金色の髪をもつ女だ。女は座って、ぼんやりとただ川辺の向こうへ視線を送っていた。物思いに浸っているところ申し訳ないが、ここがどこなのかを聞かなければならないと花京院は思い近づいた。

「……すまない、尋ねたいことがあるんですが」
「ん?どうしたの?」

――物思いに耽っていたわりには、案外あっさりしてるんだな
そう内心で少し驚きつつも、露見することなく花京院はここがどこであるかを問う。目の前にいる彼女は自分と同じくらいの年頃だろう。卵に目鼻といった端正な顔立ちをしている。女はきょとんと数回瞬きを落として花京院を見る。その瞳はとても澄んでいて、嘘偽りを含んだものではないように感じられた。

「ここはね、三途の川だと思うの」

予想を遥かに絶する言葉に、花京院は彼女の頭を疑った。しかし彼女は冗談を言っているような様子ではない。むしろ大真面目に自分の意見を花京院に伝えたようだ。花京院は非科学的な出来事が起こるのは全てスタンドが関係しているのだと考える。見破ることが困難だとしても、一環してマジックにはネタバレが必ずあるものだと胸を張って言える。
いつの頃かは忘れたがそう遠くない過去、花京院がふとテレビを見ているときだ。超能力を使えるのだと自称する男がその様を披露するバラエティ番組がやっていた。それは小さなドーム型のガラス越しにある紙を浮かすというものだった。男は照明をガラスの真上から照らし、両手を覆い顔を近づけて念じる体勢をとる。熱い視線を紙に向け、深く呼吸をしながら5分もの時間それをキープする。もちろんスタンドも見えないので一見超能力を使っているかのように見えてしまう。しかし、実際は吐息と照明と手から放たれる熱がガラス内にこもり、結果温度の差から生まれる気流が紙を浮かせていたのだ。それは科学的な自然現象であり、超能力なんてメルヘンな世界などなかった。
しかし彼女の意見を真っ向から否定することもまた叶わなかった。三途の川とは死後、死者が訪れる場所とされている。花京院の記憶が正しければ、この川の先には閻魔大王がおり、天国か地獄かを選定されることになる。花京院は自分が死んだことをはっきり記憶していた。DIOに破れ、最後に壮大なダイイングメッセージを遺して確かに花京院は一生に幕を閉じたのだ。自分が生きて現世に留まっていると考えるには無理が多すぎるし、死んだと考えるにはこの現状を三途の川だと認める他なかった。

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