命日を共有しよう
女は紺の水玉のロンティーにスキニーをはいていた。依然として体操座りのままだ。川の水面は川底を映さず、奇妙なことに黒く濁っていた。その黒さはまるで石油を連想させるほどだ。空と川の境界線は薄く引かれ、その辺りへ女は視線を送っていた。あまりに黒い水面をもつこの川は、まるで世界の終わりを暗喩しているようだと花京院は思った。その終わった世界の上で舟を漕いで冥界へと向かうのだ、なかなか真理をついた考えである。ここにいる者たちにとって、現世などもう終わりを迎えたも同然なのだ。
「……私、どうして死んだのか分からないんだよね」
「……分からない?」
「そう。普通に平凡な日常を送ってたんだよ?両親も優しくて、私をよく愛してくれたと自分でも思うの。でもなんでか背中から鋭利な刃物で刺されちゃったみたいで」
――この人は、無差別殺人の被害にあったのか
花京院は即座にそう悟り、目頭に親指を擦り付ける女を見た。
「こんな簡単に、呆気なく生涯を終えるなんて誰も想像つかないよね」
「悲しくはないのかい?」
「悲しく?うーん……悲しいというより悔しいかな。もっと毎日を大切に生きとくべきだったなって」
彼女にとって時間とは命の断片である。それに気づいたのは皮肉にもこの川に来てからであったが。時間を無駄にしないということは命を大切にするということだ。そしてさらに、命を大切にするということは、今この一瞬を大切に生きるということだ。このことに生前の頃から気づいてさえいれば、ここまで悔やむこともなかっただろう。死者の視点から生を見ると、また違った発想が生まれてくる。それは大体どれも輝いており、日常の中に潜在している光を浮き彫りにするものだった。
今さら気づいても仕方がないのにとため息をつく女を見て、花京院も少し胸を痛めた。
「僕も……もう少し生を満喫すればよかったかもしれない」
「そうだよね。あなたがどうやってここに来てしまったかは分からないけど、死んでることに違いはないもの」
「……聞かないのか?」
「聞いてほしいなら聞くよ?さっき私が話したのは話したかっただけだし、お涙ちょうだいする気はないからね」
彼女は同情してもらうつもりで語ったわけではないようだ。どうせこれから向こう岸まで渡ることになるのだから、最後に鬱憤を晴らそうと思ったそうだ。清々しいその考えに花京院は変わった女だと思った。彼が出会う女子はみんな、恋に浮かれ周りの空気を読めないような者ばかりだった。この女は空気を読めないのではなく読まないのだろう。自分中心な考え方をしているようで、相手をちゃんと思いやっている。そしてそれらを自負しているからこそ、ここまで清々しいと思うのだろう。先ほどの会話のやりとりでそのことに気づいた花京院は、少し慮り自分の死について語りだした。