Beginning of the day

カーテンの隙間から漏れる筆でなぞったような光がやけに印象的だった。普段から自他共に認めるほど朝に弱いメリーが時計よりも先に目を覚ますことは非常に稀有な出来事だった。その日はやけに寝覚めが良く頭も冴えていたメリーは、単純に今日は運が良いのだと自己完結してベッドから出た。

カーテンを開けば快晴で、雲一つない青天井が広がっていた。清々しい心持ちで冷蔵庫から冷えた牛乳とコーンフレークを取り出し、胡座をかきながらテレビの電源を入れる。テレビはプツンと音をたてて部屋を騒がしくさせた。

メリーはこのヘルサレムズ・ロットに来てからもうおよそ一年が経とうとしていた。光陰矢の如し、本当に短い一年だったとメリーは思っている。当初は涙で目を赤くさせ食事が喉を通らない生活をしていたメリーも、今では前向きにこの街に馴染もうとしていた。いや、「馴染もうとしていた」では語弊がある。実際は「もう馴染んでいた」だ。たとえメリーが落ち込んでいようが嘆き悲しもうがヘルサレムズ・ロットはいつでも驚くほど喧騒に満ちていた。耳を塞ぎたくなるような喧騒に、悲しみに暮れている自分自身がバカバカしくなったのだ。今でもテレビに流れているのはヘルサレムズ・ロットの騒々しい街中だ。どうやら交通事故が起きたらしい。しかしそのような事件が日常的になってしまった今では、特に感慨に耽るわけでもなく他人事として気にとめる程度なのだ。

早起きは三文の徳という言葉のとおり、メリーはそれから溜まった洗濯物を洗濯機にかけ、掃除機をベッドの上までしっかりかけ、帰宅してからする予定だった家事をあらかた済ませた。壁にかけてあるやけにシンプルな時計の短針は8に近づいていた。前日の夜に済ませておいた用意を手にメリーは意気込みながら家を後にした。

メリーは家賃6万5千円の安いアパートの一室で生活していた。10畳ほどあるフローリングの部屋は一人暮らしには少し広く感じられる。家具は黒を基調としたものが多く、カーテンはともかく、ベッドやカラーボックスに至るまで黒くあしらわれており、一人暮らしの女性の部屋とはかけ離れた品格を放っていた。メリーはそんな自分の部屋を好んではおらず、お金に余裕ができればシーツや絨毯まで、一式買い換えていこうと考えていた。

そんなメリーのようやく慣れてきた日常は、また青天の霹靂とでも言わんかのような非日常に襲われることになる。

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