How about you?

18時を過ぎたところで仕事に区切りをつけた。マスターに早く家に帰るように言われ、なんだか父親のようだと苦笑した。私服に着替えて店の裏口から出ると、待ち構えていたかのようにそこには堕落王フェムトが立っていた。

「やっと来たか!待ちくたびれたよ」
「……お待たせしました」
「全くだ!まあいい、店はすぐ近くだ」

こっちだ、と道案内しながら進む堕落王フェムトの後ろを歩く。テレビで見る時とは違う服装だが、首元を隠す服を着ていた。
こちらに来て初めて食事をする相手があの堕落王フェムトだなんて、誰が予想しただろうか。千年生きる逸話を持つが、何を食べて暮らしているのだろう。あ、これ人間食がない店に案内されたらまずいな。

「安心したまえ、人間食が専門のイタリアンだ。君も気にいるだろう」
「……ありがとうございます」

驚いた、心でも読んでるのか。いや、彼ほどの人物なら読心術くらい心得ていてもまるで不思議じゃない。
堕落王フェムトに連れられること10分、イタリアの国旗を飾った赤い屋根の店が見えてきた。家とは反対方向だったから、この店を知ったのも今日が初めてだ。店の前には小さい黒板のボードにオススメのメニューが綺麗な筆記体で書かれていて、誰の目から見てもお洒落なレストランだった。

「ここだ」
「お、お洒落ですね」
「だろう」

導かれるまま店内に入り案内された席に着く。店員に渡されたメニューを見ると、人間用の食事でも聞いたことのないような食材が使用されていることを知る。目玉玉ねぎ、鬼角人参……ほとんどが禍々しい名前ばかりだ。

「決めたかね?」
「……それはメニューの方で?」
「無論。本題を食事前に切り出すような無粋な真似はせんさ」
「そうですか。私はオムレツでお願いします」

それなりに値段が高いレストランだったので、一番安いメニューを選択した。手持ちには一応いくらかあるとはいえ、そう多くないのも事実だ。お金なんて普段から多く持ち歩かないようにしているから、用意する時間がまるでなかったのだ。

店員に注文を頼んでから食事が目の前に置かれるのに然程時間はかからなかった。いや、むしろ早い方かもしれない。相手が堕落王フェムトでなければ、久しぶりの外食に胸を高鳴らせていたことだろう。

「で、どうする?」

唐突に投げかけられた本題に、私は自然と視線を下に向けた。
彼の元で実験を受けるなんて勿論嫌なわけで、普通なら断る要件である。そして彼も恐らく、私の言い分を聞き入れるような他者への配慮など持ち合わせない性分だ。つまり必ず意見が割れるはずだった。

「決めるために1つ聞いておかないといけないことがあります」
「ほう、聞いてやらんこともない」
「あなたはきっと、私の身に何が起きているか知ってる上で誘っているんでしょう」
「そりゃそうだろう。君のことは色々と調べさせてもらったよ」
「仮に私があなたの元へ実験体として行ったところで、黙ってるような相手なんですか?」

私の質問にきょとんとした表情を見せ(といっても、マスクの下から見えるのは口だけだが)、顎に手を置いた。そして一寸ほど沈黙が走った後、彼は口を開いた。

「それはまずないだろう。君が異界へ逃げようが地球から離れようがなんらかの方法で追いかけ回すだろう」

彼が言っていることが本当なら、なぜ私にそこまでのこだわりをもつのか謎だ。まあこんなことをするような輩だし、到底理解に苦しむような考えで行動しているのだろう。

「なら、」
「それを僕なりのやり方で奪いに行くのさ。実に合理的だろう?」
「……そうですね」
「で?どうなんだ。そろそろ答えを聞こうか」

これは、覚悟を決めるしかなさそうだ。

「あなたの実験体になります」

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