Shocking! Drop a bomb

私が初めてヘルサレムズ・ロット、通称HLに来たのは一年前のこと。飛行機に乗って空を飛んだわけでもなく、船に乗って海を渡ったわけでもない。"いつの間にかいた"のだ。しかも、恐らく私がいる世界とは別の地に。

***

「ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「何を謝る必要がある。やむを得ない状況に遭遇してしまったのだから仕方ないさ。それに、我が店の大事な従業員も無事だったわけだしね」

バイト先へ赴いて真っ先にマスターへ頭を下げた。病院にいた時から連絡をしていたとはいえ、実際心配と迷惑をかけてしまったのは事実だ。だから頭を下げて謝っているのだが、対するマスターの驚くほどスマートな切り返しには毎度心を揺らがせるものがある。

「ありがとうございます」
「私は何もしていない。今日は働かそうかね?」
「勿論です。すぐに準備して参ります」
「頼むよ」

様々な人外が経営する店がある中、私はここで働けて本当に良かった。
思えば記憶がなくて素性も分からないと語る女を迷わずその場で採用するなんて不思議だ。ここはそこまでしないと運営できないほど人手に困っているわけでもない。HLならその判断が命取りになってもおかしくない。なぜ私を迷わず採用したのだろう。

仕事着に着替え、手洗いを済ませて店内へ戻る。今の時間帯はまだ客が少ないので先に食器を洗ってしまおうか、店のドアが開いたのはその時だった。

「いらっしゃいま、せ……」
「やあ、先日ぶりだね」

堕落王フェムトが目の前に現れるのは二度目だ。なぜここに来るんだよ、本当に勘弁してほしい。いや、どこに会いに来られても嫌だし極力会いたくはないのだが。
私はこのetoire cafeの店員として、訪れた客を席まで案内する必要がある。なぜここに来たのか問いたい気持ちはあるが、今彼はこの店の客なのだ。客がこのカフェに来てそんな身も蓋もないことを問うほど私も馬鹿じゃない。相手が堕落王フェムトでも。

「こちらのお席へどうぞ」
「ブレンドコーヒーを一つもらおう」
「かしこまりました」

普通に注文するあたり、本当に客としてこの店に来たのだろう。もっとも、私が全くの無関係だとはとても思えないが。

「マスター、ブレンド1です」
「わかった」

しかし彼がここに来たということは、私に答えを迫っているということだろうか。それとも頭を悩ませている私を見物にでも来たとか……いや、それは自惚れすぎか。能力を差し引けば私は平穏を望む普通の人間だ。彼が時には豚と罵り眉を寄せる程嫌悪している"普通"そのものなのだ。わざわざ働く先を訪れてまで普通の人間を見ようとは思わないはずだ。

マスターが煎れたコーヒーと共にシュガーとミルクを用意して席へ進む。

「ブレンドコーヒーです」
「ほう、香ばしくていい香りだ」
「ありがとうございます。それではごゆっくり……」
「まあ待ちたまえ」

私が踵を返そうとしたところで、厄介な客はこれでもかと言うほど口角を上げて私を呼び止めた。

ーーあ〜このままそそくさとこの場を去れたら良かったのに。

そう心の中で悪態をつきながら振り返る。

「なんでしょうか?」
「君、この後暇だろう?僕とディナーに付き合いたまえ」
「ディナー、ですか」

とても機嫌が良さそうにそう提案する彼とは相対的に、私は今とても苦々しい顔をしているだろう。
そもそもなぜ私がここで働いていることを知っているのか、なぜこの後暇だという事が分かるのか。まあ彼ほどの人物ならその程度の情報収集は容易いことなのだろう。

一刀両断してその場を去りたい気持ちは強かったが、厄介なことに彼の誘いに拒否権はなさそうだ。それに、私は彼に尋ねたいこともある。

「わかりました」
「物分かりが良くて助かるよ。じゃあまた君が仕事を終える時間に迎えに来よう」

なんで私が仕事を終わる時間も把握しているのだろうか。その思いは口から出ないようにうんと堪えて、返事だけをして再び踵を返した。

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