00 序幕



清々しい、うららかな春。
桜舞う並木道を、どこか緊張したような面持ちで、買ったばかりの真新しい制服に身を包んだ正十字学園の新入生たちが歩いていた。
これから新しい世界に羽ばたいていくであろう若い芽たちは、その胸に希望を、夢を、そして少しの不安を抱きながら、今から始まる学園生活に胸躍らせているのだろう。

「なんて」

自分の脳内でつけたいかにもなナレーションに一人の少女がおかしそうに笑う。
みんながみんな、希望ばかりじゃないのにさ。
目の前を歩いていくこれから同級となる新入生を横目に、少女は心の中で小さく悪態をつくと、耳元でナニカがザワめいた。
『ソウダヨナ、ウンザリダナ』
壊れかけのラジオのような、 この世のものではないような声が。
それを聞いて少女は眉根を寄せ、イライラしたように耳元を手で払った。

「あっちいけ、この」
「きゃ!」

いきなり隣で小さな悲鳴がして、マズイとそちらに目を向ければ、同じく新入生であろう女子生徒が目を丸くしてこちらを見ていた。
ただ、隣を通ろうとしたところ、『いきなり暴言を吐かれながら手を払われて』驚いたのだろう。
少女と目が合うと、訝しげに眉根を寄せ、そっぽを向いて足早に立ち去った。
その後ろ姿を見て少女は少しだけ、眉を下げた。
『ウンザリダヨナア、ウンザリダ』
あの声がまた耳元でした。
少女の視界にフワフワと黒い靄が見え始め、それを払うように少女はかぶりを振った。

「うんざり、ほんと」

少女が歩き出すと、黒い靄が不気味に笑いながら霧散した。
もう少女は、下を向いていた。

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