00 出来損ないの出発



「行ってきます」

家族が座る食卓。
声をかけてもそれに返事をする人は誰もいない。
ぎゅっと心臓を強く掴まれたように痛くなったけど、振り払って玄関に向かった。
いつものこと、いつものこと。
今日がわたしにとって特別な日であったとしたってそれは変わらない。
だってわたしは。

「…」

開け放った扉の先は、嫌になるくらい清々しかった。



「日之出アカザおめでとう。アカデミー卒業試験合格だ」

それは言ってしまえばあまりにも呆気なかった。
卒業試験ってもっとこう色々やるのかと思ってた。
抜き打ちで違う術を出さなくちゃいけないとかそういう。
だが、わたしの不安は杞憂だったようで本当に担任教師から言われたひとつの技の披露のみであった。
自分のことように嬉しそうに笑うイルカ先生に、むず痒い気持ちになりながらも渡された額当てを受け取る。
掌に収まったそれは、わたしにはとても重かった。

「…せんせ、わたし」
「ん?どうした?」

わたしの呼びかけにイルカ先生はわたしの目線に合うように屈んでくれた。

『わたしこれ貰っていいのかな』

そう、聞きたかった。
でもきっとこの優しい先生は「もちろんだ」と笑ってくれるのだろう。
それが容易に想像できたからわたしは首を振った。

「うんん、なんでもないの」

先生は少しさみしそうな顔をしていた。



卒業試験会場から外に出ると、試験の終わった子供を迎えに来たお母さんやお父さんでいっぱいだった。
おめでとう。
さすが俺の子供だ。
絶対合格すると思ってたわ。
今日はお祝いしようね。
そんな言葉たちのなかをわたしは通り抜けた。
いいな、なんて。
期待なんて、してない。
そう言い聞かせながら地面ばかり見つめて歩いていたらドンと何かにぶつかった。

「いて!」
「あっ、ご、ごめんなさい!」

前を向くより先に痛がる声が聞こえて慌てて頭を下げた。

「…んだよ、おまえかよ」

聞いたことのある声に顔を上げるとそこには同じクラスだった奈良シカマルくんが居た。
アカデミーの子たちとはあまり喋ったことがなく、例にも漏れず奈良くんもその一人なのだけど、わたしのこと覚えててくれたのかな。
相変わらず気だるそうだ。

「あ、あの、こんにちは…ご、ごめんなさい、」
「…今挨拶かよ。つかちゃんと前見て歩けよ」

あぶねーぞ、と言われてまた謝ると奈良くんは不思議そうな顔をした。

「おまえ合格したんだろ?」
「え?う、うん」
「額当て貰ってねーのかよ」
「…も、もらった」
「…つけねーの?」

そう言われて奈良くんを見ると先生たちのように額にはつけていなかったけど、腕に額当てをつけていた。
そうか。
つけなくてはいけないのか。
あの、重い額当てを。

「…わ、わたしは…まだ、いいや」

鞄のなかにしまった額当て。
とても自分にはまだまだ見合うようには思えなかった。
わたしの答えを聞くと奈良くんは「ふーん、」と納得しきれないようだった。

「おーいシカマル!行くぞ!」

遠くから奈良くんを呼ぶ声。
奈良くんが顔を向ける方にわたしも目線を向けると、おそらく奈良くんのお父さん、それから同じクラスの山中さんと秋道くんのお父さんたちもいる。
そういえばあの三人は、有名な一族で一族ぐるみで仲がいいんだっけ。
奈良くんはお父さんの方に駆け寄ろうとして、こちらを振り返った。

「なんかしんねーけど、卒業したんだしおまえもっと自信持てば」

それだけ言うと今度こそ奈良くんはお父さんたちのところへ駆け寄っていった。
仲睦まじいその光景を見ながら、奈良くんに言われた言葉を考える。
じしん。

「…そんなもの持てないよ」

だってわたしは。

「出来損ないだもん」


小さなわたしのつぶやきは、周りの喧騒にかき消されていった。




「ただいま」

家族のいる茶の間に話しかけても、もちろん返事はなかった。
あのね、わたし卒業試験合格したんだよ。
ほら見て!額当てもらったの。
わたしもこれから忍なんだ!
言いたいことは、伝えたいことはたくさんあった。
でもわたしは全部に蓋をした。

やっぱり胸は痛かった。


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