お姫様になりたかった。
きらきらといつも煌めいていて、周りにはいつも人が溢れていて、そして、王子様もそこにはいて。
あの子みたいな、お姫様になりたかった。



わたしは甲板の隅っこに腰をおろして、ボーッと一点を見つめていた。
にこにこと絶えず笑みを浮かべて、周りの奴らのくだらない話にも大げさなくらい笑ってあげている彼女。
コロコロと変わるその表情は実に愛らしい。
おまけに、顔立ちもかわいい。
そこら辺にいる女なんて目ではない、綺麗にも可愛いにも捉えられるその容姿は本人の表情ひとつで大人な女性にも、はたまた可憐な少女にも姿を変える。
彼女は背も小さい。
わたしもあまり大きくはないが、それでも彼女は規格外に小さい。
彼女のふわふわした感じもあいまって愛玩動物さながらの癒しを発揮するのだ。
そう思っているのは何もわたしだけではないようで、周りの奴らもあからさまに鼻の下を伸ばしていた、みっともない。
そう思いながらも、その光景から目を離せないのはどこのどいつか。
「おんなのこ、だなあ」
思わずつぶやいた言葉は今までに何度もつぶやいた、わたし自身聞き慣れてしまった言葉だった。

アイリス・アイバーン。
あの可愛らしい、可憐な少女が「助けてください!」と体を血まみれにして、この海賊船に泣きついてきたのはつい一週間前のことだ。
わたしたちは最初、血まみれのかわいい女の子が!と驚いていたものの、海賊船に泣きついてくるほどのものとは何か?と少し訝しげに思っていた。
どう見たって彼女は一般人で、よほどのバカでない限り海賊船なんかに泣きつかない。
かと言って、よほどのバカにも見えない。
助けてくださいお願いします!、と涙を流しながら声を張り上げる彼女に、みんな、わたしを含め、同情の目を向けた。
なぜって、この海賊船は今まさにこの島をでようとしていたからだ。
助けられるのなら助けてあげたいところだけど、きっと我が船長は船を出すのが遅れるのを嫌がる。
みんなもそれを分かっていて、チラチラと彼女を見ながらも出港の準備を進めた。
絶望したような彼女の瞳から、涙が零れるのを見た。
わたしはそれを見ていながら、目をそらした。
そのときだった。
「女、この船が誰の船かわかってて泣きついてるんだろうな?」
甲板の奥から現れた、泣く子も黙るハートの海賊団船長、トラファルガー・ロー。
愛刀の長刀を肩に担ぎ、隈をしこたま蓄えたその目はギラリと光って彼女を見下していた。
よほど機嫌が悪いのか船長の目はいつにもまして嫌な光を放っていた。
船長の背中越しに他の船員が「はやく逃げた方がいい」と、声には出さず必死のジェスチャー。
彼女はそれらに目を向けていたが、逆にこちらに近寄ってきた。
「お願いします、お金なら払います。わたしの体もくれても構いません。欲しいものなら何でも差し上げます、ですからお願いです、村を、村を助けて…!」
わたしは、呆気に取られていた。
これが、さっきまで泣いて縋っていた子なのだろうか?
きちんと、船長を見据え、背筋を伸ばし、言葉だって少しも震えちゃいない。
嘘偽りない、「本気の頼み」だった。
最後に深く、深くお辞儀をしてから頭を上げなかった。
船員すべてがその光景に目を奪われているなか、わたしはみたのだ。
船長が笑っていた。
わたしは初めて見たのだ、その表情を。
船長だって、笑うことには笑う。
船員たちとくだらない話で盛り上がり、あまり表情にはださないもののくつくつと笑っているのは見たことがある。
でも、あれはその笑みではなく、おもちゃを見つけた子供のようだった。
興味を引かれて仕方が無い、そう言っているようだった。
ザワザワと心がざわついた。
「何でも。そう言ったな?」
船長の口が開かれた、その瞬間、彼女は勢い良く顔を上げ、涙を袖口で拭うと「わたしの命でも何でもどうぞ!」と声を張り上げた。
ビリビリと空間が痺れたような、そんな威力を持っていた。
「いいだろう、おまえのことを助けてやる。おまえは今からこの海賊船の船員だ」
心のざわめきはその時、最高潮になってわたしは楽しそうに笑って船を降りていく船長から目を離せなかったのだった。


それから、一週間。
彼女がこの海賊団に慣れ親しむのはとんでもなく早かった。
彼女があの時叫んだ覚悟というのは本当だったようで、海賊船に放り込まれても怯えることなどなく、かと言って無礼な態度を取ることもなかった。
そして、彼女の生まれ持っての性格か、とても人懐っこく、みんなの心はあっという間に開かれた。
彼女の周りにはいつも人が居て、笑顔が絶えない。
そしてわたしは一人、それをボーッと眺めるという日々を送っていた。
この海賊船は彼女が来る前は、女はわたししかいなかった。
だからと言って彼女がきて、わたしの扱いが変わったことはないし、変わらずわたしは「男友達」感覚での扱いだ。
だから、彼女のようにハーレムになったことなんてないから彼女に嫉妬とかをしているわけではない。
ない。断じて。
「よう、アイリス」
別に、あの!船長が親しげに彼女の名前を呼んでいたって嫉妬はしない。
「ロー!」
別に、彼女が船長の名前を親しげに呼んでいたって、嫉妬は、
「あー、しないわけないでしょ、」
その光景を見たくなくて、二人から目をそらすためにわたしは一人、船室へ向かった。

嫉妬している。
彼女の女の子を表したような容姿に。
誰からでも好かれるその性格に。
船長の隣にいれることに。

「みにくいなあ」

一人きりの船内。
外からは、楽しげなみんなの笑い声が聞こえた。


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