「おまえ最近元気ないな?」

「え?」
朝食の焼きたてトーストを口に運んでるときだった。
シャチが再び「だからおまえ最近元気なくね?」と同じことを聞いてきた。
いや、べつに聞こえていたけど。
確かに元気はなかったかもしれないけど。
まさかシャチに突っ込まれるとおもわなくて言葉を疑ってしまった。
ザクザクとサラダにフォークを突き刺しながらシャチは言葉を続けた。
「おまえ最近付き合いも悪いしよー」
フォークに突き刺された葉っぱがシャチの口に消えていく。
それは、君らの周りにいるとあの子がいるからね。
などと、言えるはずもなく「そうかな」と当たり障りない返事をする。
「なんだよ、薄情な奴だなー、そうだ、今日の夜にでもまたポーカーやろうぜ」
「ペンギンとベポも呼んでさ!」と続けられた言葉にわたしは久々に気分が晴れていくような気がした。
シャチとペンギンとベポとはこの海賊団でも別段仲良くしたもらっていて、この四人はポーカー仲間でもある。
お金などきちんとかけてのポーカーをやるのだ。
みんな見事にバラバラな性格が揃ったため、なかなか面白い。
最近はみんなの輪にはアイリスが居るから、と集まりには近づかないようにしていたのだ。
だから、嬉しかった。
シャチが元気がないと気づいてくれたことも、わたしもポーカーに誘ってくれたこと。
こみ上げる思いをそのままに、うんと頷こうとしたとき、シャチは思いついたように口を開いた。
「あ!アイリスも誘ってやらなきゃ」
わたしはその言葉に頭が一気に冷めたような気分になった。
「この間、俺とペンギンとベポでアイリスにポーカー教えてやったんだけど、アイリスなかなか覚えらんなくてなー。だからおまえ教えてや」
「行かない」
わたしはそう言って立ち上がって、足早にそこを離れた。
後ろからシャチがわたしを呼ぶ声や他の船員が声をかけてくるのを全て無視して、わたしは食器を返すと出口を目指した。
はやく、はやく。
はやくしないと、もう限界だ。
ドン、と何かにぶつかって思い切り尻餅をついてしまった。
「おい」
その声に背筋がビキリと硬くなる。
「大丈夫か」
反射的に顔をあげると船長がわたしを見下ろしていて、わたしは胸がキュッとなった。
ああ、だめだ、限界が。
ピクリと船長の眉毛が動いて口を開きかけたそのとき、わたしに手が伸ばされた。
「大丈夫!?怪我は!?」
本気で心配したようにわたしを覗き込む、彼女はどこから出て来た?
船長の後ろからじゃなかったか?
一緒に朝食を取りに来たの?
船長は、朝食はいつも 、食べないのに?

いよいよ限界を迎えてしまって、咄嗟に顔を俯かせた。
やだ、この子の前で、船長の前で泣きたくない。
涙をぬぐい、前を見据え、強さを見せたあの時の彼女。
それを見て、それを気に入った船長。
それに比べてわたしはどうだ。
この子はとてもいい子なのに、そんな恵まれた彼女を妬み、仲間を取られたなんて子供みたいな感情を並べて。
しまいには、ヤキモチなんて感情まで。
「大丈夫、平気…大丈夫だから」
俯きながら立ち上がると、アイリスは「本当に?」とさらに心配をしてくれた。
その優しささえ自分と彼女の差を見せつけられているようで「大丈夫だから!」と強めに言って、彼女の横を通った。
「オイ」
そのとき、船長の呼び止める声も聞こえたがわたしはそれどころじゃなかった。
急いでその部屋をでて、自分の部屋に逃げ込んだ。
布団を頭から被って、唇を強く噛み締めて、声を出さずに思い切り泣いた。


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