ずっと、お姫様を夢みた。いつだって、お姫様になりたかった。キラキラしているあの子みたいなお姫様に、わたしはなりたかった。



「トラファルガー・ロー、ばっかみたいにチョロい男だったわ!」

こっそりと覗いたその先で、声を荒げるこの少女は一体、誰か。
わたしは自分の目が、そして耳が信じられなかった。
これはほんとうに現実か?
男たちに囲まれるその中心で笑う少女、あれは?

「アイリスにかかれば億超えルーキーも大したことねえってなァ!」

汚い笑い声が響くなか、その中心で笑う少女、呼ばれた名前は嫌なくらい聞いた名前だ。
わたしは、途端に気持ち悪くなった、でもそれ以上に腹の底からフツフツと何かが湧き上がってくるのが分かった。
それは、確かなあそこで笑う少女への、アイリスへの怒りだった。

船を降りて、彼女を追いかけると、彼女は男たち数人と会話を交えながら、街を進んで行った。
会話の内容は聞こえない、けれど、雰囲気がおかしかった。
おかしかったのは、アイリスが、だ。
チラリと見えた彼女の横顔は、いつも可憐に笑っていた彼女ではなかったのだ。
男たちとも、仲が良いように見えた。
小さな胸騒ぎを感じながらも彼女たちを追いかけると、小さな屋敷へと入って行ったのだ。
それを追いかけ、息を潜め忍び込んだ先で見たのは、たくさんの男たちに囲まれ、笑うアイリスだった。
信じられなかった。
船に居た彼女とは何もかも違う。
笑いながら彼女は言った。
「もう、ハートの海賊団を潰せるわ」と。
そして、最初の言葉を吐いたのだ。


「億超えルーキーとか言って、所詮名前だけね。こーんな娘にいいようにされちゃって」

アイリスの甲高い笑い声が響き渡る。
それに続くように周りの男たちも下卑た笑い声をあげた。
わたしはそこで覗くのをやめて、頭を抱え、壁に身を預けた。
なんてこと、なんてこと。
アイリスは敵だった。
察するところ、最初の必死に船に助けを請うていた彼女も演技だったのだろう。
すべては、ハートの海賊団を潰す為。
きっと、今日、いや今夜中にでもアイリスたちはハートの海賊団を潰すつもりだ。
一度船に戻ってみんなに知らせるか。
そこまで考えて頭の中に蘇る声。
『もうお前はハートの海賊団じゃねェ』
そうだ。
わたしはもうあの海賊団ではない。
そはれは何の因果かあの女の所為と言っても過言ではないけれど。
もっと早くに気づいていれば船を下りずに済んだ?
違う、そういう問題ではない。
彼女がいようといなかろうと、わたしの問題で。
私のせい、なのだ。すべて。
吐き出したくなるため息を飲み込んだとき、再びアイリスの声が響いた。

「トラファルガー・ロー、あーんなアホな男には、それについていくアホな海賊団には、到底辿り着けるハズも、手に入れる資格だってないわ!」

アイリスは笑いながら言った。

「ワンピースなんてね!」

パン、とひとつ、銃声が鳴り響いた。
シンと静まる屋敷のなか、そこに立つアイリスほ頬から血が流れていた。
それに銃口を向けるのは、わたし。
許せなかった。
彼らの夢をバカにするのは、彼の夢をバカにするのは。
周りの男たちが銃を向けるわたしに気づくと、一斉に武器を取り出した。
アイリスは、頬から血を流しながらも、笑った。

「あら、噂をすればァ、馬鹿なハートの海賊団の船員さんじゃない〜、久しぶり、リナリア」
「うるさい!アンタは…!」
「何がぁ?ふふ、負け犬の遠吠えにしか聞こえないわね!…ね、アイリスにローを取られてしまった哀れな子」

カッと頭に血が上るのが分かった。
銃の引き金をひとつひこうとすると、その手がガシリと掴まれる。
振り向けば、見知らぬ男がわたしの後ろに居た。
やられた!と思うより先に、銃を遠くに投げられ、背中に腕を取られた。

「アハハハッ!ほんとおバカさんね!あなたがどう足掻こうと、おしまい!ハートの海賊団は、このアイリス海賊団に潰されるわ。そうね、最初にトラファルガー・ロー、キスをするフリでもして、殺しちゃおうかしら」
「…みんな!アンタを信じたのに…!!」

アイリスにそう叫べば、アイリスはつまらなさそうに「あら、嬉しい」と言った。

「心底どうでもいいわ。ああ、ローの前に、まずあなただったわね。ここまでご苦労様。それと、バイバイ」

船に居た頃のように笑ってアイリスが手を振ると、こめかみに冷たいものが当てられた。
銃口だ。
カチャリと引き金を引く音がして、目をつむった。
結局、何も、わたしは。
その時だった。

「ROOM」

銃声がひとつ、遠くで聞こえた。
すぐそばに温もりを感じて目を開くと、そこには。

「シャンブルス。返してもらうぞ、アイリス」

トラファルガー・ロー。
彼は、不敵に笑った。
周りが騒がしくなるなか、わたしは驚きでただその横顔を見つめることしかできない。
どうして、なんで。
疑問ばかりが頭を占めていく。
すると、彼は突然こちらを見た。

「下がってろ」

そう言うと、彼は前を見据え、「ペンギン、頼んだぞ」と、それだけ言って足を踏み出す。
知った名前に再び驚くと、すぐそばにペンギンが居た。

「よかった、間に合って」
「ぺ、ペンギン、これはどういう…」

安心した顔をするペンギンにわけを聞こうとすると、背後で男の悲鳴が聞こえた。
振り向くと、船長が次々と男たちをのしていっていた。

「キャプテンは最初から知っていた、アイリスが敵だということを」
「え?」
「あえて、潜り込ませて動向を探ってたんだそうだ。…ったく、あの人は、せめて相談を…」

ペンギンが「俺もさっき知らされた」と、心底困ったような顔をして彼を見据えて、そう言った。
その視線につられるように、わたしも彼を見た。
次々に倒れて行く男たち。
誰も、彼に立ち向かえるはずも、武器を振るうことさえ、許されなかった。
そして、全ての男たちが倒れると、そこに残ったのは悔しそうな顔をした、アイリス。

「楽しかったぜ、アイリス?」

彼はそう言うと、刀を振った。


「やっぱり、敵わないな」

隣でペンギンのつぶやきが聞こえてきて、そちらを見ると、ペンギンは困ったように笑った。

「わかるよ、まだあの人が好きなんだろう?」
「!、」
「いつか、な。あの人からお前を絶対に奪えると思っていた。奪ってやるつもりだった。けど、」

ペンギンはそこまで言うとわたしを抱きしめた。

「俺は、やっぱり、お前が幸せでいてほしいから」
「ペンギン」
「俺はおまえを泣かせない自信がある。でも俺じゃお前を幸せにはできない、お前を幸せにできるのは…」

そう言うとペンギンはわたしを離した。
ペンギンの表情は、困っているような、泣きそうな、そんな顔で。
わたしが口を開こうとすると、首を振って、顔をあげた。
そして、わたしの背中を押した。
思わず足を踏み出した先、立っていたのは、彼で。

「いったん、あなたに負けます」
「ほう、いったん、な」
「何かあったら、その時はまた奪いにいかせてもらう。海賊、だからな」

ペンギンは笑ってそう言うと、踵を返した。
向こうを向いてしまう前、ちらりとこちらを見た彼の目はとても優しくて。
きっと、ずっと分かっていたんだ。
わたしが諦めきれないことも、わたしが全て捨てようとしていたことも。
彼には、どこまでもお見通しだった。
誰よりも、わたしを理解してくれて、わたしを好きになってくれた。
ありがとう、ありがとう。

「強がってるなあれは」

隣からそう声が聞こえて、顔をあげればおかしそうに、でも優しい目で船長がペンギンを見ていた。
そのうち、その視線はわたしに向いた。

「あの、」
「ペンギンとは清算されたな」
「…いや、えっと、清算って…」
「俺は、あの女との清算が終わった。これで、やっとお前を迎えに来れたわけだが」
「!」

その言葉にわたしは目を見開いてしまう。
驚いたわたしをおかしそうに笑うと、彼は、わたしの頬に手を添えた。

「…お前が、ペンギンのものになった、と聞いて正直、腸煮えくり返った」
「あの、」
「演技とは言え、あの女といることが苦痛だった」
「せ、船長」
「好きな女が、すぐ近くにいるのにな」

もう、ダメだった。
わたしの涙腺はあっという間に崩壊して、ボロボロと涙を流す。
何よりも聞きたかった言葉。
何よりも欲しかった言葉。
今のわたしの顔は、きたないんだろう。
それでも、船長は顔を寄せた。

「船を降りるんだったか、リナリア?」

笑って、意地悪にそんなことを言うものだからわたしは泣きながら首を振った。

「もう手放さねェぞ」
「…は、い…!」

嗚咽混じりの返事をしたわたしに船長は笑って、そして、口付けた。





ずっと、お姫様を夢みた。
いつだって、お姫様になりたかった。
キラキラしているあの子みたいなお姫様に、わたしはなりたかった。

あの子みたいになれれば。
あの子がわたし、だったなら。

願っても、願っても、わたしはお姫様にはなれなかった。
わたしはお姫様になれないまま、王子様とお姫様は結ばれたの。
それでも、わたしは王子様を諦められなかった。

ある日、わたしはガラスの靴を落とした。

ねえ、王子様、お願い。

わたしを見つけて。



お姫様になりたかった




2014.0529-2015.0318

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