Halloween 2020
2020年ハロウィン企画の小話。鳴かない猫は誰を殺すの07の続きのようなお話です。
「…お客様、に、2名様でよろしいでしょうか…」
「…えー…はい」
「…こちらご案内いたします…!」
心ここにあらずといった対応をしたかわいい魔女の格好をした店員さんの目にハートが見える。その視線の先はわたしの横にいる、五条悟だ。
この店員さんだけじゃない、店内にわたし達二人が入った途端に幾つもの視線が飛んできてわたしは一歩後ずさったほどだというのにこの男は動じもしなかった。今だってポケットに手を突っ込んで何も気にしないで店内を見渡している。
そんな五条から目が離せないまま、案内を始めた店員さんの後をついて行った。外から見ていた通り店内はハロウィン一色といった装飾で可愛らしく、いかにも女子受けが良さそうで、実際、客の半分は若い女子なのではないかと思える。各テーブルの横を通るたび、何か食べていた女の子達がハッとした顔をして、その手を止め、五条を見上げるもんだから面白ささえ感じる。
窓際のソファ席に通され、それぞれ席に座ると五条は早速席に置いてあったメニュー表を開いている。
本当に気にしてないんだな。今もそこかしこから「カッコよくない?」「芸能人かな?見たことある?」など囁かれてるのに当の本人の耳には何一つだって入らないみたいだった。
周りからの囁きを聞きながら、目の前の男を眺めてみる。まあ、確かに。顔はかなり整っている。身長も高い。髪も生まれつきなのか、染めているのか分からないけど、目を引く綺麗な白髪だ。見た目の派手さは、そこらの芸能人とは引けを取らないだろう。わたしが高校一年生の時の同級生はこんな垢抜けていたっけな、と、今も呪術師として命を懸けて働いているだろう罪なき同級と比べてしまう。
ジッと観察を続けていると、突然メニュー表から顔を上げた五条のサングラスから覗いた目と思いっきり目が合った。咄嗟のことに目を逸らすこともできず、無言でその目を見つめ続けてしまうと五条の眉根がきゅ、と寄った。
「なんだよ」
「…わたしの同級生はもっと年相応だったなと」
「は?意味わかんね…つか早く頼もうぜ、パフェだけでいいの?」
五条が持っていたメニュー表をくるりと回転させてわたしの方へ向けた。
開かれたページはスイーツのページになっていて、レギュラーメニューであろうショートケーキやバニラアイスなどを追いやって、『期間限定!ハロウィンパンプキンパフェ』がデカデカと載っていた。実物写真も一緒に載っていて、下からオレンジ色のかぼちゃのクリームとチョコの層が重なって、その上にはまたオレンジ色のかぼちゃアイス、かぼちゃクリーム、チョコでできたゴーストとジャックオランタンのデコレーション、さらに色とりどりのカラースプレーが表面を彩っていて、見てるだけでワクワクとしてくる。
思わず笑顔を浮かべてしまったが、次の瞬間には眉根を寄せた。予想よりかなりボリューミーに見えるパフェ。とはいえ、余裕で食べれるレベルだ。問題は、そのパフェの横。
『期間限定!魔女の紫芋パンケーキ』
そう書かれたメニュー名の横には、厚い紫色のパンケーキが2枚、その上にはてんこ盛りのクリーム、魔女の帽子を模したクッキーが乗っかっている。
こっちも食べたい。正直な感想だったけれど、同時にパンプキンパフェとこのパンケーキ、どっちも行けるか?と脳内会議が始まった。一方のわたしが「食べれないだろ流石に」と言い、もう一方のわたしが「でも期間限定だよ。今しか食べれな いよ」と交互に囁く。分かってるよ、とどっちのわたしにも脳内で返事をしたところで、メニュー表のパンケーキに指が置かれた。
「これ、食いたいの?」
「え?」
「いや難しい顔してずっとこれ睨んでるじゃん」
「あ、いや、美味しそうだなと思ったんだけど、パフェも捨てがたくて迷ってた」
「どっちも頼めばいいだろ」
「入らないよ、この二つは流石に」
「一人でどんだけ食う気だよ。そうじゃなくて俺がこっち頼めばいいっしょ、分けてやるよ」
そう言いながら「俺がパフェでもいいけど、どっちが本命?」と何でもな
いように提案してくる男に開いた口が塞がらない。いや名案も名案だけど、まさかこの男が?の気持ちの方が大きかった。
「本当に五条悟?」
思わずその言葉が口をついて出てしまうと、五条は「どういう意味だよ」と言ってムッとした顔になった。
「初めて会った補助監督の運転席を蹴り上げてた男と同じ奴だと思えないよ」
「…なに?まだアレ根に持ってんの」
「それには否定しないけど。ふふ、」
小さな笑みが自然と溢れた。
五条の出会いの印象は最悪で無意識にそれをずっと引きずっていた。可愛くない後輩。まあこれは簡単には覆せないけど、今日は意外な面をたくさん知れて、ちょっとだけこの後輩が可愛く見えてきてしまった。
「お言葉に甘えてシェアさせてもらおうかな、わたしパンケーキ食べたい」
「…じゃ、俺パフェ。飲み物は?」
「アイスコーヒー」
五条がわたしの返事に頷いてテーブルに設置された呼び鈴を押すと、すぐにさっきの店員さんが駆けつけてきて、五条がパフェとパンケーキをとアイスコーヒーを2つ頼むのをうっとりした顔をして聞いて、五条の顔を見つめながら注文を繰り返すと、またうっとりした顔で厨房の方へ戻っていった。
そんな様子を見ながら、さっきは顔だけはいいよな、なんて失礼なことを思っていたけど、これまでのあまりにもスマートな対応にうむと顎に手を当てる。
「五条、罪な男だね」
「…さっきから何だよ」
「目がハートになる気持ちがちょっとだけ分かったかなって」
そう言って笑うと、五条は一瞬面食らったような顔になってすぐに頬杖をついてニッと口角を上げた。
「なに、惚れた?」
「全然?」
対抗するように、同じ格好して言ってやれば舌打ちをして「可愛くねー」などと言われて噴き出した。
「その言葉そのまま返すよ、ほんと可愛くない」
そんな事を話しているうちに頼んでいた商品がテーブルに届いて、すっかり意識は目の前のスイーツたちに向いてしまった。写真で見た通りのものが目の前に並んでいて気分は最高潮だ。絶対に美味しい。
「甘そ〜」
「ね。最高、と思ったけど、五条は甘いの平気なんだね。今更だけど」
五条の前にはクリームてんこ盛りのパフェが置かれていて、スプーンを持ちながらも嫌そうでは無かったので男にしては珍しいなと思った。わたしは甘党だからクリームも砂糖も大歓迎だけれど。
五条は、クリームを掬いながら「脳回すために糖分必要でさぁ」となんだか面倒くさいことを言いはじめた。
「そのために糖分取ってたら甘党になってた。好きでも嫌いでもないけど、甘いの取っといた方が利点あるし」
「…」
「なにその顔」
「…いや、美味しく食べれてるならそれでいいんじゃない……あ、はい」
正直、甘党の理由が意味わからなかったけど天才の思考回路というのは凡人には理解し難いものだと古来から決まっている。呆れながら、自分の前に置かれたパンケーキから一口分をフォークで切り分けてから崩れないようにフォークに刺して、それを五条へ差し出した。
五条は目を丸くしてそれを見ていてわたしは首を傾げた。
「あ、いらない?」
シェアしてくれるって言うから自分もあげなくてはフェアじゃないなと思っての一口だったのだけど、別に五条はいらなかったかな。そう思って差し出していたフォークを引っ込めようとすると、その手が掴まれた。そのままパンケーキは五条の口に吸い込まれて、掴まれていた手が解放される。
「いらねーって言ってないじゃん」
「…あ、そう。美味しい?」
「ん、うまいわ」
そう言って五条はさっき掬ったクリームが乗ったスプーンをこちらに向けようとしている。あれ。待て、ちょっと、待って。
「はい、あーん」
ニヤニヤと笑いながら五条がふざけた口調でふざけた事を言いながらそれを向ける。
いや、そうだった。そうでした。何にも考えないで五条に同じことをしてしまったけれど、これ、『あーん』だった。
自分がする分には何にも恥ずかしくなかったけど、される側になった途端、すごい恥ずかしい。
「…スプーン渡して、自分で食べるよ」
「何でよ、おまえも同じことしたじゃん」
「別にやろうと思ってしたわけじゃない」
「恥ずかしいわけ?」
コイツ。完璧に愉しんでいる。
ニヤニヤしている顔に腹が立って、半ばヤケにスプーンに食いついた。五条はおかしそうに笑った。
「可愛いとこあんじゃん」
「うるさいよ。ていうか、美味しいね。もう一口」
口の中に広がるクリームはかぼちゃ味でその甘さもちょうどいい。一度やった事はもう恥ずかしさなど消え去った。それよりも貰えるだけ貰っておきたい。
懲りずに口を開け待ち構えるわたしに、五条は「もう可愛くなくなったじゃん」と呆れ気味に言いながら、二口目を差し出してくれた。それに笑いながら、わたしは甘いクリームを頬張ったのだった。
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