ヨモツヘグイ 01
悪役的ヒーロー
『≪おい…―――――≫』
自室のベッドで微睡んで居ると、聲が響いた。
『≪おい、無視すんなよ…――――≫』
白い手が、私の意識を掴んで引っ張った。
「な―――ん………」
思う間にも、私は暗晦に呑み込まれてゆく。
意識が、混濁の闇に溶けてゆく。
気が付けば、暗鬱色に染められ、彼方まで広がりが続く真っ暗闇。
唯一の異色は、頭上に、ぽっかりと浮かぶ冷たく不気味な光の骸。
其れが、私の精神世界の景色。
一見すると、月夜の様な世界と思うかもしれない。
しかし其れは、ノータリン(脳足りん)過ぎて笑っちゃうレベルの不正解だ。
夜と闇は、同じ暗がりとして同一視される事があるが、闇は夜の様に、恒星や惑星、月等が明るく輝いたり、玄妙な明暗具合になる雲も無い。
加え、頭上で唯一、皓々(コウコウ)と光を放って居る光源体は、神秘的な月兎(ゲット)の丸い都ではなく、水晶で作られた人間の頭蓋骨。水晶髑髏だ。
(?)「よぉ。」
闇の空間世界。
水晶髑髏の光源体。
佇むあたしと…―――彼。
暗色に彩られた此の世界で、水晶が照らし出す、彼の白さは良く目立つ。
彼は、あたしの幼馴染みの一部らしい。確かに姿形はそっくりだが、他は真逆だ。
私的な印象、感覚、見解に基づいて言うなら、幼馴染みはカラフルで暖色系で草食系。彼はモノクロで寒色系で肉食系。
彼は良く私の精神世界に、不法侵入をしてくる。
何故、赤の他人の彼が、私の中に干渉出来るのか?
そう成った原因は昔、あたしと幼馴染みが事故に因り、所謂(イワユル)、“串刺しの仲”となった事態が引き起こした結果らしい。
(?)「相変わらず、辛気臭ぇ場所だな。お前の世界は。」
「文句言うなら、自分の家に帰ったら?」
(?)「序でに、テメェもな。」
「アンタよりマシな性格だと、自負してるよ。」
あたしから見ても、此処は重苦しく陰鬱だ。(性格云々は置いといて)
此処とは違い、彼等の家…精神世界の景色は、青空が広がり、天高く摩天楼がそびえる清々しい世界らしい。
相変わらず、ニヒルな笑みを浮かべて居る彼は、緩慢な動きで、此方に歩み寄って来た。
手が届く程の距離に来た彼に、あたしは、あっさりと呆気なく、強引に乱暴に、仰(アオ)向けに、捻じ伏せられて居た。
倒れたあたしの上に馬乗りになった彼は、自分程、白くも無く太くも無いあたしの首に指を絡ませた侭、喉をクツクツと鳴らして笑う。
(?)「アイツは、一護の野郎は、こんなモン持っちゃ居ねぇ。」
「私も、一護に対しては、こんな感情持って無いよ。」
(?)「可笑しな話じゃねーか。俺はアイツで、アイツは俺だっつーのによ。」
「姿形以外は、全くの別人に見えるのは、あたしだけかしらね?」
あたしは彼に、恋情を抱いている。(幼馴染みに対しては、そんな感情を持った事は無いのに。)
対して彼は、あたしに執着を抱いている。(幼馴染みだって、あたしに、そんな感情を持った事は無いのに。)
ポウ……
「!?」
目の前が、真っ白に輝く。
目眩に襲われた。
目眩の様な浮遊感に、襲われた。
カラカラカラ……世界其の物が、崩れ行く。
下へと真っ直ぐに落ちてゆく。
やがて、足元も崩れた。
落ちてゆく先は暗闇。墜落感。
あの悪夢の侭であれば、其処には無限の混沌の闇が待ち受けて居ただろう。
精神を激しく苛イサナむだけの空間が。
けれど、もう此れは「悪夢」ではない。此れは、彼によって導かれた記憶の幻。
「じゃぁな…――――。」
瞼裏では世界と暗転と閃光が交互に訪れ、まさに目まぐるしい。
白、黒、橙、純白、漆黒、萱草。
―――――やがて。
「――――ッ!!」
意識が一気に浮上した。
反射的に、起き上がった。
其の拍子に、視界で透明な滴がきらきらと舞った。
辺りを見回して、暫し呆然とする。
現実の、自室。
頬に、ひんやりとした冷たさを感じた。
手を当てれば、涙だと分かった。
私は彼に、恋情を抱いて居た。
彼は私に、執着を持って居た。
でも、彼も私も、守るべきモノ、掛け替えの無いモノ、大切なモノは、お互いでは無かった。
だから、此のさよならは、当然の事なのだ。
選び生きるゆく者同士。
選んだのは、大切なモノ。
恋情じゃなく、執着じゃなく、私でもなく、彼でもない。
瞼を閉じる。
瞼裏に映ったのは、彼の最期の表情。
儚く、寂し気に微笑んで背を向けた。
『≪じゃぁな…――――。≫』
そして、最後の声。
彼の最後の微笑と声音の温度が未だ残る心。
祈る様に指を絡めて折り曲げ、固く握りしめた両手に、少し項垂れた頭の額に添えた。
「さよなら…。」
彼は、つい先程まで此処に居た。
どんな魂を抱いて居たとしても、確かに、其処で生きて居た。話して居た。笑って、居た。
「願わくば、此の先、いつか…――――、」
組んだ手の震えは止まらない。
瞳からポツポツと零れ落ちる雨粒も、止まない。
頭の芯が、熱く痺れて居る。
どうにも説明のつかない感情が、胸でわだかまって居る。
それでも、強く、強く、恋うた。
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解せぬ花