イカレ女記者役の夢主ver.(MHA:敵連合夢) 02




(side他)





 タルタロスの隔離室内は一定の温度が保たれている。けれどそれを感じ取るだけの痛覚は、燈矢には残されていない。感覚の大半が麻痺し後は地獄行きを待つだけだ。

「燈矢、来たぞ」
「久しぶり、燈矢兄」

 炎司と焦凍が面会室に用意された椅子に腰掛ける。それが分かったのは真っ暗な世界に椅子を引く音が響いたからだ。

『…ぁ……』

 挨拶を交わすだけの体力も残っていない。心拍数を測る電子音も日に日に弱く遠くなっていく。もうすぐだろうということは燈矢本人が最も理解していた。

「俺、体育祭で優勝したよ。二年の一位。まだまだ足りねえところばっかだけど、みんなと一緒に頑張ろうと思ってる」

 そうかよ。

「燈矢、気分はどうだ。どこか、痛くないか」

 感じねえな、もう、何も。

 贖罪からか、呵責からか、何故自分がこんなやり取りをしているのかすら考えられない。
 ただ管から空気を注入され生命を保っている。

 ピ、ピ、と、間抜けな電子音が鳴る。三人では広すぎる部屋の中で彼らは燈矢に話し続ける。相槌がないことくらい分かっているにも関わらず、だ。そのヒーローらしい態度に半ば呆れを覚えた。
 燈矢として死に、荼毘として生きて、また死んで、今度は燈矢として家族と話している。不思議な感覚だ。けれどこの瞬間をどこかで待っていたような気さえする。

 だがそれももう、終わる。

「燈矢…?」

 先に気づいたのは炎司だった。一瞬遅れて焦凍が立ち上がる。

「燈矢兄!」

(うるせえなあ)

 鼓膜がふやける。声は出ない。焼け爛れたはずの涙腺が血を流す。こちらに駆け寄ろうとしてもガラスの分厚い壁に阻まれ動けないだろう二人を、最後の最後で嘲笑った。

『……ごめんなぁ、焦凍』

 意識が掠れ、走馬灯だろうか、フッとどこかに浮上して、物心ついた当初の記憶を見せる。

 母に抱き上げられていた日の事、炎司と修行した事、上手くいかずに夢を否定された事、そうして父の目を引こうと行った山で火事を起こし、気がつけば自分は死んだことになっていた。目の前にある自身の仏壇に、懐かしさを込めて手を合わせる。

 ドクン

 木漏れ日の温度が皮膚に伝わり、その下の肉が微かに蠢いた。

「……」

 目を開く。この時、この家の出入り口に誰もいないことは知っている。日本家屋の家を出て、裸足のまま街を漂った。何処へいくのか、だなんて思わなかった。自身の心臓にあった炎はもううるさい炎と氷結で鎮火されてしまったから、何をするにも何をしようかさえ思い浮かばない。

 煤汚れのついたTシャツと短パンがうららかに揺れる。No.1に固執する炎司を見てももう何も思わない。唯一彼の機微に触れたのは、泣いている幼い焦凍の横顔だったが。

「あっれお兄さん、もしかしてホームレスだったりする?」

 振り返ると制服を着た見知らぬ女がこちらの洋服を無遠慮に掴んでいた。燈矢と同じくらいの歳の女だ。彼女はやに下がった態度でこちらを伺い、口を開いた。

「あのさ、もし良かったらウチ来ない? 今ちょうど家政婦がいなくてさあ。衣食住は保証するし、明日から働いてくれればなーんもいらんからさ。先週拾った奴は瞬く間に居候になっちゃって困ってんのよ」
「…」
「あ、全然怪しいものじゃないからね私。ただのしがない高校生だから」

 面倒くせえ。ただそう思った。いわゆる燃え尽き症候群に陥っていた燈矢は、拒否する理由も無く女に引きづられるままに電車を乗り継ぎ、彼女の家だろう屋敷の門をくぐる。

「ただいまー! 新しい家政婦さん連れていたぞー!」

 陽気な背中の後ろを歩く。その煩い声は広い屋敷中に響いていた。片耳に指を入れる燈矢だったが、次いで右手奥の扉から気だるげに出てきた少年と目が合い立ち止まる。
 見知った顔の餓鬼だった。硬った白髪にひび割れた唇。顔に手をつけていないこと、まだ十二歳程度のガキなことが不思議だ。

 女は燈矢を示すとその男に向かって、

「紹介するわ! こちら、名も知らぬ家政婦候補!」

 男を指差し、



「こちら、死柄木弔! とりあえず今日は昼飯作っちゃうから、二人はあっちの居間でくつろいでて」



 そう言って颯爽と台所らしき場所へ去った。彼女の様子を見慣れているのか死柄木は何も言わずに居間だろう場所へ向かう。彼の背中に続いて燈矢も居間の畳を踏んだ。
 あ、これ暇つぶし用の漫画とゲーム機ね。と大量に積まれた物を掴むつもりもなく、長方形の木製ちゃぶ台に出された茶の湯が揺れているのを眺める隣で、死柄木は黙々とゲームに興じていた。

「できたぜ野郎共おおおお!!!!」

 出されたのは冷えた蕎麦だ。焦凍の好物だと燈矢は何気なく思う。その隣には油でしんなりと湿りすぎたかき揚げが禍々しいオーラを放っていた。

「毒とか睡眠薬とか自白剤とかは入れてないから安心して!」

 何言ってんだこの女。

「いただきまーす!」

 嬉々として蕎麦にありつく女。死柄木も小指をあげて箸を取る。暫くの間ボーっとしていた燈矢に女は首を傾げた。

「何? 蕎麦嫌い? ウチの蕎麦屋の従兄に殺されるよ君」
「…あったけえのはねえのかよ」
「あるとしたらこの屋敷が全焼した後だけど、いい?」
「どうでも」

 無言の妙な気配の漂う空間で女の声だけがやたらに騒々しい。ピーチクパーチクと鳥のようだ。

「それで今日面接行ったらさ新聞社にバイトは雇ってないって言うんだよあのハゲ親父! あいつの頭三百六十度撮影してCGにしてネットに流してやろうかな。『衝撃! とある新聞社長の禿頭!』…やめた、売れなさそ。どう思うよ死柄木」
「…」

 返答は無い。女は「アパー!」と気性高く額に手をついたかと思うと燈矢を見やった。

「そっちは…えっと、君名前なんだっけ?」
「……荼毘」

 死柄木がこちらを見た。燈矢は口角を上げる。
 ここでも、轟燈矢は死んだ。今は荼毘で通す。
 答えると、女は「荼毘ー!?」と過剰に驚き、憩い良く手を叩いた。

「イカしてんねえ! 見出し記事になったら映えるよ確実に! 『驚愕! 継ぎ接ぎ男の本名は荼毘!』…ダメだな、やっぱダサいわこの見出し」

 蕎麦をつゆごと全て啜った女は、暫くの間足元に発生していた毛玉を撫でると、荼毘が食べ終わったのを確認して立ち上がった。

「ごちそうさまでした! さ、片付けは後でやるから、とりあえず部屋の紹介だけしようか」

 広い渡り廊下には、荼毘と女以外の人影は見当たらなかった。
 いくつかの襖をテンポよく開け放ちながら、女は部屋の説明をする。

「さっきのが居間で、ここが洗面台、隣が風呂場で、トイレはこっちと二階のに、男女別のが一つずつ」
「…」
「元々大地主が住んでたんだけど、安かったから買い取ったらしいんだよね〜曽祖母が。神野ってそういうお堅いのあんまないから」

 階段を上がると、細長い廊下があり、左右対称に二つずつ部屋があった。手前の右手のドアノブには、「シガラキ」と書かれたボードがぶら下がってある。女はその向かい側の部屋のボードを手に取ると、「ダビ」と書いた。

「荼毘の部屋はここね。気に入らなかったら変えてもいいけど、使った部屋は元通りに戻すこと」

 畳部屋の中には、前の住民が置いていったのだろう漫画の詰まった本棚と、小型のテレビ、服が数着、押し入れの中には座布団と布団があった。

「敷布団しかないから、ベッド派だったらすまんけどどうにか慣れて! じゃ、私は居間にいるから適当にしてな!」
「…」

 日が落ちて、夜になる。
 夕飯も三人で集まった。死柄木はゲームをしながら、女は宿題だろう問題集を解きながら黙々と食べていた。




 言われるがまま風呂に入り、布団を敷き、月が沈みかけ、深夜へ変わる。




 階段を降りた荼毘は、居間を突っ切った先の縁側にいる死柄木に気付き、ニヤと笑った。

「よお」

 背後に立ち、声をかける。
 死柄木が振り返り、こちらを一瞥して僅かに顔を顰めた。

「お前もか」
「って事は、テメエもみたいだな」

 荼毘は縁側に腰を下ろす。なんの理由もない。ただ彼がそうしたい気分だったためだ。

「どうやらここは、天国でも地獄でもねえらしい」
「そうだな」
「死柄木、テメエはこんなところで何してる」

 沈黙が落ちる。死柄木はフッと縁側の先に広がる庭に目をやり、夜風に白髪を靡かせた。





「さあな」









ーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーーー
(side女)








 家政婦を拾おうと思ったのに、とんでもねえニートと子供を拾ってきてしまった。

 私はしがない新聞記者志望の高校生である。親族の遺産を糧に日々を暮らしているのだが、ふと家政婦が欲しくなって人を拾うことにした。最近の家政婦は雇おうにも高いのだ。
 元々来る者拒まず去る者追わずの性分なので、道行くそれっぽい人に声をかけては断られ通報されかけを繰り返していた。そして今日、ようやく候補を捕まえた。

 死柄木である。

 なんとも変わった名前だが、世の中は広いのでそういう人もいるだろう。私は十歳から料理以外の家事を大体やっていたので、十二歳程度でもおそらくできる。そういうわけで家政婦にしたのだが、これがまたとんでもなく使えねえ。

 本人曰く、触れると崩壊する個性のため、家事全般を小指を立てて行わなければならない。また制御方法も習得中らしく、「じゃあ無理してやんなくていいよ」と言ったらそのまま居候された。
 おかげで食費が二倍だが、遺産でなんとかなっている。保護者の代わりの弁護士は、「貴方がいいならそれで構いませんよ。マジであれは一生かかっても使いきれないんで」と言うばかりだった。

 なので株の勉強をすることにした。お金は使うものでなく、増やすものである。
 しかし私は家政婦を諦めたわけではなかった。



 翌月には、荼毘と名乗る候補を拾ってきた。

 はっきり言おう。奴も居候になった。もはやダブルニート、アイスなら嬉しいのに人間だとこうも嬉しくないのは不思議である。なんなんだろうと思いつつも、先に声をかけたのは私なので責任持って面倒を見ている。食費は三倍になった。

 そしてこの居候たち、彼女に振られたか隠れん坊で置いていかれたかは知らないが、元気がない。
 みなぎるパッションがないのだ。今日も今日とて飯を食い、糞をし、風呂に入り、眠りを繰り返している。せめてバイトをして家賃を払おうという気兼ねはないのか。いやねえなコイツら。
 縁側で人形のように座っているだけの荼毘と、狂ったようにlolをやる死柄木。もう一ヶ月もこの有様である。ここは精神病棟か何かか。

「集合ー!!!」

 もう堪忍ならんと、二人を居間に引き摺りながら叫んだ。うるさそうに顔を顰める二人に、紙とペンを叩きつける。

「これに、今年の目標を書け!」

 目標が無いと日々が締まらない。気になるあの子に告白するでも六時に起きるでもなんでもいいから、とりあえず書け。

「ちなみに私は、来年の就活で新聞社に就職することです! 個性社会のこの時代、十八からの就職はなんら不思議じゃ無いんでね」
「…」

 何も言わないとかそんなことある? あれ、私この一ヶ月二人と会話したっけ、と思いつつも、死柄木を指差す。

「次、死柄木! 君、やりたいことはないのか!」

 死柄木が目を瞬かせ、そっと顔を伏せ何かを思案する。そして思い至ったように、否、それが自然と思い浮かんでしまったかのように、呆然と呟いた。

「…スピナーの、ヒーローになりたい」

 誰だよスピナー。

 子供のような目標に突っ込みかけたが、もう時期社会人の身としては、受け入れるのも一興だろうと思い直す。
 死柄木は、「まずは居場所を…」「いや、アイツもlolやってるか…」などぶつぶつ言った後、悪どい笑みを浮かべた。

「とりあえず先生は殺す」
「物騒!」

 気を取り直して荼毘である。床畳の目を数えるかのように無気力にしていた彼は、俯きがちの体を気怠げに起こした。

「今はねえな」

 今はってなんだ。明日ならあるのか。そう思いつつも、死んだ目に多少の光が宿ったようなのでいいとしよう。
 今日のお昼はあったかくねえ蕎麦である。三日三食連続のそれに死柄木が辟易していたのに対し、荼毘は文句も言わずに啜っていた。

「蕎麦好きなの?」

 何気なく聞くと、荼毘は蕎麦つゆに写った自分を見つめ、口角を上げた。

「…弟がな」

 弟いるんかい。


(side荼毘寄り)






 一年経った頃だろうか。黒いスーツに着られて外へ出た女が、玄関の扉を勢いよく解き放ち、鍵も閉めず、続け様に居間の襖を開けた。

「ただいま! 受かった!!!!」
「うるせえ」

 寝ながらゲームをしていた死柄木が女を蹴る。が、それは女の足に現れた毛玉によって阻止される。
 女の個性だ。鬱陶しそうに毛玉を掴んだ死柄木は、五本指でそれに触れ、壊す。散っていく毛玉の欠片に、女は「ウサ公あああああ!!」と嘆き叫んでいた。

「って、ウサ公はまたいつでも出せるからそんな事より!」

 怪訝にする荼毘たちの目の前に、「雇用契約書」と書かれた資料を見せつけてくる。

「受かったよ!! 私、今日から記者だ!!」

 甲高い歓喜の悲鳴を上げながら女は一階離れの自室へ走り、洋服のはみ出たトランクを持って来る。

「そういう訳で、明日まで出張してくるから留守番よろしく!! お金はいつもの戸棚から勝手に持ってって!」

 言いながらも廊下を滑り開け放っていた玄関戸から「行ってきまああああす!」と去っていった。

 欠伸をし荼毘は玄関と鍵を閉める。居間に戻ると読みかけの漫画雑誌が死柄木に奪われていた。

「おい」
「今週のは読んでない」
「ガキかよテメェは。んな事するならスピナーを探したらどうだ?」
「あ゛?」

 こちらを睨みつける死柄木。荼毘は薄笑いを浮かべる。

「意外だよ。まさかテメェがヒーロー志望だったとはな」
「スピナーだけだ」

 鼻で笑う。この世界ではスピナーは仲間でもなんでもない。だというのに、死柄木は未だに仲間ごっこを続けようとしている。
 その幼い横顔に、ふと、焦凍や冬美、夏雄の顔が重なった。

 最終決戦が終わっても、どいつもこいつも燈矢を家族だと言ってタルタロスに訪れた。
 特に夏雄は縁を切ったにも関わらず、炎司たちの目を掻い潜ってまで一度会いに来た。弟としての最後のけじめだとは言っていたが果たしてどうだろう。
 そんなに燈矢が死ぬところを見たかったのか、それともけじめは本当だったのか。
 
「お優しいこった」

 荼毘がそう言うと、死柄木は舌打ちをした。

 三日後、予定よりも遅く女は帰ってきた。長旅だったはずだが顔は艶やかになっており、土産をよこしながらいつもの如く雑談を捲し立てている。

「それでさー、今日行った町、なんか個性の差別が酷くってさ、もう引いたよね。ヤモリっぽい個性の子もいじめられてるみたいでさ、でもなんもできんからアイスだけ買って一緒に食べたわ」

 ガタリ、と死柄木が立ち上がったのを荼毘は横目で見やる。
 いきなり詰め寄ってきた死柄木に、女は「どんだけ土産待ってたんだよコイツ」と思った。

「そいつの名前、何か分かるか」
「伊口秀一」
「……ビンゴだ」

 驚愕したかのように、また嬉々として笑う死柄木に女は首を傾げる。彼女の様子を気にもせずに死柄木はパーカーを纏いフードを被った。

「その伊口ってやつがいる町まで連れて行け」
「いいよー」
「やけにあっさりしてんな」
「忘れ物してきたんだよね、実は。荼毘も来る?」
「興味ねえな」
「じゃあ留守番よろしく」
「おい、早くしろ」
「へいへい」

 突然活動し始めた死柄木に女は違和感を抱いたようだった。けれど深く追求する気はないようで、彼の好きにさせていた。















- 81 -

*前次#


ページ:








解せぬ花