イカレ女記者役の夢主ver.(MHA:敵連合夢) 03




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(side死柄木寄り)






 

 AFOを壊し、緑谷出久にスピナーへの伝言を残し、後は遠くから世界を見ていくつもりだった。

 しかし過去を回想でもしているのか転弧は自身を死柄木たらしめたあの忌々しい空間の中にいた。AFOから与えられた、やたらめったらイライラする窓のない部屋だ。

「ドクター」

 声変わり前の声。体の感じからして十二歳だろう。死柄木の声に反応して目の前のミニモニターが通話モードに切り替わる。

『なんじゃ? 死柄木』
「ここから出せ」

 幼い死柄木の要求はたったそれだけだった。しばしの静寂が場を支配する。体に纏わり付いた手の感覚も以前ほど苛立たないし、気味悪くも感じない。確かにそこにあったはずの物は呆気なく壊れていた。否、死柄木が自ら壊したのだ。

『……いいじゃろう』

 部屋の扉が開く。長く曲がりくねった廊下を進みながら、死柄木は静かに息を漏らす。心がスッと軽くなり、腹の底にあった鉛が存在ごと消え失せたような感覚。

 与えられていたはずのもの、持っていたはずのもの、人生、命、その全ては決められていたことだった。敷かれたレールを走っていただけだった。そこにある感情も、行動も、原理も何もかも、死柄木のものではない。腹が減っても、喉が渇いても、何日もかけて町を彷徨った。家族を壊したあの頃と同じく、けれど以前よりもおぼつかない足取りで歩いていた。頭に靄がかかったみたいだ。一枚のガラス壁を隔てたように、行き交う人々の声が遠い。なのに他の音はよく聞こえる。

「ねえ君」

 柔らかいものに手を掴まれる。振り解くだけの理由がない。振り返ると女がいた。死柄木の手を握る手は、透明な水餃子に似た物体で保護されており、触って壊しても新しいものが現れる。寝不足の脳に嫌に響く声で、制服を纏った女は言った。

「あ、私全然怪しいものじゃないんだけどさ、良かったらウチ来ない? ちょうど家事担当探しててさ、やるのは明日からでも全然いいから。衣食住もしっかり保証するし、ね、どう?」
「…」
「えーこれで何も反応ないとかあり得るー? 君、家出少年でしょ? 落ち着くまでウチいていいからさ」
「…」
「とりあえず連れてくけど、嫌だったらちゃんと逃げてよー?」

(うるせえなコイツ)

 空っぽだった死柄木の中に初めに生まれた感情だった。次いで脳裏を過ったのは、緑谷との戦いでもAFOを壊した時の爽快感でもなく、スピナーとlolをやったという小さな思い出。

 屋敷の中を説明されても実感は湧かない。出された飯に抵抗感もない。

「……不味」
「だから家政婦が必要なんだよ」

 そう言って、女は焦げ臭いチャーハン未満の物体を頬張った。




 転機が訪れたのは、荼毘が門を潜り女が記者に就職した時だ。

 スピナーらしき男の居場所が分かったのだ。スピナーは死柄木の一つ上なので今は中学生だろう。新幹線と電車を乗り継ぎ、死柄木は時代に置いて行かれた町へ足を踏み入れる。女の家がある神野とはどこか空気が違った。足元からじわじわと浸食していく粘着質な不気味さ。気づいているのかいないのか、女は飄々と辺りを見回す。

「確か、ここら辺だったはずなんだけどなー、忘れ物」
「スピ……伊口は何処だ」
「あそこの突き当たりを曲がった後、コンビニを通り過ぎた先のアパート3階の301」

 舌打ちをする。先に言えばいいものを。さっさと道を行く死柄木に、「十二時になったら集合ねー!」と女は声をかける。返答はしないものの、それに対する文句もなかった。

『壊すために戦った』

 緑谷に敗れて散りゆく最中、スピナーにそう伝えるように言った。それは確かに死柄木の本音であった。壊した先にある未来など知ったことではない。ただ目の前にあるものを破壊し尽くしただけだ。だが、緑谷と交戦し生死の狭間を漂った時、限界を越えようとした時に叫んだのは、世界への恨みつらみでもなく純粋な願い。



 ーーアイツらのヒーローにならなきゃいけなかった。社会から弾かれた、嫌われ者のヴィラン共、その仲間たちの、ヒーローに。

(…見つけた)

 突き当たりを曲がって見えたコンビニの前に緑色の鱗を持った少年がいた。スピナーだ。目の前には老婆もいる。スピナーの異形の様相を見た老婆は、顔を嫌悪に染めて持っていた手提げから殺虫剤を取り出した。向けられた銃口を避けようともせず、スピナーは持っていたシール入りのウエハースを抱きしめる。

 目にした瞬間、勝手に足が動いた。

 ーーなれただろうか。

 殺虫剤のボタンに萎れた指がかかる刹那、背後からやってきた死柄木の五指がボンベに触れる。

 ーーなれるだろうか。

 甲高い悲鳴。閉じ込められていた白いガスが青空へと巻き上がり晴れた側から少年の顔が覗く。

「……誰だよ、お前」

 風で今まで被っていたフードが取れて陰った視界に色が付く。
 怯えた目をしたスピアーに、死柄木はひび割れた目尻を微かに細めた。

「ヒーローだよ、お前の」




 ーーまた、お前らのヒーローに。





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(side女記者)







 珍しく外出したいと言った死柄木が町でとんでもねえもんを拾ってきた。
 なんと人それも彼と同じくらいの歳の少年ーー伊口君である。昨日、流行っているゲームについて取材させてもらったがまさかまた会うとは驚きだ。

「コイツも連れて行く」

 まるで決定事項かのように言われるが、ちょっと待ってくれ。私は額を抑えそうになりながらも伊口君の目線に合わせてしゃがんだ。死柄木が彼を守るように立っているのも気になったが、それはそれとして他にも気になる点がある。

「君、親は?」
「いない」
「オッケー。じゃ、料理とかできる? カップラーメン作ったり」
「できるけど…」

 決まりだ。私は伊口君の手を両手で強く握った。

「はい採用。よっしゃこの子ウチに連れてこうぜえ!」

 大丈夫! この国、個性黎明期の名残でお金さえあれば二十歳から養子縁組が可能だから! あと二年だからさ!

「さっきからそう言ってんだろ」
「ちょっと待ってくれよ!」

 ちょと待てパート2。困惑している伊口君に私たちは首を傾げ、それを見た伊口君は更に動揺した。

「あ、あんたら一体なんなんだよ。いきなり現れて、家に来ないかって…」
「料理番探してたんで」
「ちょうどゲーム仲間が欲しかった」
「意味分かんねえ…」

 中学校のものだろう学ラン姿でしゃがみ込んだ伊口君に、死柄木は持っていたゲーム機を見せる。

「お前、lolやってるだろ」
「なんでそれを…」
「シガラキって名前、知ってんだろ。スピナー」
「それは俺のゲーム友達で…って、まさかお前…!」

 頷いた死柄木に、目玉が飛び出そうなほど瞼を開く伊口君。男同士の友情劇が始まりそうだったのでカメラを構えたら破壊された。何故。死柄木の個性にビビりながらも伊口君は立ち上がり、私と目を合わせる。

「連れて行ってくれ。俺も」

 ゲームで言うならこうだろう。



【伊口君 が 仲間 に 加わった!】

 

 因みに、過去1嬉しそうな死柄木とその隣で弁当を食べる伊口君の顔はしっかりと撮らせてもらった。あとで焼き増しして渡してあげよう。忘れてたメモ帳もあったし、新聞記者として、幸せなニュースはできるだけ撮っておきたいので。










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(side伊口寄り)










 イジメに遭って以来中学校に行かなくなった。
 勿論、始まってすぐに休んだ訳ではない。最初はどうにか通っていた。自分の肌が汚いとか、気持ち悪いとか言われるのは伊口にとっては慣れたものだったからだ。

 しかし、慣れているからと言って平気な訳でもなく日に日に学校に行くのが億劫になった。

 月に一度休んでいたのが月に二回になり、週に一度になり、三日に一回になり、気づいたら一歩も外に出ない生活をしていた。両親はいない。伊口の保護者は縁戚の老爺で、週に一度まとまったお金が届く。最後に話したのは二ヶ月ほど前だっただろうか。何故会わないのか。理由は簡単、老爺が伊口の見た目に酷く拒否感を覚えているからだ。

 個性ヤモリ。ヤモリの見た目だけの異形の個性。

 血縁の義理で面倒を見てもらってはいるが、高校を卒業したら、お金だけ渡されて一人社会に放り出されるだろう。中学生にしてドン底のような伊口の人生だが、彼には友達がいた。シガラキという、オンラインゲーム上の友人だ。同じくらいの年頃であるという彼は、伊口のことをプレイヤー名の「スピナー」と呼んで、度々共闘した。ゲームに見た目は関係ない。そのシガラキとチャットしゲームをする時間は、伊口にとって安らぎの一つであった。

 だからといって日常は変わらない。

 最近起こった変わった事と言えば、若い新聞記者にインタビュー料として高いアイスを奢ってもらったくらいで、後はダラダラと退屈で、惰性の日々を過ごして行くだけだ。




 そう思っていたのに。




 伊口に向けられた殺虫剤が破壊され、白煙が上がった先に彼はいた。ひび割れた顔を隠すように硬い白髪を伸ばし、そこから覗いた力強い目がこちらを捉えている。

「…お前、誰だよ」

 身長からして自分と同じ歳頃だろう少年は、文句を言いながら逃げていく老婆を放っておき呆然と佇む伊口にニヤリと笑った。

「お前の、ヒーローだ」

 トクンと、心臓が脈打った。何故だか、この時をずっと待っていたような気がした。それこそ漫画のように光を持った誰かが颯爽と現れて、伊口をこの憂鬱な世界から掬い取ってくれる夢だ。熱くなっていく涙腺を誤魔化すために、グッと目を瞑り歯を食いしばる。少年から渡されたゲーム機は受け取れなかったものの、彼に言われるがままに付いて行った。

「連れて行ってくれ。俺も」

 半ば好奇心だった。元々保護者にも町にも学校にも思い入れはなくこの環境から抜け出せるのならなんでもよかったのだ。

 それから、引っ越しに一日、中学の転校手続きを終えるまでに数日、記者の保護者である弁護士に、伊口の監督責任を委任されるのに一ヶ月かかり、伊口は晴れて死柄木の住まう家の住民になった。驚いたのは、その家が格式高そうな日本屋敷だったのと、住民の最年長が十八歳であり、世帯主が新聞記者であったこと、身体中継ぎ接ぎまみれの青年がいた事だ。

 荼毘と名乗った青年は、伊口を見るなり死柄木のように目を細め、「よろしく」とだけ言って居間に引っ込む。右隣に視線をやると、伊口に部屋を紹介中だった記者の女性が、顎と瞼を限界まで開き驚愕していた。

「荼毘初対面の時私にはなんも言わなかったくせにまさかの!? え、私ってそんな初対面から嫌われるような性格してる!? それ記者としてやばいよね。ねえ伊口君どう思う!? 私ってそんなに人当たり悪そうに見える!?」

 悪そうには見えない。ただ、初対面のときから思っていたが、押しが強い。だからこそ新聞記者なのだろうが…。伊口が何か言う前に、死柄木が女性の顔を鷲塚もうとし、透明な水餃子のような生物に阻止される。

「鬱陶しい、近づくな、壊すぞ」
「酷っ! 死柄木酷っ! ねえ酷いよねえ伊口くぅん!」
「黙れ殺す」
「ひっでえな死柄木! 決定事項かよ!」

 死柄木の手をブリッヂで交わし、「じゃ、そう言う事だから後は死柄木にバトンタッチってことでー!」と女性はカサカサと走り去っていく。そのあまりにも滑稽な姿に、諸々の手続きをする時に抱いていた尊敬が崩れ去っていくのが分かった。

「…キモッ」

 ポツリと呟くと、隣にいた死柄木は腹を抱えて吹き出した。



(side女記者)





 伊口君が加わり、我が家は明らかに明るくなった。

 死柄木も荼毘も、何もない振りをしてはいるが家に慣れていない伊口君を気にかけているのは私でも分かる。なんだよお前ら、大家の私を置いて男の友情育みやがってと、思わなくもないが三人に生気が戻ってきたようで何よりである。前までは死んだ魚だったからね全員。

「あれ、伊口君は?」

 いつのも居間なら、伊口君と死柄木がlolで怒り狂うのを漫画片手に荼毘が腹を抱えて笑っているはずだが、今日は伊口君だけいない。キッチンや風呂場、個人の部屋にもいなかった。夜更かしをしたのか、開いた漫画を目の上に載せて仮眠をとっていた死柄木が、鬱陶しげに片目を覗かせる。

「…学校行った」
「そうだった、今日からだっけ」

 伊口君が新しい中学に登校する日だった。

 そういえば、死柄木と荼毘はその辺どうなっているのだろうか。話では死柄木は今年で14歳になるはずだし、荼毘は私の一つ年下なので高校生のはずだ(それしか聞けなかった。口が硬い連中である)。本人が話さない限り詮索はしないが一応気にかけておいた方がいいのか? いや、コイツらを導く義理とか私にないし別に何かしなくても勝手に立って勝手に行動するんだから、放っておいてもいいでしょ。

「しっかし困ったな。伊口君学生だから、家事する暇あんまないじゃん」

 ずっしりと物が溜まった洗濯籠を近くの荼毘になすりつけようとして失敗する。なんだよ、全力で嫌な顔するんじゃないよ。

「一人は学生、一人は居候、一人はニート…おい、荼毘が一番アレなんだからちょっとくらい家事しろ」
「全部灰にしてやろうか?」
「やっぱいいですなんでもないです」

 どんだけやりたくないんだよ。怠惰か。怠惰の化身なのかお前ら。

 いつの間に購入したのかスウェットを着てだらけている二人を軽く睨み、縁側を降りて庭に出て大量の洗濯物を干していく。四人だと毎日洗濯機を回さなければならない。今日は別に非番でもなんでもないのだが、業務がデスクワークだけだったので無理言って屋敷に帰らせてもらった。流石に伊口君一人に家事を押し付けるほど非道じゃない。




 伊口君がやってきたことで我が家のQOLは上昇した。

 なんと彼は米を炊けるのである。今まではレンチンしたパックご飯の生活だったため本当に助かった。久々に食べた炊きたての米の味は粒立っていて甘く、泣いた。きっとあれは伊口君の優しさでできてる。

 それに比べてこの二人ときたら。

「あー誰か未成年じゃない家政婦いねーかなあ! ここにいるニート共と違って家事やってくれる気前のいい奴ー!」

 聞こえるように皮肉を言う。

「…」

 無言で玄関の方へ向かったのは荼毘だ。

「オイこら荼毘、『行ってきます』くらい言えや。あと『ただいま』」

 行き先も、帰る時間も、何してるかも聞かないんだから、それくらいは言え。鬱陶しそうにした彼だったが、ふと気が向いたとでも言いたげに口の端を持ち上げた。

「……家政婦、欲しけりゃ〇〇河川敷の橋の下にでも行ってみろ」
「〇〇河川敷ぃ?」

 ここから十駅ほど言った駅が最寄の人気の少ない場所じゃないか。記者としてここら辺の地理は大体把握している。「ヒャッハー!」と雄叫びを上げながら深夜まで勉強していたら、血走った目をした死柄木に地図を崩されたのは苦い思い出だ。死柄木がチラと荼毘を見やり、また一瞬のアイコンタクト。一体どんだけ通じあってんだ、兄弟か。まあ、荼毘がこう言うのは珍しいし、確かにあそこの河川敷にはホームレスが多いと聞くので、行ってみてもいいかもしれない。

「オッケー、仕事終わったら行ってみるわ。ネタ、サンキュー」
「…」

 なんか言えよ。愛想ねえなおい。










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(side分倍河原寄り)










 全く、散々な人生だ。

 月も隠れる夜の人混みを避けるようにゴミまみれの臭い路地裏を歩き、ようやく辿り着いた橋下の河川敷でタバコを吸う。分倍河原仁。その目つきの悪さ故に周囲からは遠巻きにされ、小さな交通事故によって一挙に転落人生となった男。最近の幸せだった記憶といえば、中学を卒業した日に食った親子丼が美味しかったことくらいか。あれから数年が経った今、その思い出にすら縋れないほどに、分かれてしまった。

「俺に、落ち度はあったかよ、ねえよな。あるさ。うるせえ!」

 被った紙袋の上から自分の頭を殴りつける。一発殴れば汚泥の感情が胃に落ちると共に、どこかスッキリした。楽になりたかった。寂しかった。だから自分自身を増やし犯罪を繰り返したと言うのに、その結末がこんな惨めな物だとは思ってもみなかったのだ。

 仰げば空は高く、今にも闇が落ちてきそうだ。

 恐怖を抱えてしゃがみ込む。この先、もうどうすればいいのか分倍河原にはさっぱり分からなかった。こうなったら犯罪者時代に武器を購入していたブローカーに相談するくらいしかない。だがその気力すら今は無い。

「死ねよ、生きるなよ」

 運のない、終わった人間。それが俺だ。
 割れそうな頭を押さえながら、自分自身をせせら笑う。

 ーーその時だった。

 ポン、と軽い力が肩にかかって振り向くと、スーツに身を包んだ若い女がこちらを見ていた。走ってきたのか髪は乱れ、息が上がっている。側からすると興奮している変態のようにも見えるが、そうでないのはなんとなく分かった。「マジでいたよ!! 荼毘すげー!!!」と訳のわからないことを言いながら、女は分倍河原の両肩を掴んで詰め寄る。

「あの、もしかしてホームレスだったりする!? 良かったらウチ来ない!? 今家政婦いなくて困っててさあ、家事やってくれたら衣食住全部保証するし、学校・病院行きたけりゃ行っていいし、三食おやつ昼寝つき、お小遣いは月一万! どうよ」

 呆然。これで完璧だろ、とでも言わんばかりに女は自信満々な顔をしている。突然降ってきた都合のいい提案に警戒心は膨れ上った。乗ったらまた何か不幸な目に遭うに違いないとさえ思った。

「なんだよアンタ。知ってるぜ! 俺に何させようってんだよ。なんでもしてやるよ!」
「どっち?」

 頭が割れそうだ。首を傾げた怪しげな女でもちゃんと人間をやれているくせに、自分はどこで間違ってしまったのか。相反する思考がせめぎ合う。感情が、意思がごやごちゃと入り混じる。

「大丈夫?」

(ーーうるせえよ、あっち側の人間が)

 そう思った瞬間、半八つ当たりのように叫んでいた。

「なあ……なあ!! 終わった人間はどうすれば良い? 俺は一体これからどうしていけば良いんだよ! アンタはいいさ。なんせ人を雇って綺麗な服を着るだけの金があるんだからな。ないだろ。うるせえ黙ってろ!!」
「だからどっち!?」

 女の混乱する様子に何故だか腹の虫が空いていく。ずっと言ってやりたかった。普通に生きている普通の個性を持った普通の人間に、分倍河原のような人間がいる現実を目の前に叩きつけてやりたかった。いや違う。違う、本当は。それも違うだろう。

「ああああ割れる…裂ける……。包まなきゃ…一つにしなきゃ……」
「包む? え、包めばいいの?」

 「じゃあ」と女はバッグの中身を全て出して被せてきた。知らない家の匂い。視界が暗くなり、段々と収まってくる。気づかないうちに被っていた紙袋が破けていたようだ。分倍河原は大きく息を吐いて、自身の首に流れた冷や汗を拭い被されたバッグを押さえた。

「包めば、一つだ」
「へえ」

 女は必需品らしきものを抱えていない方の手で分倍河原の手首を掴み、にっこり笑う。

「じゃ、行こっか」

 流されるままに連れてこられたのは、巨大な日本屋敷だった。

 居間らしき部屋の襖を開け放ち「拾ったー!」と言う女と、その後についてきた分倍河原にヤモリ姿の少年はお茶を吹き出し、全身火傷の青年は目を細め、乾燥肌の少年は目を見開く。中に入るとスピナーというあだ名の餓鬼、荼毘と名乗った継ぎ接ぎの男、死柄木という餓鬼が紹介された。

「伊口くーん、今日の晩御飯何ー?」

 妙な空気を気にもかけず女は意気揚々としている。

「普通に麻婆豆腐だけど…」
「オッケー、じゃ、冷凍コロッケも追加して五人で食べよ! 食器あったっけ?」
「あったと思うぜ。今出すわ」
「セーンキュウ!! 私はコロッケあっためるわー!」

 テンションの高い女だ。居間を出てダイニングに移動する。洋風の大きなテーブルを囲むように椅子が置かれ家長の席に彼女が座る。分倍河原の右隣にはスピナー、正面には荼毘、その横に死柄木がいた。

「いただきまーす!」
「いただきます…」
「…」
「…」

 食事の挨拶をしたのは女とスピナーだけだった。死柄木と荼毘は何も言わずに食器を手に取る。そのノリに分倍河原は着いて行けなかった。知らない内に、知らない人の家に招かれて麻婆豆腐を振舞われている。一体、この状況はなんなのか。

 動かない分倍河原に、口に麻婆の汁をつけた女は無遠慮に笑った。

「遠慮せず食べちゃって! 今日の麻婆は、そこの伊口君が腕によりをかけて作った逸品だからさ!」
「オーバーに言い過ぎだろ…。ただ豆腐切ってひき肉炒めて味付けただけだぞ」
「それがすごいんじゃん! 私だったら爆破してるよ! ね、死柄木!」
「……二度とキッチンに立つんじゃねえ。チュートリアルもするな腐る」
「ね、荼毘!」
「出禁だろあれは」
「うーん辛辣! テメェら家事しねえくせにここぞとばかりに悪口言いやがって!」

 キッチンで一体何があったんだ。内心でツッコみつつも分倍河原は目の前に置かれていた食事につい視線を寄越した。深皿に入った赤い麻婆豆腐、茶碗に盛られた白米に、味噌汁、出来合いの漬物、大皿のコロッケ。どれもこれも美味そうだ。冷えた漬物以外からは湯気が立ち上っており、分倍河原は唾を飲み込む。

「い、いただきます」

 レンゲを手に取り恐る恐る麻婆豆腐を頬張る。口に広がった温度と優しい味わいに、涙腺がぶわりと熱を持った。

「あったけえ……つめてっ」

 ご飯の上に麻婆をかけて勢いよく掻き込む。「良い食べっぷり!」と笑う女を置いておき、スピナーの嬉しそうな表情にまた涙が溢れ出す。いつもはコンビニの冷や飯で食い繋いできたから気づかなかった。暖かいご飯が、こんなにも美味いとは。食べるたびに、心臓に熱が戻って来るようだった。手が止まらなかった。泣きながら分倍河原は頬を食事で膨らませる。久しぶりの誰かとの食事が懐かしくてしょうがなたい。その傍では「よっ男泣き記念に一枚っ!」と景気良さげに女が構えたカメラを、荼毘が燃やして死柄木が壊していた。女は静かに発狂し、飯を口に入れていたスピナーは苦笑した。








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(side伊口寄り)








 分倍河原がやってきた夜。

 布団の上で悶々としていた伊口はのっそりと体を起こし、自室の扉を開けた。北向きの階段は夏でも涼しく、ひんやりと裸足に吸い付く。小窓から溢れる街灯りと蝉の声をどこか遠くに感じながら、彼はキッチンへ向かった。

「よっすよっす」

 案の定、キッチンには灯がついている。女が台所の乾いた食パンを貪りながら隈の濃い目を爛々とさせ、立ったままパソコンを打っているのだ。調理台の上には彼女の個性で生み出した毛玉と水餃子らしき生物がおり、それだけで彼女の狂気度が伺えた。

「まだ終わんねえのか」
「や、下調べしてたら止まんなくなっちゃってね」
「なんか飲むか?」
「フッ…カモミールティー……!」
「ウチにそんなのねーよ」

 ガラスコップを出しながらツッコむ。深夜だからかいつもの事か、女はテンションがおかしくなっているらしい。冷蔵庫を開け、上段に嵌め込まれた二リットルのウォーターサーバーから麦茶を注いで渡す。女は勢いよく麦茶を飲み、「セーンキュウ!」と妙なポーズでお礼を言った。伊口も自分の水分補給を終える。女は既に仕事に戻っている。やることはないが、部屋に戻っても眠れない。かと言って居間へ行って漫画を読みたい気分でもなかったため、ダイニングへ行きテーブルのシミを見ていた。

「あ、伊口君、今暇?」

 五分もしないうちに女がひょっこりと顔を出しちょいちょいと手招いた。やってきた伊口に渡されたのは、二人分の麦茶の入ったコップと高級ゼリーだ。ゼリーの方は確か女秘蔵の〜だとか言っていた気がする。死柄木と荼毘に容赦なく食べられていたが。

「これ、縁側に持ってってくんない? さっすがに分倍河原さんもこのままじゃ干上がっちゃうと思うし」
「アンタ気遣いできたのか…!」
「できるけど!?」

 (なんで自分が)よりも驚愕が勝った。伊口は女を二度見しながらも縁側に続く居間の襖を開ける。
 そこには、今日やってきた分倍河原という男が、ビニール袋を被ったまま月光を見上げていた。

「あの」
「…ああ、スピナーか。誰だ?」
「どっちだよ」

 二重人格かは知らないが分かりにくい男だな。まあ、継ぎ接ぎ男も訳あり中学生も狂った女記者もいる家では普通の類か。

「これ、アイツから」
「サンキュー。かたじけない」

 ゼリーと麦茶を受け取った分倍河原に「それじゃあ」と伊口は去ろうとしたが、少しの沈黙を落とした後一人分あけて分倍河原の隣に腰掛けた。こちらを見やった彼に「眠れねーんだよ、俺も」と不器用に吐き捨てる。

 理由はそれだけではなかった。自分は死柄木に救われた。あの時殺虫剤を破裂させて笑う死柄木の姿を、確かにかっこいいと思った。だから自分も誰かに笑いかけてやりたいだなんて、流されやすい自分にはお似合いの思考回路だ。やり方もわからないくせに、けれど伊口はそこに座った。

 気まずい空気が流れる。

 こんな時、あの記者の女の一人や二人でもいればそれを度外視して勝手にピーチクパーチクしているだろうに、悲しいかな今はキッチンでパンを貪っている。何も言わない伊口を気遣ってか、分倍河原が口を開いた。

「……そういや、スピナーってあだ名だよな? 本名だよ。アイツは『伊口君』って呼んでたけど、俺、どっちで呼べばいい? どっちもさ」
「あー。…いや、スピナーはただのプレイヤー名だよ。別に深い意味はねえけど、死柄木も荼毘も濃い名前してるから、俺もそっちで呼んでもらってるだけだ」
「なるほどな! イカしてるぜ! 」

 ニッと笑った分倍河原は思ったよりも良い奴そうで、伊口はほっと息を吐く。

「アンタには、そういうのないのか?」
「うーん、まあ、強いて言うなら『トゥワイス』だな! 分倍河原さ」
「トゥワイス?」
「おう! 俺の個性は『二倍』っつって、一つを二つに増やすもんなんだ。そっから取った! 取ってねえよ」
「強個性じゃねえか! すげえな」
「褒められたもんじゃねえよ。だろー!」

 分倍河原の声色が翳り、伊口は慌てて話題を逸らす。大抵は女の奇行と死柄木とのlolの話だが分倍河原は楽しそうに聞いてくれた。「こんなに楽しいのは、いつぶりだろうな」と言っていたのが気がかりだったが、詮索はしない。だからだろうか、分倍河原が自身の身の上を語ることは無かった。

 話しているうちに夜も更け、伊口は欠伸を噛み殺す。

「うっし、そろそろ寝るか!」

 空になったゼリーの器と食器を集めて分倍河原が言った。

「これは俺が片しとくから、スピナーは先寝てな!」
「良いのか?」
「おう!」

 コップ同士がぶつかり、カチリと音を立てる。

「これも、家政婦トゥワイスの仕事だからな!」

 そう言って、分倍河原、否、トゥワイスは笑った。









 二人が去った縁側に三人分の影が訪れる。

「いやー、なんだかんだ馴染めそうで良かったよ、あの二人。ねーツンデレ共」

 目の前にいる死柄木と荼毘に女はからかい混じりに笑った。死柄木の手と荼毘の蒼炎が伸びるのを華麗に逸らし、「キメエ」と言われる。伊口が縁側へ行った五分後、キッチンにいたら死柄木が降りてきたのだ。最初はトイレかと思ったが、伊口と分倍河原の様子を見にきたのだろう。遅れて荼毘が裏の勝手口から帰って来て、死柄木の隣で二人の会話を聞いていた。それを見ていた女である。さながら盗聴の盗聴。記者として正直心が踊った。

「思わず隠し撮りしちゃったけど、ま、いっか」

 写真のデータを見せつけると、すぐさま破壊される。

「ノぉおおおおおお!!!!!!」

 掠れた静かな悲鳴が響き渡る。

「うるせえ」

 女は荼毘に絞め落とされた。







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解せぬ花