タネも仕掛けもございません 魔法使いVS手品師



残りの作業は翌日の午前中には完了した。できあがった完成物をラボにいる千空の元へ届けにいったら、そこにゲンもいた。

「ゲンは今日もずっとマンガン電池?」

作業中にふとゲンの歌声が聞こえてきていたのだが、その歌詞が「カンデンマンガン〜♪」とかなんとか意味不明なもので、ドイヒー作業で頭がおかしくなっちゃったのだろうか、と心配になった。

昨日の今日でゲンと顔を合わせるのは少し気まずいのだけど、無視するのもどうかと思って
「変な歌が聞こえてきたけど、大丈夫?」と声を掛けたら、そう!そうなの!とゲンはわざとらしく泣き真似を始めた。
これが気持ち悪くない19歳ってすごい。
「もう本当に千空ちゃんは鬼!途中から数追加されるし、ドイヒー作業だったのよ!レイラちゃ〜ん」
「へ!?」
地獄作業の訴えを、目を合わせないように聞いていたら、泣きつくように腰に手を回されて、心臓が跳ねた。
え。
いきなりの事に頭がついていかない。身体をなぞる手にぞわぞわした。ちょっと。

「何やってんだよ」

そう。目の前には千空もいるのだ。千空は心の底からドン引きしている表情である。信じられないものを見るかの様な眼差しをゲンに向けたと思えば、そのまま「追加でこれやっておけよ」と言い残して踵を返した。

え、嘘でしょ助けてくれないの!?

関わるのはごめんだと言わんばかりに去っていく背中に驚いた。どうしたらいいんだ、と頭をフル回転するも、答えを出す前にあっけなく解放された。

「やっぱりね、服に何かを隠すところないよね」
「へ?」
「手品の種、何も持ってないよね」
「なっ、な、な、な…」

なにそれ〜〜!!!この人!やっぱりペテン師だ!絶対スリザリンだ!女子の服を触ってチェックするなんて!

「…ぃ」
「ん?」
「ひどい。い、今のは酷い…!」
「へ?レイラちゃん…?」
「コハクー!!!」
「えっちょっとタンマ!それはシャレにならないやつ!」

顔を真っ青にするゲンを横目に、力の限り大きな声でコハクの名前を呼ぶ。

「どうしたんだ?」
「はやっ」

光の速さで来るコハク、信頼しかない。好きだ。

「ゲンにセクハラされたの」
ゲンに負けずとも劣らないわざとらしさで、ぐすり、と泣き真似をしながら顔を覆って訴えればコハクの目は鋭く細められた。
「ほぅ」
「セクハラって単語残ってるのバイヤーすぎない?」

慌ててコハクを宥めようとするゲンに、しかしその口が意味のある言葉を発する前にコハクに捉えられた。絞められて声にならない声で叫んでいるが、残念ながら自業自得だ。こういう時日本でなんていうんだっけ?と一瞬考えて思い出した。

南無。

動揺した頭を落ち着かせるために、ゲンの事はコハクに任せて私は一旦ラボの外に出た。
冷静になった頭で先ほどのやり取りを思い出す。
もうあれだ、昨日も思ったけど、ゲンは私のしていることが手品じゃないことぐらいとっくの昔に気づいてるんだろう。あとは私が言うかどうかの、根競べだ。
どうせ証拠は出ない。とことん勝負してやる。


***

午後、作業が一旦一息ついた頃合いで、休憩がてら川でスイカや村の子供たちがお魚を取っているのを見学することにした。まだ作業できると千空に訴えたけど、「テメーはほっとくと死ぬまで働くだろうが。昨日も夜中まで作業してただろ」と強制的に追い出されてしまった。それは、魔法を使ったからで、本当に私は平気なんだけれど…。そんなことは言えないから、一度素直に休んだふりをすれば千空の気もすむだろうと少しの間だけ休ませてもらうことにした。秘密を抱えたままって、もどかしい。
さてその魚とりだが、簡単な槍を使っている子もいれば素手の子もいる。
うーん、流石原始の世界、たくましい。
網とか使った方が早い気がするけど、「私何匹とれた!」と競っている子供たちをみるに、一種の娯楽となっているんだと思う。

ぼんやりと皆の様子を眺めていたら、いつのまにかゲンも河原にやってきていた。視界の端にその姿を捉えた時は、一瞬ぎくりとしたが、私に用があるわけではなさそうだ。むしろ私と同じく作業の息抜きの為にやってきたのか、川に入ってない子たちに千空物語を聞かせている。石化前の話と千空が復活してからこの村に来るまでの物語はゲンの鉄板ネタになっているようだ。皆に話せるぐらい、当時の事を千空から聞き出せるゲンのコミュニケーション能力というか、誘導力には舌を巻くしかない。

その内、川に入っていた子たちから「ゲンも魚取りやろうぜ!」と川へ誘われ始めた。
「いや俺は〜…」
「やろうよ!」
「昔の人間、魚も摂れないのかよ〜」
断ろうとするも、子供たちからのやろうやろうの大合唱に、話を聞いてもらえないんじゃメンタリストもお手上げなのか、「仕方ないな〜」と裾をまくり始めた。


「レイラもやるんだよ!」
「えっ私も?」

川の流れはゆるやかな方だし、透明だし、動きは分かりやすい。とはいえ釣りですらしたことないのに、ましてや素手って。
戸惑って腰が引けるも、子供たちに腕をひかれて川へと入ってしまえばもう拒否できる空気ではない。
試しに狙いを定めて捕まえようとするも、川に手を入れた瞬間の水の動きで魚は逃げてしまって、全然掴めない。

え、どうやるのこれ。

その後何度か試しても、一向にうまくいかない。
動きを止める呪文を使ったら一発で捕まえられそうだけど、食料確保というよりただの遊びだから、素人の私が失敗してる方がみんなも楽しそうだ。

「レイラ〜!しっかりして〜!」
「違う違う!反対!」
「動きがおそ〜い!」

なんて叱られて、一種のピエロである。運動は苦手なんだって!

横目でゲンの方を見たら、流石なんでも器用にこなすというか、最初は「ええっこれ本当に素手で触るの!?ゴイス―ぬめぬめしてるんだけど!?」なんて文句を言ってたのに、コツを掴んだのか既に2匹捉えていた。

「ゲンやるじゃん!」
「レイラ!ゲンに負けてるんだよ!がんばるんだよ!」

いつの間にか子供たちはゲンと私、どっちが多く魚を摂れるかで勝負を始めていた。既に2匹捕まえたゲンが当然勝っていて、私はもっとがんばれ!と励まされている。
流石に一匹も取れないのは悔しいけど、どうやったら取れるようになるのか、全然分からない。
少しでもやり方を参考にしようとゲンの方に視線を向けたら、こちらを振り返ったゲンと目が合った。

瞬間、にやり、と勝ち誇った顔をされた。

へぇ…。
午前中のこともあってか、ちょっとだけ、カチンときた。さっきの仕返しを思いついちゃったぞ。
この勝負、勝たせてもらおうじゃないか。

調子に乗ってきたゲンが次の魚を掴もうとしている、その瞬間、ゲンには聞こえないぐらいの声で呪文を唱えた。
「グリセオ」
すると、つるん、とゲンの手から魚がすり抜ける。
おかしいな、と頭をかしげるゲン。気を取り直して次の魚に手を伸ばすも、同じこと。次の魚も、その次も、同じことが起きる。

「ゲン〜どうしたの〜?」

子供たちは急なゲンの不調を面白がっている。
「メンタリストの本気はこれからだよ〜!」
なんて軽く返すけど、ゲンの頭にはてなマークがが浮かんでいるのが見て取れた。
次の魚も狙いを定めて勢いよく掴みにいったが、その手からは水が流れ落ちるだけで、魚は何もなかったかのように川の中で泳いでいる。

「ふはっ」

不思議そうな顔で頭をひねるゲンにこらえきれず噴き出してしまった。あ、と思った時には遅かった。すごい勢いでこちらを振り返るゲンから、おっとと目を逸らす。

「レイラちゃん…何かしたの?」
「えっと、何のことかな」

すっとぼける私に、しかしゲンは確証を持って問いかけているようだった。
「メンタリストの目は誤魔化せないよ」
と強気でいうゲンに私はほくそ笑んだ。昨日から散々やられっぱなしなので、ここいらで反撃させてもらうぞ。

「ふむ。じゃあ私が何をしたっていうの?」
「…へぇ」
「手品だよ」

両手を広げて何もないよというようにひらひらと振る。どんな天才マジシャンだろうが、この種は見抜けない。だって、種も仕掛けもないのだから。


「喧嘩はだめなんだよ?」

私たちの空気の変化に一番に気づいたスイカから声をかけられる。心配そうなスイカにごめんね、と謝った。

「ごめんごめん、喧嘩はしてないよ。ね、ゲン?」
「もっちろーーん。レイラちゃんとの勝負に熱が入っちゃってるだけだよ〜」
「魚はゲンの方が多くとってるんだよ…?」
「そうそう、私が負けてるの。だから、ゲンが怒ることなんてないもんね」
と笑顔を向ける私に、それ以上の笑顔で返してくるゲン。

「メンタリストの名にかけて、ぜったい見破るから、覚悟してね」

スイカには聞こえないぐらいの抑えた声で発せられたそのセリフが、今まで聞いた中で一番低い声だったので、ちょっと冷や汗をかいた。もしかして、藪蛇ついた?


***

お昼の魚とりで結構体力を持っていかれた。その後のゲンとのバチバチで、精神的にも疲れた気がする。息抜きしろと言われたはずなのに余計に疲れるとは。
だから、夕飯後は小屋に戻ってゆっくり休もうと思っていた。のに、そこにまたゲンが現れた。やっほ〜レイラちゃん、なんて軽く声を掛けてきたけど、昼間のやり取りを忘れたとは言わせないぞ。

「ちょっと協力してよ」
怪しすぎる提案に思わず怪訝な顔をした。
何の企みだろう。
疑う目線を送る私に、彼は困ったように笑う。
「一旦休戦。やりたいことがあるんだけどさ、レイラちゃんの力が必要なんだ」
「…私の力?」
この言葉も私をはめるための罠じゃないかと一瞬逡巡する。でも、ゲンは私の正体を知ろうとする以外はずっと良い人だ。本人は認めたがらないけど。正体を見破ろうとする動きで忘れかけていたけれど、魔法が使えなくて落ち込んでいるのを慰めてくれたのもゲンなのだ。

あれ。

もしかして、正体を知ろうとする一連のやり取りって、私の気が晴れるようにやってくれていたことなんじゃ…?思い返せば、昨日今日はゲンと色々あって、落ち込む暇なんてなかった。

「…分かった。何をすればいいの?」

そう考えると、色々腑に落ちた。きっとゲンに真意を問いかけても、はぐらかされる。でも、きっと、そういう事なんだと思う。
姿勢を正してゲンの方へ向いた。




「…天文台?」
「そう!千空ちゃんのお誕生日にピッタリでしょ♪」

上機嫌に言うゲンに、私は思いもよらない提案に目を丸くした。
今の村の発展や、私やゲンがこの世界で希望をもって生きていけているのは全て千空のおかげだ。ただ、それ以上に村の皆だって千空に感謝している。暖炉をはじめ食料や医療などあらゆる生活が千空が来てから向上した。感謝の気持ちを素直に受け取らない千空も、誕生日プレゼントだったら受け取ってくれるだろう。

「すごい。すごく、いいと思う!」
千空に何かしてあげたいという自分の思いだけじゃなくて、私や村の人たち、みんなの気持ち汲んだ提案に、心が震えた。
正直メンタリストという呼称を聞いた時は正直怪しいと思っていたけれど、こうやって周りの人の気持ちを察して、汲み取って、掬い上げることができる人なんだと段々分かった。多分、ゲンは人が大好きなんだと思う。

「ゲンは優しいね」
「いやーそんなんじゃないけど、これぐらいのお返し、してもいいでしょ」
「…うん。最高のプレゼントだと思う。私も協力したい!」

誕生日に天文台をプレゼントって、スケールが大きすぎる。最初の驚きから、徐々にワクワクする気持ちの方が大きくなってきた。
すっかり日中のわだかまりも消えて、新しい目標に目を輝かせた。

「天文台か…、天文学の授業を思い出しちゃう。懐かしいな」
「そんな授業あるの?」
不思議そうな顔をするゲンにハッとする。
もしかしてマグルの世界って天文学の授業ないの?星座占いとか、小さいころに友達とやった記憶があるから、てっきりあると思ってた。
「うん、深夜の授業で、星座図描いたなあ」
「へぇ。楽しそう」
「城の天文台の塔に登って、冬の真夜中だからとても寒くて。みんなで凍えながらやったの」
「城?」
「えっと、学校が、昔のお城を改装した感じのところだったの」
「流石イギリスの学校。レイラちゃんは学校が大好きだったんだね」
「うん、世界一の学校だったよ」
ホグワーツを思い出すと、自然と今は石化しているであろう友達や家族の事を考えてしまう。
「早く学校のみんなにも会いに行きたいね」
「…うん」

やっぱり、何も言わなくてもこの人には分かっちゃうんだな。すごくゲンに助けられている。

「私、この村でゲンに会えて本当に良かったな」

私の言葉に、ゲンは一瞬だけ目を丸くして、ふっと笑った。
素直に受け止めてもらったことが嬉しくて思わず私も笑みがこぼれた。

***

千空とクロム、マグマが洞窟探検隊として出発した後、ゲンの天文台計画は村のみんなに公にされた。それまでは天文台や望遠鏡を知っている私たち(といいつつ私はマグル方式は知らなかったけれど)だけでデザインをひねっていた。
すっかり科学王国のメンバーであるカセキやスイカはもちろん、他のみんなもやっぱり大賛成してくれて自分の事の様に嬉しくなった。千空はすっかり村の人に好かれていたんだな。ほぼ村の人総出で行った作業は、しかし千空不在の時間は限られており、タイムリミットギリギリまでかかった。

千空達が帰る直前に完成した天文台を見上げ、私たちはお互いの顔を見合わせた。千空は喜んでくれるだろうか、そんな期待を持って待っていたのに、いざサプライズしようと千空を目隠しして天文台に連れてきた時に「俺を差し出せばいいって気づいたか」なんて言い始めた時は心臓がぎゅっと潰れる思いをした。焦ってゲンと顔を見合わせると、ゲンもしまった、という顔をしていた。
千空、顔には出さないけど、内心では村を巻き込んでしまったことを気にしていたんだ…。村を利用しないと司帝国には勝てない。合理的だからそれを実行する。でも、本当はみんなの安全を誰よりも気にしていて、罪悪感でいっぱいだったんだろうか。同じ現代復活組として、ひとりで全部抱えさせてしまったことに申し訳なくなった。

だったら、猶更、このプレゼントは村の皆がそんな風に思っていない何よりの証拠になる。

目隠しを外して、望遠鏡を覗き込んだ千空の目がまん丸に広がる。力が抜けたように笑った千空を見て、心が痛んだ。喜んでもらうためのサプライズだったけど、きっと目隠しされてた数分の間、怖い思いをさせてしまった。

「千空、ハッピーバースデー!」

だからこそ、精一杯お祝いしたい。私のセリフに続いてスイカやコハク、そして村の皆が次々とお祝いの言葉を述べる。

3700年も石化しておいて今更誕生日なんて意味ねーだろ、なんて言ってみんなのお祝いをいなす千空の目が少し潤んでいたのは、言わぬが華だろう。

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